さて。
 さっきの部屋の前にはいくつか気配があった。
 あの部屋から離れるにはそれまでの状況を説明する必要があるだろうから、まあしばらくは時間がかかるだろう。
 余計な手間は御免だね。
 ということで早々に退散したわけだが。
 今いるのはヒスイが与えられた部屋。
 ど真ん中にローテーブルと囲うようにソファーが五人分。
 少し離れた位置に椅子と机のセット。
 これから来る四人もあわせると……一人分の部屋としては少し広いだろうが、計七人はさすがに狭く感じるか?
 ……ウーとロロは話し合いには参加しないだろう。


「ウー、ロロ」
「ん」
「ほれ。寝てな」


 ソファーに置いてあったクッションを人型になった二人それぞれに渡す。
 子どもだし、もう暴れる様子のないし、むしろ暴れたせいか眠そうだし。
 けど。
 二人ともクッションをじっと見つめて動こうとしない。


「……すー」
「ん?」
「いる?」


 二人して、眠そうで不安そうな目を見上げてくる。
 「寝て起きても、ここにいるか」という問いだとはすぐ理解した。
 そもそもこいつらが寝てたのは私様が死んだからだ。

 二人の首に下げられてる石には私様の魔法が込められている。
 普通のウロロスは、一定の温度以下になると凍ってしまう特性がある。
 こいつらの場合はさらに、暑い時期になると溶けてしまう。
 生前、常時行動できるよう私様の魔法を込めた石を渡した。
 私様が死んで、石への魔力の配給が途絶えてしまった。
 保管庫は冷えていて、凍る特性に反応するほどの温度ではなかったものの、眠りについていた。

 私様が死んだ時は、二人はどうしてたっけな。
 寝て起きたら私様が死んだって聞いたんだよな。


「……ああ、いる。むしろ私様が起こしてやるよ」
「ほんと?」
「本当だ。ただし起こされ方に文句は言うなよ?」


 満足げに笑って、二人はクッションを持って机の下に潜り込む。
 寝るときは死角に入って、というのは動物的本能か。

 さてさて。
 部屋に一人となった私様は、ソファーに深く腰掛ける。
 足を組んで腕も組んで、目を閉じる。
 寝るわけじゃない。
 意識下に入る。





 ―――――……





「よう」
「あっ、こ、こんにちは……?」


 私様と同じ顔、同じ背、同じ髪と目。
 私様の姿をしたヒスイと、顔を合わせて話すのはこれが初めてだ。
 何もない、灰色の世界。
 地平線も水平線も見えない、ひたすらに灰色が見渡す限りに広がっている。
 床、という感覚はなく、浮いているようだ。
 現実の物理法則はここでは意味をなさない。


「あ、あの……」
「ん? なんだ」
「……スグサ・ロッドさん、なんですよね?」


 え。
 そこか。


「そうだが?」
「……でしたら」
「うん」
「すみませんでした」


 は?


「なぜ謝る」


 謝られるようなことされた覚えはないがなあ。
 体を共有しているし、感覚もほぼほぼ共有している。
 だからこそ、謝られる覚えはない。
 むしろ体の自由を勝手に奪ったのは私様なんだから、一言ぐらい文句を言われても可笑しくはないとは思っているが。


「あなたの、体を……無断で使わせてもらってて」


 ……ああ。そういう。


「お前が謝ることではないだろう。それとも、使うなと言ったら止められるのか?」
「……いえ……」
「だろう。自分に非がないことを謝るな。どちらかというと、謝るのは私様のほうだ」
「スグサさんが、謝る? 私にですか?」
「自分に非があるならば私様でも謝るさ」
「なぜ……私に?」


「私様は、この実験を知っていたからな」