楽しく過ごした夏休みが終わり、九月に入ると学校で体育の授業は普段と様子が変わった。
そうだよね……。体育祭の時期だものね。
「空乃さん、元気なさそうだよ?」
「それは、言わなくても分かってるくせにぃ……」
体育の授業が終わってもう一度制服に着替えて、ふーっと大きな息をついている私に話しかけてくる悠太君。
でもね、中学までとは違って、全員が出なければならないのは徒競走と応援合戦くらいだったから、あとは気合が入っているメンバーにお任せしていいかなって思ったり。
「幸いにして僕も同じ紅組だったからね。無理しない範囲で楽しみにしていればいいんじゃないかな」
いつものように今日は私のお家で宿題をして、一息を入れたときに悠太君は笑ってくれた。
「女の子の中でも、スポーツ系の部活に入っている子たちが大張り切りだからね。ちゃんと出番を作ってあげなくちゃ」
「それより、最近色々聞かれること増えてきていないか?」
悠太君が眉をひそめて話題を変えてきたんだ。
「あ、うん。悠太君と私がお付き合いしてるかってこと?」
「そのそれ。僕は琴葉の気持ちが一番大事だと思ってるから、あくまで一人の友達だってことで通しているけどね」
本当にね……。どちらかと言えば日陰系キャラとしてのイメージがある私が、男の子とお付き合いをしているなんてことになれば、何を言われるか分からない。
「私も。席が隣だからってことで返しているよ。悠太君に迷惑はかけられないもん」
でも二人とも分かっているんだ。二人だけだと分かっているお家では、私たちはお互いに名前呼びをしている。それにあの夏休みで悠太君は、私に「続きはいつか必ず言う」と宣言してくれている。
その気持ちが一番大事だから、私から急かしたりは絶対にしたくない。もちろん誰かに漏らしたりもしない。
でもその前に一騒動が突然やってくるなんて、その時の私たちは想像もしていなかったんだよ。
* * *
体育祭で私の出場種目は全員が出なければならない応援合戦と徒競走。それと人数合わせで玉入れに決まった。
プログラムを見ても、一年生ということもあってどれも午前中に終わってしまう。暑い時間になってもテントの下で見学していればいいから私も気が楽だったよ。
一年生の応援合戦は最初にあるくらいだし、全員参加だから特別に緊張することもない。
次に出場した玉入れも団体競技だし、一応勝敗が付くけれどそれで大きく騒がれるようなものでもない。これも投げ込みが上手な子に花を持たせて、私はその子たちの邪魔をしないように少し離れた場所にいた。
あと徒競走だけ出場できれば大丈夫。
そう油断していたのがいけなかったのだと思う。
もともと速く走れるわけじゃない。スタートラインに立ったときに、ゴールまでが練習の時よりも遠くに感じてしまった。
もしかしたらたどり着けない……? そんな弱気が出てきてしまう。
「空乃さん大丈夫?」
そんな私の変化に気づいたのか、悠太君が声をかけてくれた。
「これが終われば、あとはゆっくり休めるから」
ピストルが鳴って、みんな一斉に走り出した。私も心配していたことはなくて、上手く出られたと思った……。
でも途中で目の前の色が少しずつ消えていく。
いけない。貧血だ……。
こんな時に……。あと三十メートル。お願い、もうちょっと……。
そのお願いは空しく、私はその場に膝をついて倒れ込んでしまった。
「……空乃さん、空乃さん! 大丈夫? 気が付いた。よかった」
私がその声に気づいて目を開けたまではほんの数秒のことだったみたい。
でもその状況にびっくりした。
「駄目だよ、杉原君。私のことで止まったりしちゃ」
「僕は空乃さんを見てるって言ったでしょ。立てる?」
「うん……」
立ち上がって驚いた。悠太君もまだゴールをしていない。私の急変に気が付いて立ち止まって戻ってくれたのだと分かった。
「あともうちょっと。歩いてでいいから行こう」
「うん」
今度は周囲がどよめくのが分かった。なぜって? 悠太君がゴールまで私の手を引いてくれたからだ。
突然のアクシデントに動けないでいた周りも、私たちがゴールラインを超えたことで何もなかったように競技が再開された。
「よく頑張ったね。もう今日の出番は全部終わったんだし」
私をテントの日陰に座らせて、縛っていたハチマキを取ってくれる。
「冷や汗をかいてる。あとは他に任せて保健室で休ませてもらおう」
途中で崩れないようにと、きつめに編み込みをしていた髪もほどいてうちわで風を当ててくれた。
もちろん事情を見ていた養護の先生はすぐに保健室に通してくれて、転んだ時の膝の小さな擦り傷を処置してくれた。幸いジャージに穴が空いたりはしていない。さすがに一年生で買い直しは申し訳ないと思っていたけれど、その心配もない。
「お昼の時間は教室に戻るのよね? 空乃さんはもう出場種目がないって聞いたから、保健室か教室かどちらかにいてくれればいいわ。担任の先生には言っておくから」
養護の先生がそう言って出ていくと、保健室は私ひとりになった。
悠太君もクラスのテントに戻っている。
覚えているだけのプログラムを思い出してみると、この後には騎馬戦とか台風の目のような種目が続いている。
中学の時、私は保健委員だったから、体育祭でこういう種目が終わった後の騒ぎは経験している。
ここは教室に戻っていたほうが邪魔にならなくていいかも……。
座っていた長椅子の上の土ぼこりをきれいに掃除して、教室で見学していることをメモに残して、私は階段をゆっくり上っていった。
