蒼になるまで待とう

電車を降りてバスに乗り帰宅すると、急いで夜ご飯を食べ、塾へと向かった。
今日は普段の授業に加えて、学校で夏休み明けに行ったテストの確認も兼ねた面談がある。
面談は十分程度で終わるようなので、塾に着くと、早速面談室に連れていかれた。
「園田さん、この前のテストより点数下がってるね」
いすに座るや否や、早速そんなことを言われてしまった。
おじさん講師さんには、笑顔を貼り付けなければ。
「そうかぁ、でも一応順位は変わらず一位ねぇ…」
おじさん講師は私の個票を見定めるように、自分の顎をさすりながら悩ましく唸っては首をかしげていた。
「数学が落ちちゃって、他はまぁいいとしてぇ…。数学、得意だったはずでしょうに」
「はい。なのでそこまで力を入れて勉強したわけではなかったためだと思います」
「そうかぁ。じゃあ、あれはどうしたの、あのー、ほら」
おじさん講師が何かを思い出し、私に伝えようとした。
「ライバルがいるみたいに言ってたじゃない、前。あの子はどうしたの?」
紡。
紡のことだ。
私が一、二位を行き来しているのはなぜかと訊かれたときに、ライバルがいると言ったのだ。
私の笑顔は、思わず崩れ落ちてしまった。
「…死にました」
「ん?なんだって?」
「…その子、亡くなりました」
私は俯いてそう言うと、おじさん講師は何冗談言ってるのと笑い、軽く流した。
そうして、次もそのライバルに勝てと捨て台詞を吐かれ、面談室を後にされた。
信じられなかった。
人の命を冗談にするなんて、一体どういうことなのか。
その後の授業中も、そのことが頭によぎってはシャーペンの芯を折ってしまっていた。

翌日、ずっと昨日のことが頭を徘徊していて、私の心にはまた、からまった黒い糸が渦を巻いていた。
「結楽ちゃん、これ提出期限って今日までだっけ」
クラスメイトの女の子に話しかけられても、自然と笑顔は貼り付けられていて、
「いや、明日までだと思うよ。だからまだ大丈夫」
と、一見何の変哲もないそんな会話さえも、何気なくできなくなってしまった。
そんな日はいつもより格段に多く「水」が見える。
珍しく教室内にも見えて、私はその「水」の多さに驚いていた。
「園田、大丈夫?」
席について本を読んでいると、上地くんが話しかけてきた。
学校で話すことはあまりなかったので、私は少し返事に困ってしまった。
「えっと、うん」
そう反射的に言うと、上地くんは、絶対大丈夫じゃないだろ、と言って私から本を取り上げた。