【5/22 紙版発売!】   魔術師は死んでいた。

 何事もなかったかのように、とはいかず。
 不穏な雰囲気のままそれぞれに仕事を割り振られ、お互い何事もなく仕事をしている風で、なんとなく避けている。
 ような気がする。
 ……思春期かっ。
 ナオさんの言うことを疑っているわけではない。
 だから、本人がそういうのならそうなのだろう。
 今は仕事中だから、集中しなければ。


「腕が垂れて、体が傾いているので食べにくいのだと思います。タオルを巻いた状態で固定して、腕置きにしてみましょう」


 職員さんに声をかけ、食事姿勢の改善を試みる。
 一人ひとりを見る時間は少ないが、少ない割に改善点が出てくる。
 病気の治療はできないが、生活の改善ができる。
 リハビリの活動はここでも役に立ちそうだ。


「……」


 目に当てている布は、透視の魔法を使っている。
 副産物として、意識次第では壁なんかも透視して、外の様子を知ることができてしまう。
 今は食事の時間のため、外には人がいないはず。
 なのだが。
 白い丈の長い服を着た人が何人か、外にいる。
 来客かと思ったがその考えは消える。
 ベルを鳴らしていない。
 その時点でおかしいことは明らかだ。
 さて、どうするか。
 目元が見えていないことを良いことに、職員さんが対応してくれているところを見守っている風で、白い服の人たちの様子を探る。
 建物内に入ってくる様子はなく、地下を探っている……?
 一人、白い服の中が見えた人物がいた。
 まあなんとも豪華絢爛でド派手な服だ。金持ちか。
 さっきの今で金持ちだとすると、寄付したっていう貴族の可能性があるか?
 何もしないっていう約束はしているようだが……。


 ―― あの服は研究所の奴らだな。

 ……お城の?

 ―― ああ。お前をこの世界に呼んだ奴らだ。


 まさか。
 なんで。
 こんなところで。

 軽いフラッシュバックというか、トラウマのようなものが蘇る。
 胸元がムズ痒くて気持ち悪い。
 握って抑えたい。
 ……だめだ。
 今は人目がある。
 こんなところでいきなり変な行動はできない。


「すみません、お手洗いをお借りしていいですか?」
「あ、はい。部屋を出て左の方にあります」
「ありがとうございます」


 気持ち足早に部屋の外に出た。
 なんと思われようと、一先ず早く人目から逃げたかった。
 念のため、部屋から離れてしばらくしてから立ち止まり、しゃがみ込み、胸元を欲求のままに握りつぶす。


「……っ、は、はぁ……はっ」


 頭の中が冷えつく。
 目の前が白だか黒だかチカチカする。
 血圧が下がったか。
 真正面で向き合っていないから、そこまでパニックにはなっていない。
 多少の息切れ、多少の頻拍、多少の悪寒、多少の冷や汗。
 どちらの声かの判断はつかないが、脳内で必死に「落ち着け」と声をかける。


「はっ……は、は、ふ……」


 窓から入る日の光の、合間の陰。
 自分の息遣いしか聞こえない通路で、ひんやりとした空気が肌を撫でる。
 頭の中の居心地の悪い冷えが、次第に気にならなくなっていった。
 縮めた身から、床にへたり込む。
 意識がしっかりしてきたと思ったら、力が抜けてしまった。


「はあぁーーー」


 大丈夫。大丈夫。
 落ち着け。落ち着く。落ち着ける。
 ……よし。大丈夫。


「よいしょ」


 二本の足で立ち上がった。
 気を取り直して。
 どうするか。


「スグサさん」

 ―― んあ?

「追っていいですか?」


 肯定でも否定でもない、「ほう」と呟いた。
 最近の、というか、今日の私は積極的だ。
 以前の仕事に近いことをしているからかな。
 以前までと同様、言われたことをやる、無難なことだけをやる、というだけでもいいのに。
 なぜだろう。
 研究員の人の活動。
 私が知ってもいいことなんてないだろうに。
 知ったところで何ができるというものでもないだろうに。
 ……行った方が良い気がする。
 だけど、もしもの時のために、保険が欲しい。
 スグサさんという強い後ろ盾の確約が欲しい。
 スグサさんは私の下心にも気付いているかもしれないが。


 ―― 良いだろう。他でもない弟子の頼みだ。何かあれば対処してやる。ただし、様子を窺うだけだ。

「ありがとうございます」


   ≪隠れ鬼≫


 光の属性魔法。
 この魔法は、光の角度で自分の姿を隠す。
 日の光が出ている今ならばとても有効。
 ただし光があるところだけなので、今のような建物内や、森や洞窟などではあまり効果がない。
 研究所の人たちは外にいるから、追えるだけ追おう。
 もし追えない場所まで行ってしまったら……その時は諦めよう。

 姿を見失わないように、急いで外に出る。
 食堂近くの玄関から駆け出し、食堂の前の窓付近に戻ってきた。
 左右に見渡せば、小さく動く白い何かが見える。
 あれだと思ったら、すぐに駆け出した。
 姿が見えないように魔法をかけているから、全速力で走る。
 音を立てすぎると魔法が解けてしまうので、近くまで来てから足音を減らす。
 近すぎず、でも遠すぎず。
 しっかりと確認できる位置で一定に距離をとる。


 ―― 話し声は聞こえないか。


 距離を開けている分、数人の話している内容はわからない。
 しかし動作を見るに、手元を見て方角を確認してという、何かを探しているように見える。
 進んで、止まって。
 進んで、止まって。
 何度か繰り返した先で、全員が足元を見ていた。
 そして、光る。


 ―― 魔法陣か。


 研究員たちは、光とともに姿を消してしまった。