そうだよね……。体育祭の時期だものね。
「空乃さん、元気なさそうだよ?」
「それは、言わなくても分かってるくせにぃ……」
体育の授業が終わってもう一度制服に着替えて、ふーっと大きな息をついている私に話しかけてくる悠太君。
でもね、中学までとは違って、全員が出なければならないのは徒競走と応援合戦くらいだったから、あとは気合が入っているメンバーにお任せしていいかなって思ったり。
「幸いにして僕も同じ紅組だったからね。無理しない範囲で楽しみにしていればいいんじゃないかな」
いつものように今日は私のお家で宿題をして、一息を入れたときに悠太君は笑ってくれた。
「女の子の中でも、スポーツ系の部活に入っている子たちが大張り切りだからね。ちゃんと出番を作ってあげなくちゃ」
「それより、最近色々聞かれること増えてきていないか?」
悠太君が眉をひそめて話題を変えてきたんだ。
「あ、うん。悠太君と私がお付き合いしてるかってこと?」
「そのそれ。僕は琴葉の気持ちが一番大事だと思ってるから、あくまで一人の友達だってことで通しているけどね」
本当にね……。どちらかと言えば日陰系キャラとしてのイメージがある私が、男の子とお付き合いをしているなんてことになれば、何を言われるか分からない。
「私も。席が隣だからってことで返しているよ。悠太君に迷惑はかけられないもん」
でも二人とも分かっているんだ。二人だけだと分かっているお家では、私たちはお互いに名前呼びをしている。それにあの夏休みで悠太君は、私に「続きはいつか必ず言う」と宣言してくれている。
その気持ちが一番大事だから、私から急かしたりは絶対にしたくない。もちろん誰かに漏らしたりもしない。
でもその前に一騒動が突然やってくるなんて、その時の私たちは想像もしていなかったんだよ。
* * *
体育祭で私の出場種目は全員が出なければならない応援合戦と徒競走。それと人数合わせで玉入れに決まった。
プログラムを見ても、一年生ということもあってどれも午前中に終わってしまう。暑い時間になってもテントの下で見学していればいいから私も気が楽だったよ。
一年生の応援合戦は最初にあるくらいだし、全員参加だから特別に緊張することもない。
次に出場した玉入れも団体競技だし、一応勝敗が付くけれどそれで大きく騒がれるようなものでもない。これも投げ込みが上手な子に花を持たせて、私はその子たちの邪魔をしないように少し離れた場所にいた。
あと徒競走だけ出場できれば大丈夫。
そう油断していたのがいけなかったのだと思う。
もともと速く走れるわけじゃない。スタートラインに立ったときに、ゴールまでが練習の時よりも遠くに感じてしまった。
もしかしたらたどり着けない……? そんな弱気が出てきてしまう。
「空乃さん大丈夫?」
そんな私の変化に気づいたのか、悠太君が声をかけてくれた。
「これが終われば、あとはゆっくり休めるから」
ピストルが鳴って、みんな一斉に走り出した。私も心配していたことはなくて、上手く出られたと思った……。
でも途中で目の前の色が少しずつ消えていく。
いけない。貧血だ……。
こんな時に……。あと三十メートル。お願い、もうちょっと……。
そのお願いは空しく、私はその場に膝をついて倒れ込んでしまった。
「……空乃さん、空乃さん! 大丈夫? 気が付いた。よかった」
私がその声に気づいて目を開けたまではほんの数秒のことだったみたい。
でもその状況にびっくりした。
「駄目だよ、杉原君。私のことで止まったりしちゃ」
「僕は空乃さんを見てるって言ったでしょ。立てる?」
「うん……」
立ち上がって驚いた。悠太君もまだゴールをしていない。私の急変に気が付いて立ち止まって戻ってくれたのだと分かった。
「あともうちょっと。歩いてでいいから行こう」
「うん」
今度は周囲がどよめくのが分かった。なぜって? 悠太君がゴールまで私の手を引いてくれたからだ。
突然のアクシデントに動けないでいた周りも、私たちがゴールラインを超えたことで何もなかったように競技が再開された。
「よく頑張ったね。もう今日の出番は全部終わったんだし」
私をテントの日陰に座らせて、縛っていたハチマキを取ってくれる。
「冷や汗をかいてる。あとは他に任せて保健室で休ませてもらおう」
途中で崩れないようにと、きつめに編み込みをしていた髪もほどいてうちわで風を当ててくれた。
もちろん事情を見ていた養護の先生はすぐに保健室に通してくれて、転んだ時の膝の小さな擦り傷を処置してくれた。幸いジャージに穴が空いたりはしていない。さすがに一年生で買い直しは申し訳ないと思っていたけれど、その心配もない。
「お昼の時間は教室に戻るのよね? 空乃さんはもう出場種目がないって聞いたから、保健室か教室かどちらかにいてくれればいいわ。担任の先生には言っておくから」
養護の先生がそう言って出ていくと、保健室は私ひとりになった。
悠太君もクラスのテントに戻っている。
覚えているだけのプログラムを思い出してみると、この後には騎馬戦とか台風の目のような種目が続いている。
中学の時、私は保健委員だったから、体育祭でこういう種目が終わった後の騒ぎは経験している。
ここは教室に戻っていたほうが邪魔にならなくていいかも……。
座っていた長椅子の上の土ぼこりをきれいに掃除して、教室で見学していることをメモに残して、私は階段をