「…私、まだいまいち自分をわかってなくて」
「うん」
紡と会うならば、私もそちら側に行くしかないと思う。
それを私は『水』を見ることで無意識にしているのだろうか。
だからといって、やはり、私には自ら命を絶つことはできなかった。
「どうすればいいのかなぁって…」
私はうずくまった。
地面からの熱気を感じ、冷えた指先にはじんじんとあたたかな血液が循環していた。
「じゃあ、待ってやるよ」
突然響いた上地くんの声が、生ぬるい風に滑る。
「青になるまで、待ってやる。また赤信号で渡られたら怖いから、青信号になるまで一緒に待つよ」
私は顔を上げた。
そこには初めて上地くんの笑顔が見えていて、夕焼けの薄い紫の空に髪が溶けていた。
上地くんが、笑った。
「私が『水』に入りそうになったら、助けてくれるの…?」
「助けられるかはわからないけど、同じことがないように見守っててやる」
そんな風に言ってくれる人だなんて、思っていなかった。
もっとあっさりしていて、みんなの話題になんかに引っかからない、強い一匹狼だと思っていた。
けれど、上地くんもそんな風に笑ってくれるんだね。
「ありがとうね、上地くん」
「ん」
返事は短いけれど、どうでもいいように感じてなんかいないことが、上地くんだとよくわかるのだ。
私はベンチを撫でてから、上地くんって少し紡と似ているな、と思った。

上地くんが一緒に青信号になるまで待つようになって、もう一か月がたとうとしていた頃。
あたりはようやく遠くに秋が見えてきて、時折涼しい風が吹くようになった。
紡がいなくなった生徒会も少しずつではあるが賑わいを取り戻してきており、前よりは充実した生活を送れていた。
そんな今日も、上地くんは私が学校から出てくるのを待ち、一緒に信号が青になるまで待ってくれるという。
「上地くん、毎日疲れない?私を待ってる間、暇じゃない?」
「別に。スマホ見てるし大丈夫」
そんな会話が続くのは駅までで、お互い違う電車に乗るため、そこでお別れとなってしまう。
紡がいたときは一緒に下校する日もあったが、こうやってクラスメイトの男子と下校するのはあまりなかったので新鮮だった。
電車に乗ってからは、自分の好きな音楽をイヤホンで聴く。
大体四、五曲聴いてイヤホンを外し、降りる駅をすぎないようにするのだが、紡がいなくなってからは、そのイヤホンを外してからがつまらなかった。
ただ、その日の会話を思い出していると、いつの間にか、最寄りの駅に着いている。
上地くんと話していると、無言の合間さえも心地いい。
気を遣いすぎず、無理に笑顔を貼り付けなくていい時間。
その中で生まれる普通の笑顔が、私にとって、本当に宝物だった。
上地くんが笑ってくれた日は、もっとそう思った。