えっ。
 と、思った時には時すでに遅く。
 と、思ったのは私だけだろう。
 不思議な感覚で、視界と私の距離が引き離された。





 ―――――……





「ふむ」


 何年ぶりだろうか。
 自分の手を見つめ、にぎにぎと自分の体だという感触を確かめる。
 最期の私様の記憶は何年、何十年、もしかしたら何百年前なのか、そういえば確認していない。それなのにこんなにも違和感がないとは。
 ベ、べ……べり……べる…………研究員の奴め、たまにはいい仕事をするじゃないか。
 話を聞いたときは本気で頭の心配をしたものだが、いやはや懐かしい。


「よし。おい」
「ぅん!?」
「下ろせ」
「え? うぐっ!?」


 体を支えていた赤髪の男に一声はかけてから、脇腹に一発。
 体が宙に浮き、風の魔法でゆっくり着地する。
 あーあ。
 部屋ぐちゃぐちゃ。どれが誰ので何がどこにあったのかわかったもんじゃないな。
 そこまでは私様の知ることじゃないが。
 …………いや、保護者としては責任があるか。


「……チッ」


 めんどくせー仕事作りやがって。
 ついつい、今まさに暴れているウーとロロを睨みつけてしまう。
 その瞬間に一体の二匹は動きを止めた。
 ウロロスは空気や周囲の気配に敏感な生き物だ。
 睨んだと同時に発した憤懣な雰囲気で、剣呑を喰わす。
 止まった瞬間はちょうど私が視界に入っていなかったが。
 雰囲気を感じて二匹仲良く、ゆーーーっくり、こちらに振り返る。


「す」
「お前ら、何やってんの?」


 あえて被せながら、一歩、足を踏み出す。



  闇属性魔法 ≪影取鬼≫



 自身の影を伸ばし、同化した影を作る生物以外の物を、影に沈める。
 この部屋にいる奴らと、この阿呆どもはもちろん除いて。
 床一面に散らばっていた小物も大物も棚もすべて、自分の影に沈めてスペースを作る。
 ちょっとした競技場ぐらいに広々とした。
 ついでになんかバキッて音がした。
 景色の急変と敢えて被さった声の色に、ウーとロロは畏縮したのか私様が進んだ分よりも多く下がって距離をとる。


「何下がってんだよ。私様に会いたかったんだろ? 暴れるほどに、会いたかったんだろぉ?」
「す、すー……ご、ごめんなさ」
「えー? なんて言ったー?」


 聞こえてるけど。
 風の魔法で目線の高さまで浮いて、片方の頭の上に乗る。


「いやー私様のことを忘れずにいてくれて嬉しいぞー。お前らも元気そうで何よりだー」
「あ、あああの」
「ここまで部屋で暴れるなんて元気があったんだなー。お前らも永いこと寝てただろ? やっぱガキは体力あるわー」
「すー……」
「んで? 私様の物を雑に扱ってまで、お前ら何がしたいの?」


 終始笑顔で、かるーくあかるーく喋ってたつもりなんだけどなー。
 こいつらの瞳からは恐怖がひしひしと伝わってくる。
 昔から私様の物を雑に扱ったらこうして怒ってただろ。
 寝すぎて忘れたか?
 昔を思い出して笑みが深まる。
 至って優しく、至って穏やかに、至って愉快に。


「お仕置きは、何がいい?」


 提案しただけなのに。
 それを見てこいつらにはどう見えたのか、何を思ったか知らないが、大きく体をびくつかせた。


「ごごごごめんさいいぃぃぃ!!!」
「ちゃんと片付けますうぅぅぅぅ!!!」


 三つずつの目からぶわっと、滝のような涙が噴出した。
 わーんと人間の子どものような喚き声もする。
 いつもこうなんだよなぁ、こいつら。


「……全く。ちゃんとやれよ」
「「はいいぃぃぃぃ!」」


 乗ってる頭と、近くにある頭をよしよしと撫でる。
 すぐには泣き止まないだろうから適当に撫でて降りよう。

 少し離れたところにいる四人。
 服装からして騎士団と魔法師団二人。
 あと……王子サマか?何代目だろう。
 話をしたそうにこちらを見ている、ように見える。
 まあ想像つくな。
 ウーとロロのこと。
 この体……ヒスイのこと。
 あとは私様のことだろう。


「……ふっ」


 未知への好奇心。それが私様の原動力だ。
 何を知っているのか。
 何を聞いてきてくるか。
 どこまで理解しているか。
 有意義な会話の時間を作ってやろうじゃないか。