そんななか、学園祭が近づいてきていた。
うちの学校は少し変わっていて、立候補がない限りは生徒会が実行委員を務めることになっている。
各クラスに1人は生徒会がいるほど母数が多く、マンモス校を束ねる上で必要と考えられている。
生徒会はものすごく権力があり生徒会に入っているだけで一目置かれる一方で、彼女たちに目をつけられると様々な活動に影響を及ぼす。
校庭や体育館の使用制限や予算制限をかけられてしまうと満足に練習もできなくなってしまう。
そのため生徒会にはみな気を遣っているのだ。
現在の生徒会長は有名な財閥の娘で校長とも仲が良いため下手なことはできない。
才色兼備という言葉がよく似合うが高嶺(たかね)の花すぎて誰も手を出せないし、彼女に年上の彼氏がいることは周知の事実でもある。
彼女の名は一条さん。
そう、凪が振った人だ。
正確には紹介されることを拒否しただけなのだが。

実行委員に立候補したのは写真部の歩風だっが、男子は誰も手を挙げなかったので自動的に生徒会の禮央になった。
普通こういうときって好きな人と一緒にいたいから下心で手を挙げることが多いのだが誰もいなかった。
当の本人は全く気にしていない様子だったけれど。

話し合いの結果、僕たちのクラスではメイド・執事喫茶が行われることになった。
前後半の二部生に分かれてメイドと執事の格好をしたクラスメイトが接客をしたり会計やキッチンをする。
面白がって一部の男子にメイドの格好をさせたがる女子がいたが、多くの男子は女子のメイド姿を希望していて、執事の格好を望む人が少なかった。
クラスメイトがふざけて僕に執事の格好をさせようとしたが、そんなの(がら)じゃないし目立ちたくないので逃げるように裏方に回った。

「これより、第51回海西祭(かいせいさい)を開催いたします」

文化祭当日、晴れ空に響き渡るアナウンス。
年に一度の祭典に多くの人たちが出海西高校にやってくる。
各クラスが出し物で賑わう中、誰よりも注目を浴びていたのは転校生の九十九 瓊子だった。

「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」

笑顔で注文を受ける彼女。
白と黒のメイド姿にカチューシャをつけ、ニーハイソックスを履いた彼女はその場にいた男子のみならず女子たちの目も奪う。
転校してきてから一瞬で人気者になった彼女のメイド姿はかわいいという言葉では足りないほどに煌びやかで多くの人を(とりこ)にしている。
それでも僕は彼女から言われたクローンという言葉がずっと耳から離れなくてそんな風には見られなかった。
SNSというものはおそろしく、すでに近くの高校や大学にも広まっていて、そんな彼女を一目見ようと教室の外には行列ができており、急遽整理券を配布することになった。
会計とキッチンに回っていた僕と昱到だが、2人とも飲食店でのバイトの経験が活きていたため思っていたより余裕だった。

「九十九の人気えぐくね?」

「まるでアイドルだな」

瓊子の方を見ると多くの人がスマホを向けて撮影している。
このままポーズをとり始めたらコミケの撮影会みたいになるだろうと思いつつ、有料にしたら結構儲かるのではと(よこしま)な考えが頭をよぎった。

