【5/22 紙版発売!】   魔術師は死んでいた。

 次の日。
 朝は昨日の食事風景を見たうえで、できる限りの改善をしていく。
 足代を用意したり。
 タオルを丸めてクッション代わりにしたり。
 席順の調整をしたり。
 こうしてみると、終末期の病院というよりは老人ホームって印象だな。有料の。

 準備が整い次第、食堂で食べる人を順番に誘導していく。
 車椅子のような動く椅子に乗ってくる人や、歩いてくる人。
 職員と手をつないでくる人など。
 朝は調子が悪かったり、体調が悪い人は部屋で食事をとる。
 ベッド上でご飯を食べる場合もセッティングしたいのだが、今日は昨日提案した内容がどう反映されるかを知りたい。
 それだけ確認してから回ろうか。


「おはようございます」
「あら、おはよう」
「手の方はやっぱり痛みますか?」
「そうねえ。関節がね」
「じゃあお席でお待ちください。温かいタオルを持っていきます」


 そんな感じに何人かを見て、朝食が始める。
 テーブルの高さの微調整や、体の向き、首の角度や、道具の工夫。
 前の世界で知った知識が活きている。


「ナオさん。私は部屋を回ってきます」
「あ、うん……」


 食堂を出て、建物の構造と名前が書かれた紙を参考にして歩き出す。
 じじさんは、食堂にはいなかった。
 というか、昨日の寝たきり状態だった人は殆ど着ていない。
 二・三人は起きてきたみたいだが、それでも自立歩行は出来ず、椅子に乗ってきていた。

 そして最初に向かおうとしていたじじさんは、私たちが来る数日前までは歩いていた。
 日に日に歩けなくなり、食事をとらなくなり、痩せていき、寝ることが多くなっていく。
 衰弱していっていた。
 それでも十日以内のことらしい。
 個人差があるとはいえ、急な気もする。
 世界が違うのだから、知らない病気もあってもしょうがないのだが、クザ先生からしてもこの進行は異様だと思ったらしい。
 私のこともある程度知ってくれているクザ先生は、私に『診て』欲しいと言った。


 ―― 診れば診断つくのか?

「いいえ、私にはできません。体の中がどうなっているかをお伝えするだけです」


 体の中を『透視』するだけ。
 それで体の中がどうなっているのかを『診る』。
 そのためにじじさんの病気について調べたのだが、私の世界で言うところの、末期だった。
 回復の見込みは極めて難しい。
 この療養院には、緩和の意味を込めて入ってきたのだろうと察した。


「失礼します」


 部屋について、ノックをして、入る。
 窓が少し開けられていて、カーテンを揺らしながら外の風が入ってきている。
 布団を肩までかけて上向きで寝ているじじさんに日の光が降り注いでいる。
 顔は、とても安らかだ。


「おはようございます。少し、お体に触れますね」


 布団の中の手首を触る。
 指を三本添えて、脈拍を……確認した。
 一秒に一回はあるか。
 そこまで脈は弱っていない。
 安らかな寝顔だったからまさかとは思ったけど、よかった。
 本当に「眠ってるみたいだろ」ってなってしまったかと思ったよ。うん。
 しかし指先は冷たい。
 筋肉が少なくなって、熱の生産ができていないのか。
 触れてみれば足先も。


「ごめんなさい。寒いかもしれないけど、お布団を足元の方に下げますね」


 掛け布団を何枚かに折って、足元だけかかるようにする。
 布越しの目で、『透視』する。
 服と皮膚とほとんどない筋肉と脂肪を突き抜けて、内臓や血管、神経が浮き出てくる。
 ここまでリアルなものを見たのは初めてだな。
 内臓は臓器ごとに色が違うっていうけど、本当なんだな。
 だけど、臓器の中でも違う色が混じっている。
 そしてその臓器は、一つに限らない。


 うーん、黒いですねえ。

 ―― 黒、というのはつまり、侵されているということか?

 そうですね。もう全身的に


 これならば確かに衰弱はしてしまうだろう。
 それだけ、体の中は黒くなっていった。
 病院にあるような検査器具を使ったら一目瞭然なんだろうなと思う。
 全身を見て、終わり。
 お礼を告げて、布団をかけた。
 手を握る。


「じじさん、ありがとうございました。お食事はとれそうですか? とれそうでしたら、手を握ってください」


 ……。反応なし。
 規則正しく呼吸を繰り返すだけで、身動き一つしなかった。
 手を下ろして、布団の中に入れた。
 室内に置かれた食事は流動食。
 もう噛む力もなかったのだろうか。
 噛まないと食事をしている気がしないという声もよく上がっていたから、そういうこともあるだろうか。
 嚥下を確認しようにも、本人が寝ている様じゃできない。
 今度起きているときに聞いてみようか。
 少し冷めてしまった朝ご飯に、保温の魔法をかけた。
 風に当たってしまうが、匂いが本人に届くように窓と本人の間に置く。
 私は、静かに部屋を出た。





 ―――――……





 その日の夜も、次の日も、その次の日も。
 じじさんは目を覚まさず、反応せず、食事も摂らないままだった。
 しかし脈拍は変わらず。
 一定以上は衰弱したものの、今の状態は横ばいと言っていいだろう。
 むしろ、じじさんと同じような人は、クザ先生と話してからまた五人は増えていた。