誰もいない教室に戻り、窓を開けて風を入れた。
窓からはグラウンドが見える。私のハプニングの後はプログラムが止まることもなく進んでいるみたい。
体育祭を教室から見学というのも変な感じたけど、出場する種目の選手の役目は終わったので、同じように思う同級生もいると思う。
「お昼でみんなが帰ってきたときだなぁ……」
それは、悠太君に手を引かれて救護テントの下に連れてこられた時のこと。
客観的に見れば、私の顔色とか冷や汗の状態を見て処置をしなければならないと介助してくれた行動に、なにも他意がないことはないことは分かる。
でもね……、そうは感じてくれない人も多いことは私も経験上で理解している。
ハチマキを取ったまではいいんだ。
その後に、私の首元を冷やすために編み上げてあった髪をほどいてアップにしたところに風を当ててくれた。文字にすればそんな事で終わってしまう。
その時に鋭い視線があったことに私が気づかないはずがない。
でもあれは悠太君が私を助けるためにしてくれたこと。だから、今回は何を言われても泣いたり俯いたりしないでいこうと決心したんだ。
* * *
昼休みの時間になって、みんなが教室に戻ってくると予想通り私は何人かの女子に囲まれた。
「空乃さん、さっきのはどういうこと?」
「髪をほどくなんて、すごい手慣れているように見えたんだけど、いつからそんな関係になっていたわけ?」
「杉原君にいつもやらせてるんじゃないの?」
悠太君はまだ教室に戻ってきていない。ここは私が答えるしかないよね。
「何人も一度に話しかけられても答えられないよ」
本当は体が震えてしまうくらい緊張している。でもここで怯えた顔をしたり泣いたりしたら、話が都合よく解釈されて勝手に一人歩きしてしまう。それは嫌だ。悠太君のためにもダメ!
そんな精いっぱいの返事にも彼女たちは私から言葉が出たことで面食らったみたいだった。
「まず髪をほどくなんて、やってもらったことは一度もないよ。あの時が初めて」
「じゃぁ、いつからそんなに仲良くなってたのよ?」
「今年の一学期が始まってから少しずつだよ」
「その……、二人は付き合ってるってわけ?」
「杉原君と? ご近所さんだから仲はいいし、初めてここで出来たお友達だけど、お付き合いはしていないよ。私が勝手に片思いしてるだけかもね……」
「空乃さん? それって……」
「ちょっと待って。それ以上琴葉さんに詰め寄るなら、答えを持っている僕に聞けばいい話じゃない?」
悠太君がそこに割って入ってきた。私はすぐに気づいたけれど、これまでみんなの前で伏せていた名前呼びをここで使ったんだ。それは後には引かないってことだよね。
見ていた女の子の中にはそれに気づいて口に手を当てている子もいる。
「琴葉さんが言うように、僕たちはみんなが考えているようなお付き合いはしていない。逆に、あの非常事態に誰も他に助けに来ようとした人がいなかったことの方が僕には信じられなかったけどね」
「なんで空乃さんなの? 他にもいるじゃない? みんなが納得していないのはそこなんだけど」
「他にも? なんで琴葉さんと僕が話していてはいけないのかな。この春に引っ越してきて、一人だった僕にいろいろと教えてくれたのが琴葉さんだった。始業式の日、みんな同じ学校出身のグループですぐに帰っていった。そんなところに話しかけることはできなかった。教室に残っていたのが琴葉さんだけだった。きっかけはそんな単純なことだ」
「なんで、空乃さんなんかに……」
「空乃さん『なんか』?」
悠太君の声が固くなる。これは悠太君の地雷を踏んだなと思ったよ。
「もし仮に付き合っている仲だと仮定して、どうして琴葉さんとじゃいけない?」
「ほ、他にも可愛い女子いるじゃない?」
「ふーん。じゃあ、友達を選ぶのに君は見た目で選ぶってことを言いいたいわけだね? このあとずっと長い付き合いをしていくかもしれない最初の一歩を、見た目で選ぶというわけだね? 悪いけど僕にはそういう趣味とか基準はない」
ピシャリと言いきって、悠太君はさらに続けた。
「僕も琴葉さんも、この学校には同じ中学から来た人はいない。だから家が近所ということもあって自然と助け合ってきた。そこに男女とか、好き嫌いってものはなかった。僕にとって琴葉さんは、誰も知らない僕と話してくれた『空乃琴葉さんという一人の優しくて強い女の子』だってことだ。琴葉さんからこれまで誰の悪口も聞いたことはない。どんな小さなことにも『ありがとう』と言ってくれる。そんな琴葉さんと話していくうちに、自然と仲が良くなった。それに何か異議があるなら琴葉さんでなく僕に言ってほしい」
つまり、私に詰め寄って苦情を言うような彼女たちに悠太君が振り向くことはないと断言したんだよ。
悠太君に畳み掛けられるように告げられた子たちは戦意喪失という感じで私の机から離れていった。
「遅くなってごめん。飲み物買ってきている間にこんなことになっているなんて。僕も詰めが甘かったね。ごめんね」
汗をかいている二本のペットボトルの片方を渡してくれた。
「ううん。私が言わなくちゃならないことなのに、全部言ってくれてありがとう」
* * *
この日を境にして、私も悠太君のことを学校でも名前で呼ぶことにしたよ。
悠太君が逃げないというなら、私だって同じだからね。
でもね、逆に体育祭当日の騒ぎに加えて、その後に私たちがお互いの呼び方を変えたことがあって、変に勘繰られることがなくなったのは大きな変化だったな。
私に少しでも変な手を出すと悠太君が黙っていないって話はすぐに広まったみたいで、今度は以前の私と同じように声を出せなくて小さくなっていた女の子たちから声をかけられるようになったんだよ。
みんな「あそこまで一緒にいて『付き合ってない』ってお互いに発言している方が不思議」って笑ってくれる。
こう変わったのは、私が強いからって悠太君は言ってくれるけれど、私一人だったら無理だったよ。
悠太君と一緒に一歩ずつ歩いて二人で乗り越えてきたんだ。
だからね、まだ言葉に出して言える勇気は出ない……。
けど、これからもずっと一緒にいてほしいよ。
この気持ち、いつかちゃんと言いたい……。
また明日ね。おやすみなさい。



