帰宅途中、私は紡のことばかり考えていた。
先ほどまで行っていた生徒会の打ち合わせ。
紡が座っていた生徒会長の席には小さな花が添えられ、副会長だった私がそこへ座るようになった。
紡がいると、生徒会は明るくて、とても賑やかだった。
今は、しんとした部室が目立っている。
紡さえいればなぁ…。
道を渡ろうとしたとき、「水」が見えた。
赤信号なのはわかるが、いまいち向こう側がはっきりと見えない。
…ねぇ、これ、紡がしてるの?
紡が亡くなってから、これが見えるようになったんだよ。
私に、来てほしいの?そっち側に。
「私も、行きたいよ」
「水」があるところを渡ったら、どうなるんだろう。
私は、赤信号だけれど、「水」の中に入った。

音が聞こえにくくなる。息が苦しい。このまま息ができなくなりそうなくらい、苦しい。
「…ぃ」
汗が出てくる。足に力が入らなくなってくる気がする。
「…ぃ!」
紡がやってるの?この「水」って、紡が何かしてるの?何がしたいの?
「…ぉい!」
何かの音が聞こえる。
誰かの、声?
「危ねーって!!!」

私は、勢い良く息を吸った。息が、吸えた。
強い力で引っ張られたのと同時に、私のすぐそばで、車が急ブレーキをかけた音が聞こえた。
何が、起きた?
「お前何やってんだよ…園田…」
よろけた私をキャッチして、一気に力が抜けたような声で、その男の子は言った。
紫色に染めてある髪の毛が、派手に輝いた。
「あ…上地(かみじ)くん…?」
その男の子は、クラスメイトの上地くんだった。
「そうだよ、上地羽勇(かみじはゆう)。わかる?」
「うん…わ、私…」
「いいよ、無理に喋んなくて。ちょっと待ってて」
上地くんは、急ブレーキをかけた車の方へ走っていき、何か話をしていた。
私はどうしても頭が回らず、その場に座り込んでしまったまま、動くことができなかった。
私、何してたの…?
「大丈夫かよ。怪我してない?」
上地くんはしばらくしてこちらに戻ってきて、私の前にしゃがんだ。
私は自分がしてしまったことに恐怖を覚え、体がカタカタと震えているのを感じた。
「怪我は、ない」
「はー、まじでよかった…」
上地くんが下を向くと、紫色の髪の毛がふわっと動いた。優しい香りがした。
「車運転してた人、危ないから気をつけろだって。今回はそれだけで済んでるけど、これまじで警察沙汰になる」
…確かにそうだ。
でもあまり記憶がなくて、どんな風に自分が道を渡っていたのか、全くわからない。
「なんかあった?生徒会長が急にこんなことしねーだろ、普通」
上地くんは私を心配そうに見つめてくれている。
冷え切った手を握って、私は、
「…ううん、大丈夫。ごめんね、っていうかありがとう。今のことは忘れてください」
と、貼り付けた笑顔で言った。
「いや、今笑うとこじゃないから」
上地くんは、スパッと、私の笑顔を裁つようにそう言った。
私、なんでこんなところで笑顔になろうって思ったんだろう。
ふと、そう冷静になった。
「俺がこのままじゃ気持ち悪い。話せる範囲でいいから、話聞かせて」
上地くんはそう言って、私の手を引っ張ってどこかへ向かっていった。