【5/22 紙版発売!】   魔術師は死んでいた。

 という有難いお告げを聞いて、ならばどうするかと考えを巡らせる。
 それはどうして?
 何を知っているの?
 移動させるってどこに?
 どうやって?
 この後研究員たち来るかもしれないよ?
 いませんでしたで通るか?


「ヒスイさんっ」


 はっ。
 息を飲んだ。
 服を引っ張られながら、切羽詰まった小声が私の名を呼んだ。
 振動がなければその声は届かなかったかもしれないというほどに小さい。
 なぜそんなに声を潜めるのか。
 というのは、冷静になればすぐわかった。


「……話し声ですね」
「ど、どうしよう……誰か来る……っ」


 たぶん、十中八九は研究員たちだろう。
 ということは、読み通り昼頃になってきたのか。
 もうそんな頃合いだったのかとようやく時間を知った。
 まずい。
 早く移動ないと。
 数秒で鉢合わせることはないにしろ、魔法で掘り進んでいって、かつ声が聞こえるほどにまで近いのならば猶予はない。
 集まってきている何匹かと、私たちが抜けてきた通路の方に反応する何匹か。
 あと半身浴をする何匹か。
 計十匹ほど。
 この子たちを担いでいくのは無理。
 ナオさんに協力してもらっても精々半分。
 そうすれば研究員たちは疑問には思わないかもしれない。
 けれど療養院の人たちは助かるのか?
 研究員たちはホローテをつかってまた新たな研究をし始めるのか?
 ならば疑問に思われたとしても全員移動させたい。

 抵抗されず、
 移動の妨げにならず、
 存在を主張しすぎず、
 静かに、
 確実に、
 安全に。


 ―― ……。

「……ナオさん」
「え、あ」
「向こうに浸かってるホローテたちを、この場に移動させてください」
「え」
「急いで」
「あ、はいっ」


 足元にランタンを置き、目印とした。
 私はナオさんとは別方向。
 抜け道の方に寄っていくホローテたちの方に向かう。
 そして一つ、指を弾いた。





 ―――――……





 魔力の流れが、魔法が発動されていることを示す。
 私たちが通ってきた道を塞ぐ土が、少しずつぽろぽろと落ちていく。
 息を潜めて、こちらに向かってきている研究員たちの姿を、布越しの目が捕らえた。


「来ました」
「ほ、ほんとにここでいいの?」
「もう移動する方が危険です。腹を決めてください。もしもの時は何とかします」


 コソコソと、ほぼ耳打ちの距離感で、周囲に気付かれない程度の声で会話をした。
 強気の言葉を発してすぐ、通り道の土が崩れ、達成感を得た声が聞こえる。
 計五人。全員男。
 白衣だろうか、全員丈の長い服を着ている。
 実際の姿を目にして、全身から汗が噴き出る。
 意図せず呼吸が浅く、回数が少なくなる。
 全身が緊張しているのがわかる。
 焦燥感から、動いてはいけないのに指を動かしてしまう。
 ナオさんはどうしているだろうか。
 気になるが、目は途中参加してきた人たちから離せない。


「ん? どういうことだ、いないじゃないか」
「そんなバカな! 確かにここだと報告で……」
「まあまあ、落ち着きましょう」


 ……あれ。


「所長」
「疑っている暇があるなら探せ。確かにここは文献の通りに適した環境だ。可能性は大いにある」
「わかりました」
「わ、儂も探してくるぞ」


 ああ、喉が渇く。
 冷や汗。悪寒。震え。拒絶反応かな。


「それじゃあ、私は水と土でも採取しておこうか」


 バタバタと駆けていく音に遅れ、ゆっくりと土を踏みしめる音に、神経が集中する。
 まさか、ここでこの声を聞くとは思わなかった。
 ただやり過せればと思っていたけれど、緊張感が上がってしまった。
 見ているはずの風景が、まるで録画された映像を見ているような感覚になる。
 久しぶりに他人事館。
 真実味のない、現実味のない視界。
 いや、これは。
 現実逃避だ。


「ベローズさん」


 小さすぎたその声で呟く。
 すぐ近くにいたナオさんにも聞こえなかったのか、それとも緊張からそれどころじゃなかったのか、幸いにして聞き流してもらえた。
 その人の姿は見えないのに、声だけで意識が変わる。
 ああ、なんて迷惑。


「ふむ。無色透明。しかしこの水には不老の可能性を秘めている。なんて夢のある話だ」


 私たちに背を向け、流れる水について感想を述べているようだ。
 採取、しているのだろうか。
 つまりあの水も研究対象。
 水を含んだ土も、土に根を張る草木も、もしかしたら。


「本体がいなかったらどうするか。この水だけでは成分調査は出来ても関係性を結びつけるには弱い。陛下の望みのためには絶対条件なのだがな」


 陛下……?
 亡くなった陛下の望み?
 陛下もこの研究に関わっているの?
 いや。
 そもそも研究の許可を出したのは陛下なんだ。
 関係ないわけがない。
 じゃあ、亡くなったはずの陛下の望みというのは何?
 『不老』に関係があること?
 死んでしまっているのに?


「所長!」


 遠くからバタバタと忙しない足音が近づいてくる。
 探しに行った研究員だろうか。


「どうした」
「足です! 形からおそらくはホローテのものと思われます!」
「な!? 儂の言ったことは嘘ではないとわかっただろう! これで儂の頼みを聞いてくれるな!?」
「それについてはまた後日。足だけ残っていたとなると、他に先を越された可能性がある。急ぎ戻り、探せ」
「はっ!」
「クソッ!」


 複数人のうるさい足音が、通ってきた道を行く。
 そしてやはり、ベローズさんは最後に優雅に歩き、最後に振り返った。


「叶えるぞ。我が野望」


 詳細のわからない決意を口にし、強い意志で空気を重くされ、私は呼吸の仕方を忘れた。
 次に息を吐いたのは、一層強い光が放たれ、消えてからだった。