何事もなかったかのように、とはいかず。
不穏な雰囲気のままそれぞれに仕事を割り振られ、お互い何事もなく仕事をしている風で、なんとなく避けている。
ような気がする。
……思春期かっ。
ナオさんの言うことを疑っているわけではない。
だから、本人がそういうのならそうなのだろう。
今は仕事中だから、集中しなければ。
「腕が垂れて、体が傾いているので食べにくいのだと思います。タオルを巻いた状態で固定して、腕置きにしてみましょう」
職員さんに声をかけ、食事姿勢の改善を試みる。
一人ひとりを見る時間は少ないが、少ない割に改善点が出てくる。
病気の治療はできないが、生活の改善ができる。
リハビリの活動はここでも役に立ちそうだ。
「……」
目に当てている布は、透視の魔法を使っている。
副産物として、意識次第では壁なんかも透視して、外の様子を知ることができてしまう。
今は食事の時間のため、外には人がいないはず。
なのだが。
白い丈の長い服を着た人が何人か、外にいる。
来客かと思ったがその考えは消える。
ベルを鳴らしていない。
その時点でおかしいことは明らかだ。
さて、どうするか。
目元が見えていないことを良いことに、職員さんが対応してくれているところを見守っている風で、白い服の人たちの様子を探る。
建物内に入ってくる様子はなく、地下を探っている……?
一人、白い服の中が見えた人物がいた。
まあなんとも豪華絢爛でド派手な服だ。金持ちか。
さっきの今で金持ちだとすると、寄付したっていう貴族の可能性があるか?
何もしないっていう約束はしているようだが……。
―― あの服は研究所の奴らだな。
……お城の?
―― ああ。お前をこの世界に呼んだ奴らだ。
まさか。
なんで。
こんなところで。
軽いフラッシュバックというか、トラウマのようなものが蘇る。
胸元がムズ痒くて気持ち悪い。
握って抑えたい。
……だめだ。
今は人目がある。
こんなところでいきなり変な行動はできない。
「すみません、お手洗いをお借りしていいですか?」
「あ、はい。部屋を出て左の方にあります」
「ありがとうございます」
気持ち足早に部屋の外に出た。
なんと思われようと、一先ず早く人目から逃げたかった。
念のため、部屋から離れてしばらくしてから立ち止まり、しゃがみ込み、胸元を欲求のままに握りつぶす。
「……っ、は、はぁ……はっ」
頭の中が冷えつく。
目の前が白だか黒だかチカチカする。
血圧が下がったか。
真正面で向き合っていないから、そこまでパニックにはなっていない。
多少の息切れ、多少の頻拍、多少の悪寒、多少の冷や汗。
どちらの声かの判断はつかないが、脳内で必死に「落ち着け」と声をかける。
「はっ……は、は、ふ……」
窓から入る日の光の、合間の陰。
自分の息遣いしか聞こえない通路で、ひんやりとした空気が肌を撫でる。
頭の中の居心地の悪い冷えが、次第に気にならなくなっていった。
縮めた身から、床にへたり込む。
意識がしっかりしてきたと思ったら、力が抜けてしまった。
「はあぁーーー」
大丈夫。大丈夫。
落ち着け。落ち着く。落ち着ける。
……よし。大丈夫。
「よいしょ」
二本の足で立ち上がった。
気を取り直して。
どうするか。
「スグサさん」
―― んあ?
「追っていいですか?」
肯定でも否定でもない、「ほう」と呟いた。
最近の、というか、今日の私は積極的だ。
以前の仕事に近いことをしているからかな。
以前までと同様、言われたことをやる、無難なことだけをやる、というだけでもいいのに。
なぜだろう。
研究員の人の活動。
私が知ってもいいことなんてないだろうに。
知ったところで何ができるというものでもないだろうに。
……行った方が良い気がする。
だけど、もしもの時のために、保険が欲しい。
スグサさんという強い後ろ盾の確約が欲しい。
スグサさんは私の下心にも気付いているかもしれないが。
―― 良いだろう。他でもない弟子の頼みだ。何かあれば対処してやる。ただし、様子を窺うだけだ。
「ありがとうございます」
≪隠れ鬼≫
光の属性魔法。
この魔法は、光の角度で自分の姿を隠す。
日の光が出ている今ならばとても有効。
ただし光があるところだけなので、今のような建物内や、森や洞窟などではあまり効果がない。
研究所の人たちは外にいるから、追えるだけ追おう。
もし追えない場所まで行ってしまったら……その時は諦めよう。
姿を見失わないように、急いで外に出る。
食堂近くの玄関から駆け出し、食堂の前の窓付近に戻ってきた。
左右に見渡せば、小さく動く白い何かが見える。
あれだと思ったら、すぐに駆け出した。
姿が見えないように魔法をかけているから、全速力で走る。
音を立てすぎると魔法が解けてしまうので、近くまで来てから足音を減らす。
近すぎず、でも遠すぎず。
しっかりと確認できる位置で一定に距離をとる。
―― 話し声は聞こえないか。
距離を開けている分、数人の話している内容はわからない。
しかし動作を見るに、手元を見て方角を確認してという、何かを探しているように見える。
進んで、止まって。
進んで、止まって。
何度か繰り返した先で、全員が足元を見ていた。
そして、光る。
―― 魔法陣か。
研究員たちは、光とともに姿を消してしまった。
不穏な雰囲気のままそれぞれに仕事を割り振られ、お互い何事もなく仕事をしている風で、なんとなく避けている。
ような気がする。
……思春期かっ。
ナオさんの言うことを疑っているわけではない。
だから、本人がそういうのならそうなのだろう。
今は仕事中だから、集中しなければ。
「腕が垂れて、体が傾いているので食べにくいのだと思います。タオルを巻いた状態で固定して、腕置きにしてみましょう」
職員さんに声をかけ、食事姿勢の改善を試みる。
一人ひとりを見る時間は少ないが、少ない割に改善点が出てくる。
病気の治療はできないが、生活の改善ができる。
リハビリの活動はここでも役に立ちそうだ。
「……」
目に当てている布は、透視の魔法を使っている。
副産物として、意識次第では壁なんかも透視して、外の様子を知ることができてしまう。
今は食事の時間のため、外には人がいないはず。
なのだが。
白い丈の長い服を着た人が何人か、外にいる。
来客かと思ったがその考えは消える。
ベルを鳴らしていない。
その時点でおかしいことは明らかだ。
さて、どうするか。
目元が見えていないことを良いことに、職員さんが対応してくれているところを見守っている風で、白い服の人たちの様子を探る。
建物内に入ってくる様子はなく、地下を探っている……?
