「…き、ま…ゆき、」
聞きたかった声がする。なのに身体が重くていうことをきかない。
「…真雪!」
閉じそうな目を開けるとそこには梶野くんがいた。心配そうな顔をして俺の名前を呼ぶ。そんな呼ばなくても聞こえてるよ。でもなんでここに梶野くんがいるんだろう。ああ、そうかこれはきっと夢だ。俺は重い瞼を閉じた。
「おい!真雪!!」
終電の電車に乗って帰ってきた俺は急いで真雪の家へと向かった。鍵が掛かっているかと思っていた扉の鍵は掛かっておらずすぐに開いた。
慌てて中に入るとリビングに倒れるように寝てる真雪の姿。嫌な考えが過ぎり身体を触ると服は濡れており身体が冷たくなっていた。真雪は意識を失っているだけだった。ちゃんと脈はある。
「…ま、真雪?真雪!!」
数回身体を揺らすと意識はあるのか目を薄らと開け再び目を閉じた。俺は慌ててとりあえず濡れた身体を拭いた。夏だというのに冷えた身体は雪のように冷たい。本当は風呂に入って欲しい所だが真雪は眠りについてそれどころではなかった。ぬるま湯にタオルをつけ冷えた身体を拭く。これで幾分かましだろう。濡れた髪はドライヤーで乾かし濡れた服は着替えさせベットへと寝かせた。
「ふぅ…」
真雪の呼吸を確認するとすぅすぅと一定のリズムでこれで大丈夫だろうと安心した。
安心すると人は身体の力が抜けるらしい。俺は疲労感に襲われた。緊張の糸が切れホッとした。
真雪の部屋に入った時、倒れている真雪を見た時身体中の体温が無くなったのがわかった。血の気が引くというのはこういう事を言うんだろ…。息を確認するまで自分の手足が冷たくなった。
「…焦った」
本当に怖かった。俺はベットサイドに顔を埋め、寝息を立てる真雪の頭を撫でる。気づいたら意識を手放していた。
その日の夜、見た夢は暗く狭い場所でただひたすら誰かを待っているようなそんな寂しい気持ちにさせる夢だった。途方もない長い時間を何をするでもなくただジッと誰かを待っていた。そんな夢だったのを覚えている。
カタンっカチャカチャ…皿と皿が重なるようなそんな音で目が覚めた。寝ぼけ眼に見る見慣れない天井にここは何処だ?と考える…一瞬考えすぐに頭が覚醒した俺はガバッと上体を起こす。
目に映るのはキッチンで何やら料理を作っている真雪の姿だった。
「真雪!!」
俺は慌てて布団から抜け出し真雪の元へと向かう。俺の慌てる様子に真雪はびっくりし肩を震わせた。
「…っ、びっくりした〜何朝から大声…ぶっ!」
俺は思わず真雪の頬を両手で半ば強引に挟んだ。
「大丈夫なのか!?しんどくないか!?熱は出てない!?」
俺の様子に真雪は何回か瞬きをする。
「ちょっと、手辞めて」
「…ぁ、ごめん」
「朝からなんでそんな慌ててるの?」
「…ぇ、だって」
元気そうな真雪の姿に困惑する。
昨日の事がなかったかのような様子で料理を作る真雪。
「…昨日」
「昨日?…ていうかなんで梶野くんいるんだっけ?」
「…会いたいって連絡が来て」
「え!?俺そんな連絡したっけ…」
「……」
そう言って真雪は自分の携帯を確認する。
「うわ…本当だ なんでこんなメッセージ送ったんだろ…ごめん梶野くん」
何かがおかしい…。何かが…。
昨日あんなずぶ濡れで気絶したように眠っていた真雪なのに、まるで昨日の事が夢だったかのよう。
「真雪、昨日バイト行ったか?」
「バイト?うんバイト行ったよ」
「そ、その後は!?何かあった?」
「…何か、」
その言葉を言った瞬間、真雪はピタっと動きが止まった。動かない真雪に俺はどうしたのかと不安になる。
「…真、雪?」
「…俺どうやって、帰ってきたんだっけ」
その言葉を聞いて何かが確信に変わった。


