「今から話すことは、他言無用でお願いします」
「ヒスイっちがこんな時間にこんなトコロに呼ぶぐらいだから、結構深刻な内容?」
「そうですね。話が広まってしまうと大事になると思います」
念押しして、二人の顔が引き締まる。
普通の学校生活をしていたならば見られなかったかもしれない。
未だに伏せたままのナオさんの顔を見ないままだけど、話をしよう。
「この場にはホローテという魔物がいたのですが――」
話し始めて何分、何十分と経っただろうか。
日の光どころか月明かりもないこの空間では、時間感覚など狂うしかない。
一体どれぐらい経過して、何文字話したかわからないが、話し終えたことだけは確かだった。
一人どころか三人とも黙ってしまい、目線は皆、手元を通り越して足元を向いている。
何か質問は、問おうとして、やめる。
たぶん、おそらく。自分たちの中で話をかみ砕いて咀嚼している最中だろうから。
それを嚥下できるかはさておき。
「……じじは」
誰が最初に話し出すか。
一番可能性はないと思っていた、ナオさんだった。
「どうなるの?」
そしてその言葉は、私が一番答えたくなかった内容だった。
「私の考えです。が、クザ先生や識者も同意しています」
「うん」
「おそらくは、数日以内に」
「っ」
途端に立ち上がり、胸元を掴んで、立たされる。
突然のことに体は動かず、布越しの目が、髪の隙間から覗く激情の目を捉えた。
「せっかく! 原因が分かったのに、結局それじゃあ意味ないじゃないか!」
「ナオっ、やめて!」
「ナオっち!」
二人がナオさんの腕を掴むけれど、私の胸元を掴む腕の方が強く、全く離れてくれない。
やや息苦しいけど、喋れないほどではない。
「すみません」
「……っ」
今まで、私の表情が変わらないことはわかっていた。
だけど別段、困ると思っていたことはない。
しかしこういう時。
本気で謝っているつもりでも表情が全く変わっていないとしたら、なんて不誠実なのだろう。
締めあげる力が一瞬強まり、ゆっくり抜けた。
再度頭を下げ、その姿はまさに意気消沈。
後ろの二人も困惑の表情を浮かべる。
「こんなことなら、このままの方がよかったんじゃないの……?」
ああ、それは。
「ダメかな」
「……え?」
あ……まあ、いいか。
「ナオさんには言いましたよね。「人の人生に茶々を入れている」と」
「……うん」
「本来は今もあったかわからない命を、勝手に長引かせているのです。それはご本人の望みでない限り、ご本人には辛いものです。食べたいのに食べれない、歩きたいのに歩けない、寝たいのに寝れない。その状況で、生きていてほしいですか? 生きていると言えますか?」
延命治療。
この世界にはないかもしれない。
もしそうなら、そういうものを考えたこともないかもしれない。
胃瘻。
人工呼吸。
人工透析。
私の居た世界にはそういう延命治療があった。
それらの使用には必ずご本人や家族の許可がいるし、長い目で見なければならない。
ご本人の自由を失いながら、命をつないでいるという状況を作っている。
もちろんそれが悪いとは言っていない。
ご本人も辛いが、家族も辛い面はもちろんある。
経済的にも、
精神的にも。
そして見過ごせないのが、尊厳。
『人間ならば』という考えがどうしても脳裏にちらつく。
そうなれば、口から食べない胃瘻。
強制的な呼吸を強いる人工呼吸器。
排尿が無く水分も制限される透析は、その『人間ならば』という考えを持っているかぎり苦痛しか与えないだろう。
じじさんの状況は、つまりそういうことだ。
「生きていてほしいという気持ちを向けるのは、相手にとっては嬉しいことでしょう。それだけの人望を与えられるのはすごいことです」
「じじ……」
「ナオさんの知っているじじさんは、何を望むでしょうか」
持論だが、家族や周囲の人が望んだとしても、最後はご本人の気持ちを考えなければならない。
私がスグサさんの体に召喚されてから、より強くそう思う。
幸いにして、この体になっても食事も呼吸も排泄もできる。
だからこそ、生きていると思い続けられるのかもしれない。
棒立ちで何も喋らなくなってしまったナオさんに、掛ける言葉が見つからない。
私もセンさんも、ライラさんも、ナオさんを見つめて動けず、ただただ時間だけが過ぎていく。
流れる水の音が響く。
この水はもうホローテの性質は持たずに療養院に使われているだろう。
この場にホローテがいなければ、この場の水を使っていなければ、じじさんや他の寝たきりの人たちは、本来の寿命を全うしていただろう。
そしてナオさんたちも、今のような悩みを抱えることはなかっただろう。
「ナオ」
少し高めの声が、水の音に重なる。
同時に、体が強張る。
「怒ってる。魔力、すごいよ」
ライラさんが、ナオさんの肩を掴む。
鳥肌が立った。
目の前に佇むナオさんの体から魔力が溢れ、流れる水がぱちゃぱちゃと音を立てる。
ナオさんは水属性の魔法が使える。
ナオさんの魔力と親和性の高い水が反応している。
跳ねた水が宙に浮き、集まっていく。
形を成す。
それはもう、見上げるほどに高い位置に、視界に収まりきらないほどに大きく。
「ナオ!」
ライラさんの呼びかけに、ナオさんは答えない。
