【5/22 紙版発売!】   魔術師は死んでいた。

「今から話すことは、他言無用でお願いします」
「ヒスイっちがこんな時間にこんなトコロに呼ぶぐらいだから、結構深刻な内容?」
「そうですね。話が広まってしまうと大事になると思います」


 念押しして、二人の顔が引き締まる。
 普通の学校生活をしていたならば見られなかったかもしれない。
 未だに伏せたままのナオさんの顔を見ないままだけど、話をしよう。


「この場にはホローテという魔物がいたのですが――」




 話し始めて何分、何十分と経っただろうか。
 日の光どころか月明かりもないこの空間では、時間感覚など狂うしかない。
 一体どれぐらい経過して、何文字話したかわからないが、話し終えたことだけは確かだった。
 一人どころか三人とも黙ってしまい、目線は皆、手元を通り越して足元を向いている。
 何か質問は、問おうとして、やめる。
 たぶん、おそらく。自分たちの中で話をかみ砕いて咀嚼している最中だろうから。
 それを嚥下できるかはさておき。


「……じじは」


 誰が最初に話し出すか。
 一番可能性はないと思っていた、ナオさんだった。


「どうなるの?」


 そしてその言葉は、私が一番答えたくなかった内容だった。


「私の考えです。が、クザ先生や識者も同意しています」
「うん」
「おそらくは、数日以内に」
「っ」


 途端に立ち上がり、胸元を掴んで、立たされる。
 突然のことに体は動かず、布越しの目が、髪の隙間から覗く激情の目を捉えた。


「せっかく! 原因が分かったのに、結局それじゃあ意味ないじゃないか!」
「ナオっ、やめて!」
「ナオっち!」


 二人がナオさんの腕を掴むけれど、私の胸元を掴む腕の方が強く、全く離れてくれない。
 やや息苦しいけど、喋れないほどではない。


「すみません」
「……っ」


 今まで、私の表情が変わらないことはわかっていた。
 だけど別段、困ると思っていたことはない。
 しかしこういう時。
 本気で謝っているつもりでも表情が全く変わっていないとしたら、なんて不誠実なのだろう。
 締めあげる力が一瞬強まり、ゆっくり抜けた。
 再度頭を下げ、その姿はまさに意気消沈。
 後ろの二人も困惑の表情を浮かべる。


「こんなことなら、このままの方がよかったんじゃないの……?」


 ああ、それは。


「ダメかな」
「……え?」


 あ……まあ、いいか。


「ナオさんには言いましたよね。「人の人生に茶々を入れている」と」
「……うん」
「本来は今もあったかわからない命を、勝手に長引かせているのです。それはご本人の望みでない限り、ご本人には辛いものです。食べたいのに食べれない、歩きたいのに歩けない、寝たいのに寝れない。その状況で、生きていてほしいですか? 生きていると言えますか?」


 延命治療。
 この世界にはないかもしれない。
 もしそうなら、そういうものを考えたこともないかもしれない。

 胃瘻(いろう)。
 人工呼吸。
 人工透析。

 私の居た世界にはそういう延命治療があった。
 それらの使用には必ずご本人や家族の許可がいるし、長い目で見なければならない。
 ご本人の自由を失いながら、命をつないでいるという状況を作っている。
 もちろんそれが悪いとは言っていない。
 ご本人も辛いが、家族も辛い面はもちろんある。
 経済的にも、
 精神的にも。
 そして見過ごせないのが、尊厳。
 『人間ならば』という考えがどうしても脳裏にちらつく。
 そうなれば、口から食べない胃瘻(いろう)。
 強制的な呼吸を強いる人工呼吸器。
 排尿が無く水分も制限される透析は、その『人間ならば』という考えを持っているかぎり苦痛しか与えないだろう。
 じじさんの状況は、つまりそういうことだ。


「生きていてほしいという気持ちを向けるのは、相手にとっては嬉しいことでしょう。それだけの人望を与えられるのはすごいことです」
「じじ……」
「ナオさんの知っているじじさんは、何を望むでしょうか」


 持論だが、家族や周囲の人が望んだとしても、最後はご本人の気持ちを考えなければならない。
 私がスグサさんの体に召喚されてから、より強くそう思う。
 幸いにして、この体になっても食事も呼吸も排泄もできる。
 だからこそ、生きていると思い続けられるのかもしれない。
 棒立ちで何も喋らなくなってしまったナオさんに、掛ける言葉が見つからない。
 私もセンさんも、ライラさんも、ナオさんを見つめて動けず、ただただ時間だけが過ぎていく。
 流れる水の音が響く。
 この水はもうホローテの性質は持たずに療養院に使われているだろう。
 この場にホローテがいなければ、この場の水を使っていなければ、じじさんや他の寝たきりの人たちは、本来の寿命を全うしていただろう。
 そしてナオさんたちも、今のような悩みを抱えることはなかっただろう。


「ナオ」


 少し高めの声が、水の音に重なる。
 同時に、体が強張る。


「怒ってる。魔力、すごいよ」


 ライラさんが、ナオさんの肩を掴む。
 鳥肌が立った。
 目の前に佇むナオさんの体から魔力が溢れ、流れる水がぱちゃぱちゃと音を立てる。
 ナオさんは水属性の魔法が使える。
 ナオさんの魔力と親和性の高い水が反応している。
 跳ねた水が宙に浮き、集まっていく。
 形を成す。
 それはもう、見上げるほどに高い位置に、視界に収まりきらないほどに大きく。


「ナオ!」


 ライラさんの呼びかけに、ナオさんは答えない。