「ツーショット1枚いくらで売れるかな?」

「ニラコ、将来社長になった方がいいぞ」

珍しく褒められた気がする。

シャッター音が鳴り止まない瓊子の次を行くように人気を集めている人たちがいた。
執事の格好をした夏海と禮央だ。

背も高くサバサバしている夏海の執事姿はとくに後輩の女子たちを魅了した。

「夏海先輩、かっこよすぎます」
「将来宝塚に入ってください」
「夏海先輩みたいな彼氏がほしい」

それを見ていた僕は昱到を横目に、
「夏海も人気だな」

「あ、あぁ」

わかりやすく落ち込んでやがる。
これは嫉妬心ではなく本当は彼女のメイド姿が見たかったのだと察した。

「なぁ昱到、本当は……」

「みなまで言うな」

「彼女なんだろ?今度コスプレしてもらえよ」

「簡単に言うなよ。彼女にコスプレをお願いすることがどれだけ大変か」

そういうものなのか?
彼女いたことないからよくわからん。

「それに、学祭が終わればすぐにウィンターカップに向けて練習がはじまるからしばらくデートできないんだ。期末テストも近いし」

頼むからテストというワードを出さないでくれ。
楽しい楽しい学園祭というこの楽園から現実世界に連れ戻されてしまう。

「でも後半は夏海と回るんだろ?」

「あぁ」

去年の合同合宿ときに昱到が告白して2人は付き合った。
他にも付き合ったカップルがいたらしいが、ば勢いだったこともあってすぐに別れたらしい。
後半の時間になれば交代となり、2人は自由行動となるので邪魔しないようにしよう。

「ニラコはどうするんだ?」

「そうだな、禮央でも誘ってみる」

普段1人でいることの多い禮央だが体育の授業や各イベントでは一緒にいることも少なくない。
誰かと深く関わることが苦手らしく、必要以上に介入することを嫌うのだ。
それを知っているからこういうとき以外はあまり声をかけないようにしている。

「それにしても雪平って意外な一面あるよな」

話題は執事の格好で接客をしている禮央になった。
成績優秀で生徒会に所属しクールな見た目と眼鏡の奥から見えるキリッとした眼は凪ほどではないが一部の女子からの人気がある。
この前の体育祭でも数人の女子たちがマウンドに立つ禮央を撮影していた。

「禮央ってああいう格好絶対しなさそうなのに」

執事姿の禮央はもともとの顔の良さとスタイルの良さをより美しく見せ、まるで西洋の紳士のような出で立ちに一部の女子たちが目をキラキラさせながら見つめている。
あれで本人がノリノリだったがかわいいが、禮央のことだから本心は絶対に言わないだろう。

「お、2人とも、絶賛サボり中だね」

実行委員は防犯も兼ねて交代制で校内の様子を見回りに行くのだが、その役目を終えた歩風が戻ってきた。

「いや、サボってねぇし」

「そうだよ、レジ金合ってるか確認中だ」

「そういえば、宇佐美は接客しないのか?」

昱到の質問にボブヘアーをかき分けて、
「あら?私のメイド姿見たかった?」

明るく元気で童顔の歩風は男女問わず人気がある。
こういうイベントが大好きなイメージだったからてっきりノリノリでコスプレするかと思っていたが今回は裏方に回った。

「歩風、メイド服似合いそうなのにな」

「わたしムチムチだし、それに最近太ってきたから」

歩風はよく食べる。
授業中以外はずっと何かをつまんでいる。
食べるかしゃべるかのどっちかにしてほしいくらいに口元がずっと動いているような人。
たしかに細いとは言えないが健康的な体型だ。

「そういうのが好きな人もいるぞ」
と返すと、
「新羅くんってやっぱり変態だね」

目を細めながら冷たい視線を浴びせられた。
やっぱりってなんだ。

後半、凪のクラスは舞台をやるらしく、禮央と歩風と観に行くことにした。
凪には恥ずかしいから観にこなくていいと言われたが、親友の舞台を観に行かないわけにはいかない。
体育館に着くと、1つ前の劇が終わり凪のクラスの劇がはじまるタイミングだった。
紹介のアナウンスが流れるときキーンという音が会場に鳴り響き耳をつんざいた。
ハウリングの音はどうしてこうも耳障りなのだろう。

戦慄(せんりつ)旋律(せんりつ)

うまいこと言ったみたいなドヤ顔の後にクックックッと自分で笑っている。
国民的アニメに出てくる野口さんみたいな笑い方にツッコむのも面倒だったので無視しようとすると、横にいた禮央がくすくすと笑っていた。
いまだに禮央のツボがわからん。

