「園田さん、これ資料室に持って行ってくれない?申し訳ないんだけど、次の授業の準備があってどうしても手が離せないの」
「この地図ですか?おそらく資料室2に運ぶんですよね、わかりました。持っていきますね」
「ありがとう!さすが生徒会長ね〜本っ当に!頼りになるんだから!」
先生、いつもは一人で資料室まで運んでいますよね。
手が離せない、なんて、ただ即興でくっつけた潔く資料室に行ってもらうための口実ですよね。
そんな本心は一切感じさせない綺麗な笑みを貼り付けて、私はおばさん先生からの好感と信頼を保った。
…ああ、キツい。
成績優秀。スポーツ万能。そして、頼れる生徒会長。
それらの三つの要素が、私を形成している。
その重さに気づき、蓄積されるようになったのは、親友の紡が亡くなってからだ。
私の心をじんわりと蝕む、その三つの凶器。けれど、その肩書きを外せないまま、今に至っている。
「あ、結楽先輩!荷物運んでるんですか?お手伝いしましょうか?」
生徒会の後輩の子が、私に話しかけてきた。
「ありがとう。でも、今は大丈夫かな」
「本当ですか?…じゃあ、私行きますね。失礼します!」
気づいた頃には、後輩の子はすでに私の前から姿を消していた。
廊下には、まだ笑顔が張り付いたままの私が一人。
そして、冷たい空気に予鈴が鳴り響く。
「うわぁ、やばい」
私は階段を駆け下りて、資料室に向かおうとした。
しかし、階段には、「水」が見えた。
…よりによって、こんなときに。
私は、息を止めてゆっくりと、「水」の中へ入っていく。「水」があるのは踊り場までだ。ほんの少し。
歪む景色と青くなる太陽が、私をふわりと包み込む。
とたんに息ができるようになり、ガッと苦しみから解放された。
「水」があった場所を見てみれば、もう元通り。
普段と変わらない階段がある。階段も私も、どこも濡れていない。
先ほどの出来事が現実であることを感じさせるのは、私の呼吸だけだった。
紡が亡くなってから起こるようになった、不可解な現象。
なぜかもう、慣れてしまった。
私は資料室まで駆け足で移動し、地図を片付けてから急いで教室に戻った。
「すみません、資料室に物を運んでいて遅れました」
整っていない呼吸の中、私は先生にそう伝える。
「…わかりました。次は遅れないようにねー」
はい、と言って、汗をかいたまま席に座る。
どうせ他の先生が頼んだんだろ、結楽ちゃん絶対いいように使われてんじゃん。
私をかばうようにして、様々な言葉が飛び交う。ざわめきが生まれる。
「いいのいいの、気にしないで。大丈夫だから。授業しよう」
私がみんなにそう言うと、女子が、本当に?と言わんばかりの困惑した顔を見せて、教室が静かになった。
もう私には、それが重みにしかならなかった。
「この地図ですか?おそらく資料室2に運ぶんですよね、わかりました。持っていきますね」
「ありがとう!さすが生徒会長ね〜本っ当に!頼りになるんだから!」
先生、いつもは一人で資料室まで運んでいますよね。
手が離せない、なんて、ただ即興でくっつけた潔く資料室に行ってもらうための口実ですよね。
そんな本心は一切感じさせない綺麗な笑みを貼り付けて、私はおばさん先生からの好感と信頼を保った。
…ああ、キツい。
成績優秀。スポーツ万能。そして、頼れる生徒会長。
それらの三つの要素が、私を形成している。
その重さに気づき、蓄積されるようになったのは、親友の紡が亡くなってからだ。
私の心をじんわりと蝕む、その三つの凶器。けれど、その肩書きを外せないまま、今に至っている。
「あ、結楽先輩!荷物運んでるんですか?お手伝いしましょうか?」
生徒会の後輩の子が、私に話しかけてきた。
「ありがとう。でも、今は大丈夫かな」
「本当ですか?…じゃあ、私行きますね。失礼します!」
気づいた頃には、後輩の子はすでに私の前から姿を消していた。
廊下には、まだ笑顔が張り付いたままの私が一人。
そして、冷たい空気に予鈴が鳴り響く。
「うわぁ、やばい」
私は階段を駆け下りて、資料室に向かおうとした。
しかし、階段には、「水」が見えた。
…よりによって、こんなときに。
私は、息を止めてゆっくりと、「水」の中へ入っていく。「水」があるのは踊り場までだ。ほんの少し。
歪む景色と青くなる太陽が、私をふわりと包み込む。
とたんに息ができるようになり、ガッと苦しみから解放された。
「水」があった場所を見てみれば、もう元通り。
普段と変わらない階段がある。階段も私も、どこも濡れていない。
先ほどの出来事が現実であることを感じさせるのは、私の呼吸だけだった。
紡が亡くなってから起こるようになった、不可解な現象。
なぜかもう、慣れてしまった。
私は資料室まで駆け足で移動し、地図を片付けてから急いで教室に戻った。
「すみません、資料室に物を運んでいて遅れました」
整っていない呼吸の中、私は先生にそう伝える。
「…わかりました。次は遅れないようにねー」
はい、と言って、汗をかいたまま席に座る。
どうせ他の先生が頼んだんだろ、結楽ちゃん絶対いいように使われてんじゃん。
私をかばうようにして、様々な言葉が飛び交う。ざわめきが生まれる。
「いいのいいの、気にしないで。大丈夫だから。授業しよう」
私がみんなにそう言うと、女子が、本当に?と言わんばかりの困惑した顔を見せて、教室が静かになった。
もう私には、それが重みにしかならなかった。



