【3/27 電子書籍発売】  魔術師は死んでいた。

「おやすみ」


 良い夢を。
 動かなくなったキョルの体の下に、虚空を広げる。
 ゆっくり沈んでいく体を、瞬きせずに見つめ続けた。
 片時も目を離さず、それが私様流であり、こだわり。
 音で言えば、とぷん。
 完全に飲まれたところもしっかり目に焼き付けてから、虚空を閉じた。
 目を閉じて、焼き付いた映像を確認する。
 『記憶』である私様に保存されたことを確認し、その場から離れた。
 私様が浮けば、水は元の位置に戻るように流れ込む。
 結局、他の個体は出てこなかった。
 つまり変異した奴はアイツだけか。
 貴重な個体だ。
 もらっちゃお。


「おっ待たせしましたー!」


 陸に戻り、すでに蜷局(とぐろ)から解放されている王子サマと女魔術師に元気よくアイサツ。
 二人の表情は浮かない。
 というか険しい。
 まあ、あのサイズを見たらなあ。


「まずは、対処していただき感謝する」
「いーえー」
「あの個体を素直にお渡しするわけにはいきません」


 ズバッときたな。
 前振りも何もなしか。
 有無を言わせぬ顔をしている。
 まあ、異常個体だしな。
 数が多いなり個体が変化するなり、最近は各地で起こっている。
 それならば何か得体のしれないが起こっている可能性はある。
 調査は必要だ。
 うーむ。
 ただではくれないか。


「交換条件はどうですか?」
「……本体ではなく、情報を提供をしてくれると?」
「察しがよろしいようで。私様が隅々まで調査しますよ」


 それならば、私は私で調査ができるし、王子サマにはまとまった情報を提供できる。
 異常個体を捕獲したという情報も今のこの三人の中だけに留まるし。
 王子サマが調査に挙げるとしたら、おそらくは研究所だろう。
 弟子のこともあって、王子サマ自身、信用していないんじゃないかと思うのだが、どうだろうか。
 むしろ信用しているとかぬかしたら失望もんだが。
 険しい顔のまま、斜め横に控えている女魔術師と目の前で話し合っている。
 小声はしっかりと聞こえていないが、悪い話ではないと思っている。
 何言か交わし、私様に向き直った。


「では、そのように。調査と進捗、完了までのある程度の期間を示してもらいたい」
「承知しました。王子サマ。だが調査するにはキチンとした環境が必要。そもそも調査を始めるまでに時間が必要であることをご理解ください」
「そのキチンとした環境、というのは、当てがあるのか?」
「ええ、まあ。そこはご安心ください。セキュリティーのしっかりした場所ですんで」


 実のところ、今すぐにでも行きたい。
 行きたいが、行けない。
 なにせあの場所の入り口は預けたままだし、そいつも最近は姿を見せない。
 そいつに会わないことには始まらないのだ。
 まあ、そこまで言うつもりはないので濁すが。
 虚空に入ったものは時間が止まる。
 つまり、キョルの体は腐食せず、虚空に取り込む直前の状態で保管されている。
 だから会えさえすればいいんだがなあ。


「……わかった。では始められるときにまた教えてくれればいい」
「あいよー」


 よし解決。
 円満でとても実りのある話し合いだった。
 入り口の持ち主には会おうと思えば会えるだろう。
 方法はあるし、あとは時間だ。
 弟子の方も予定があるから、その後かな。
 それまでは我慢が強いられる。
 つら。


「ウー、ロロ。ご苦労」
「あいー」
「すー」


 ウロロスから幼児の姿に戻り、相も変わらず引っ付いてくる引っ付き虫たち。
 今回は私様の指示にも従ったし、良しとするか。
 両手で頭を撫でるとより引っ付いてくる。
 ぐりぐりすんな。痛い。
 頭を二回軽くたたく。
 合図と受け取った二人はくっつくのをやめた。
 私様は二人の目線の高さにしゃがむ。


「口の中見せろ」
「あー」
「……よし」
「あー」
「……よし。二人とも傷はなし。体調に変化は?」
「おなかいっぱい!」
「でる!」
「あっち行け」


 上からか下からか知らんが、そう高らかと宣言するもんじゃないと教えたはずなんだがなあ。
 二人に断りを入れ、二人の背中を押して茂みに入った。


「親のようだな」
「世話人ですね」


 うっせ。
 まあ、丁度いい。
 二人にも聞きたいことがある。
 踏ん張っている二人を背に、小声で話しかける。


「なあ」
「んー!?」
「なあにー!?」

「食べたことある味だったか?」
「えっとねー」
「ちょっとちがったー!」

「個体ごとに違ったのか? 今まで食べたものと違ったのか?」
「きょう たべたのは ぜんぶ いっしょー!」
「いままでのと ちょっとちがったー!」

「ほお」


 踏ん張っているせいで語尾が強い。
 個体の味は、食べたもので変化するのは当然。
 もちろん地域差もあるが、ルルはこの地域にしかいないから地域差は出ない。
 だから味に違いがあるとしたら、ルルの食事が変わったということになる。
 ルルは何を食べるようになったんだかなあ。
 食事が変わったから、異常個体も生まれたとみるか。
 さて、何を食べたのか。


「でたー!」
「すっきりー!」
「おうおう。ちゃんと隠して行けよ」


 やっぱ。
 さっさと調査しないとな。
 入り口の奴は最近は何をしてんだか。
 手っ取り早く行動するには、人を殺すしかないんだがなあ。