「続きまして、二年A組による劇『スキップとローファー』です」

拍手の中で歩風がつぶやく。

「私はロミジュリがよかったな」

「歩風は凪の王子様姿を見たかっただけだろ?」

「あのね、纐纈くんの王子様姿なんて西高女子全員の願望よ。二度と見られないかもしれないじゃない」

なぜちょっと怒られた?
学園祭の劇の王道であるロミオとジュリエットを望んでいたが、三年生が先にやることが決まっていたため今回の劇となった。
ここ数年、学園祭の劇では高校を舞台にした青春劇を演じることが流行っている。
『きみに届け』や『アオのハコ』といった青春系がとくに人気のようだ。
凪は予想通りメインである志摩 聡介役。爽やかなイケメンでめちゃくちゃモテるヒロインのクラスメイトだ。
凪の性格的に役者とかそういうのをやるタイプじゃないからきっと強制的にやらされているのだろうと思っていたが、後から訊いたら意外と乗り気だったらしい。
そういえば凪の家にこのマンガがあった気がするな。
ヒロインの岩倉 美津未役の子は、ごめん。名前がわからないが、どうやら北陸出身の子らしく方言がリアルだった。
美人の村重 結月役は中原 エレンさん。ハーフで美人だからイメージ通りだが、凪のことが好きなのにこの役で良かったのだろうか。
まじで余計なお世話だが、ヒロインとリアルでめないでほしいと切に願う。
それにしても凪の金髪姿は本当の王子様のようでよく似合う。
周囲の女子たちは写真と動画の撮影に夢中な様子で劇を見ている様子はない。横にいる歩風もャッターチャンスを逃すまいとカメラを向けて構えている。
ヒロイン役の黒髪の子がいるのにこの2人がやけに映える。
劇としてどうなのかと疑問に思うこともあるがやはり美男美女というのは何をしても絵になるな。
畜生、羨ましい。

劇も終盤に差しかかったころ、横にいた禮央が一言ぼそっとつぶやいた。

「青春だな」

「同い年だろ」
ツッコミを入れた後にくすっと笑う禮央を見て思う。
相変わらず不思議なやつだ。

学園祭が終わると一気に試験ムードになった。
テストというワードを聞くだけで胃がキリキリするが、出海西高校では期末テストが終わってからすぐに修学旅行に行くための準備がはじまるが、ここで赤点を取ってしまうと修学旅行ギリギリまで補講を受けなければならず、班決めやどこでご飯を食べるかなどの楽しい時間がすべて補講の時間になってしまう。
それだけは絶対に避けないといけないのだ。

テストの答案用紙が名前順に配られるとそれぞれ見せ合った。

「宇佐美」

今回も平均点。可もなく不可もなくといったところらしい。

「尾美」

振り向いた昱到からは笑顔が見えていた。
僕の方を見てニタッとした笑顔に赤点を免れたことを察した。
今回ばかりはその方がありがたい。
勝ち負けよりも同じ班として修学旅行に行きたいから。

「九十九」

転校生の瓊子は成績が良かった。
前の学校でも学年トップ3には入っていたらしい。

似鳥(にとり)

夏海が珍しく落ち込んでいる。
思っていたよりも振るわなかったらしい。
それでも僕より成績が良いからいいじゃないかと目で訴える。

「新羅」

渡された用紙を見て愕然(がくぜん)とした。
全科目昱到よりも点数が低く、禮央に助けてもらったのに国語だけ赤点だった。

「いやぁ、ニラコよりも俺の方がインテリジェントってことだな」

「ふん、1回勝ったくらいで調子に乗るなよ」

「何を言う?通算では俺の方が勝ってる」

「いや、僕の方が勝ってるし」

「そんなことはない。俺の方がインテリジェントだ」

「インテリジェントじゃなくてインテリジェンスだろ?」

「えっ?そうなのか?」

「違うのか?」

「どっちだろうな」

「わからん。まぁどっちでもいっか」

「そうだな」

不毛なやりとりを訊いていた夏海からはぁ〜っという大きなため息がした。

ちなみに最後に呼ばれた禮央はすべて98点以上だった。
これでまたクラスでも学年でも1位だ。
どうなったらこんなに学力に差がつくのかわからなかった。

ー国語の補講を受けていた僕と数人のクラスメイトはあの女性教師にネチネチ言われながら地獄の時間を過ごしていた。
いまごろみんなは班のメンバーで集まってどこを回るとか、どこでご飯食べるとか話しているのだろうと思うとまったく集中できなかった。

僕の班は昱到、夏海、歩風、禮央の5人で四泊五日の九州旅行はあっという間だった。