一人、白い服の中が見えた人物がいた。
まあなんとも豪華絢爛でド派手な服だ。金持ちか。
さっきの今で金持ちだとすると、寄付したっていう貴族の可能性があるか?
何もしないっていう約束はしているようだが……。
―― あの服は研究所の奴らだな。
……お城の?
―― ああ。お前をこの世界に呼んだ奴らだ。
まさか。
なんで。
こんなところで。
軽いフラッシュバックというか、トラウマのようなものが蘇る。
胸元がムズ痒くて気持ち悪い。
握って抑えたい。
……だめだ。
今は人目がある。
こんなところでいきなり変な行動はできない。
「すみません、お手洗いをお借りしていいですか?」
「あ、はい。部屋を出て左の方にあります」
「ありがとうございます」
気持ち足早に部屋の外に出た。
なんと思われようと、一先ず早く人目から逃げたかった。
念のため、部屋から離れてしばらくしてから立ち止まり、しゃがみ込み、胸元を欲求のままに握りつぶす。
「……っ、は、はぁ……はっ」
頭の中が冷えつく。
目の前が白だか黒だかチカチカする。
血圧が下がったか。
真正面で向き合っていないから、そこまでパニックにはなっていない。
多少の息切れ、多少の頻拍、多少の悪寒、多少の冷や汗。
どちらの声かの判断はつかないが、脳内で必死に「落ち着け」と声をかける。
「はっ……は、は、ふ……」
窓から入る日の光の、合間の陰。
自分の息遣いしか聞こえない通路で、ひんやりとした空気が肌を撫でる。
頭の中の居心地の悪い冷えが、次第に気にならなくなっていった。
縮めた身から、床にへたり込む。
意識がしっかりしてきたと思ったら、力が抜けてしまった。
「はあぁーーー」
大丈夫。大丈夫。
落ち着け。落ち着く。落ち着ける。
……よし。大丈夫。
「よいしょ」
二本の足で立ち上がった。
気を取り直して。
どうするか。
「スグサさん」
―― んあ?
「追っていいですか?」
肯定でも否定でもない、「ほう」と呟いた。
最近の、というか、今日の私は積極的だ。
以前の仕事に近いことをしているからかな。
以前までと同様、言われたことをやる、無難なことだけをやる、というだけでもいいのに。
なぜだろう。
研究員の人の活動。
私が知ってもいいことなんてないだろうに。
知ったところで何ができるというものでもないだろうに。
……行った方が良い気がする。
だけど、もしもの時のために、保険が欲しい。
スグサさんという強い後ろ盾の確約が欲しい。
スグサさんは私の下心にも気付いているかもしれないが。
―― 良いだろう。他でもない弟子の頼みだ。何かあれば対処してやる。ただし、様子を窺うだけだ。
「ありがとうございます」
≪隠れ鬼≫
光の属性魔法。
この魔法は、光の角度で自分の姿を隠す。
日の光が出ている今ならばとても有効。
ただし光があるところだけなので、今のような建物内や、森や洞窟などではあまり効果がない。
研究所の人たちは外にいるから、追えるだけ追おう。
もし追えない場所まで行ってしまったら……その時は諦めよう。
姿を見失わないように、急いで外に出る。
食堂近くの玄関から駆け出し、食堂の前の窓付近に戻ってきた。
左右に見渡せば、小さく動く白い何かが見える。
あれだと思ったら、すぐに駆け出した。
姿が見えないように魔法をかけているから、全速力で走る。
音を立てすぎると魔法が解けてしまうので、近くまで来てから足音を減らす。
近すぎず、でも遠すぎず。
しっかりと確認できる位置で一定に距離をとる。
―― 話し声は聞こえないか。
距離を開けている分、数人の話している内容はわからない。
しかし動作を見るに、手元を見て方角を確認してという、何かを探しているように見える。
進んで、止まって。
進んで、止まって。
何度か繰り返した先で、全員が足元を見ていた。
そして、光る。
―― 魔法陣か。
研究員たちは、光とともに姿を消してしまった。