「ヒスイっちがこんな時間にこんなトコロに呼ぶぐらいだから、結構深刻な内容?」
「そうですね。話が広まってしまうと大事になると思います」
念押しして、二人の顔が引き締まる。
普通の学校生活をしていたならば見られなかったかもしれない。
未だに伏せたままのナオさんの顔を見ないままだけど、話をしよう。
「この場にはホローテという魔物がいたのですが――」
話し始めて何分、何十分と経っただろうか。
日の光どころか月明かりもないこの空間では、時間感覚など狂うしかない。
一体どれぐらい経過して、何文字話したかわからないが、話し終えたことだけは確かだった。
一人どころか三人とも黙ってしまい、目線は皆、手元を通り越して足元を向いている。
何か質問は、問おうとして、やめる。
たぶん、おそらく。自分たちの中で話をかみ砕いて咀嚼している最中だろうから。
それを嚥下できるかはさておき。
「……じじは」
誰が最初に話し出すか。
一番可能性はないと思っていた、ナオさんだった。
「どうなるの?」
そしてその言葉は、私が一番答えたくなかった内容だった。
「私の考えです。が、クザ先生や識者も同意しています」
「うん」
「おそらくは、数日以内に」
「っ」
途端に立ち上がり、胸元を掴んで、立たされる。
突然のことに体は動かず、布越しの目が、髪の隙間から覗く激情の目を捉えた。
「せっかく! 原因が分かったのに、結局それじゃあ意味ないじゃないか!」
「ナオっ、やめて!」
「ナオっち!」
二人がナオさんの腕を掴むけれど、私の胸元を掴む腕の方が強く、全く離れてくれない。
やや息苦しいけど、喋れないほどではない。
「すみません」
「……っ」
今まで、私の表情が変わらないことはわかっていた。
だけど別段、困ると思っていたことはない。
しかしこういう時。
本気で謝っているつもりでも表情が全く変わっていないとしたら、なんて不誠実なのだろう。
締めあげる力が一瞬強まり、ゆっくり抜けた。
再度頭を下げ、その姿はまさに意気消沈。
後ろの二人も困惑の表情を浮かべる。
「こんなことなら、このままの方がよかったんじゃないの……?」
ああ、それは。
「ダメかな」
「……え?」
あ……まあ、いいか。
「ナオさんには言いましたよね。「人の人生に茶々を入れている」と」
「……うん」
「本来は今もあったかわからない命を、勝手に長引かせているのです。それはご本人の望みでない限り、ご本人には辛いものです。食べたいのに食べれない、歩きたいのに歩けない、寝たいのに寝れない。その状況で、生きていてほしいですか? 生きていると言えますか?」
延命治療。
この世界にはないかもしれない。
もしそうなら、そういうものを考えたこともないかもしれない。
胃瘻。
人工呼吸。
人工透析。
私の居た世界にはそういう延命治療があった。
それらの使用には必ずご本人や家族の許可がいるし、長い目で見なければならない。
ご本人の自由を失いながら、命をつないでいるという状況を作っている。
もちろんそれが悪いとは言っていない。
ご本人も辛いが、家族も辛い面はもちろんある。
経済的にも、
精神的にも。
そして見過ごせないのが、尊厳。
『人間ならば』という考えがどうしても脳裏にちらつく。
そうなれば、口から食べない胃瘻。
強制的な呼吸を強いる人工呼吸器。
排尿が無く水分も制限される透析は、その『人間ならば』という考えを持っているかぎり苦痛しか与えないだろう。
じじさんの状況は、つまりそういうことだ。
「生きていてほしいという気持ちを向けるのは、相手にとっては嬉しいことでしょう。それだけの人望を与えられるのはすごいことです」
「じじ……」
「ナオさんの知っているじじさんは、何を望むでしょうか」
持論だが、家族や周囲の人が望んだとしても、最後はご本人の気持ちを考えなければならない。
私がスグサさんの体に召喚されてから、より強くそう思う。
幸いにして、この体になっても食事も呼吸も排泄もできる。
だからこそ、生きていると思い続けられるのかもしれない。
棒立ちで何も喋らなくなってしまったナオさんに、掛ける言葉が見つからない。
私もセンさんも、ライラさんも、ナオさんを見つめて動けず、ただただ時間だけが過ぎていく。
流れる水の音が響く。
この水はもうホローテの性質は持たずに療養院に使われているだろう。
この場にホローテがいなければ、この場の水を使っていなければ、じじさんや他の寝たきりの人たちは、本来の寿命を全うしていただろう。
そしてナオさんたちも、今のような悩みを抱えることはなかっただろう。
「ナオ」
少し高めの声が、水の音に重なる。
同時に、体が強張る。
「怒ってる。魔力、すごいよ」
ライラさんが、ナオさんの肩を掴む。
鳥肌が立った。
目の前に佇むナオさんの体から魔力が溢れ、流れる水がぱちゃぱちゃと音を立てる。
ナオさんは水属性の魔法が使える。
ナオさんの魔力と親和性の高い水が反応している。
跳ねた水が宙に浮き、集まっていく。
形を成す。
それはもう、見上げるほどに高い位置に、視界に収まりきらないほどに大きく。
「ナオ!」
ライラさんの呼びかけに、ナオさんは答えない。



