隣に座るロタエさんは至って冷静に、誕生日席の殿下に向かって進言する。


「ヒスイさんは魔法に関しても秘密が多いので、魔法を使わずともある程度の戦闘力は必要だと思います」
「そうだな。俺も同意見だ」
「なので、カミル団長にもご協力いただきたいと考えています」
「えっ」


 思わず声を上げてしまった。悪気はありません。
 ただ、騎士として現役のカミルさんはガタイがとてもよく、男というより漢と言った方があっているような、見るからに筋肉隆々なのだ。
 訓練とはいえ、私のこの細腕でどうしろと。
 殿下もやや目を見開いて、豆鉄砲を食らったような顔だ。
 なのだけど、カミルさんに至ってはずっと微動だにしていない。
 先に知っていたのかもしれない。


「どんなことをやるつもりだ?」
「変わったことは考えておりません。組手です」
「組手ならロタエでもできるだろう」
「相手は私に似た人物だけとは限りませんよ。それこそその密偵は子どもの可能性もありますし」
「子どもとカミルの体格を一緒にするな」


 部長と主任が新入社員のために話をしているの図。
 と言う感じだろうか。大事に育てられている。
 正面に座る団長同士も口を出さず、静かに座っている。
 かくいう私も意見を言ったりはしていないのだが。
 驚きはしたが、カミルさんがお相手してくれることについての不安は多くはない。
 だってカミルさんだし。
 突然聞いたし、体格差が大きいというのが驚いた理由であって、決していやではない。むしろありがたい。


「カミルはいいのか?」
「はい。喜んでお相手する所存です」
「じゃあまあ。よろしく頼んだ」
「よろしくお願いします」
「そうだ。それで思い出した」


 双方の了承が得られ、挨拶の一例で話が終わると思いきや。
 殿下は言った言葉の通りの表情で、胸元の内ポケットから……石のようなものを取り出した。
 拳大程の石は、深みのある、黒寄りの灰色をしている。
 ゴツゴツとしているが尖ってはいない。
 重そうに見えるが、片手で持てると言うことはそこまででもないのか。
 椅子から立ち上がり、私の目の前に差し出した。


「ヒスイにやる。合格祝いだ」
「……まだわかりませんが」
「落ちてたら慰めの品ってことにしていいぞ」
「じゃあ、頂きます」


 私が貰う以外の選択肢はないらしい。
 座ったままなので、手だけは恭しく両手で下から受け取った。
 両手で支えてもずっしりとした重みを感じる。
 これを軽々と片手で持っていたということは、殿下もやはり鍛えているんだなあ。
 ところでこれはなんだろう。
 椅子に座り直した差出人に聞いてみよう。


「あの、これは何ですか?」
「魔石器という、武器を作るための石だ」
「武器、ですか」


 スグサさんから「武術は習っていたのか」って聞かれたことがあったなあ。
 あれは試験の前だったか。
 それと関係があるのかな。


「四年生の最初は武器の使用訓練から始まるんだ」
「魔法科でもですか?」
「魔法科だから、だな。武術科はすでにやってる」


 聞くところによると。
 魔力というのは有限であり、当然のように使えている魔法も、もしかしたら使えない時があるかもしれない。
 さらに言えば、魔法を使うよりも、武器を使うときの方が適した場面があるかもしれない。
 以前スグサさんが言っていた、遠距離ではなく近距離で戦う場合も含む。
 その時のために自分に適した武器を持ち、使いこなせるようになろうということだ。
 魔法科ということで、最初はもちろんを魔法を学ぶのだが、基本ができれば次は武器。
 それが四年生ということらしい。
 スグサさんに入学前に聞かれたときは、なんとなく格闘技だと思っていたけれど。まさか武器とは。
 騎士という職業があって、戦いに備える習慣があるのだから、当然か。


「武器は学校で作ることもできるんだが、持ち込みも許可されているんだ。ヒスイはどういうのが適しているか分からないから、素材をやろう。何にするか決まったら鍛冶師を紹介する」
「……ありがとうございます」


 さて。困った。
 武術についてこれといったものは浮かばず、経験があるかもわからない。
 根拠のない勘だけど。
 まだ思い出していないだけかもしれないが、いつ思い出すかもわからない。
 となると、使いやすそうなものがいいのか。


「最初はイメージしにくいと思うから、武器庫でも見学に行ってみたらどうかな? ね、カミル」
「見るか?」
「……見たいです」
「わかった。日付はまた伝える」


 使い方すらもわからないものだらけだろうけど、知らないよりはきっと良いはず。
 提案してもらえてよかった。





 ―――――





 数日後、私は森にいた。
 いや、ただいるだけではない。
 逃げている。


「っ、はぁ……はぁ、ふう……」

 ―― いいじゃんいいじゃん。楽しくなってきたなあ。

「全然楽しくない……。今までで一番怖いですよ」


 大鎌を持ったロタエさんは、ウロロスの大群よりも怖い。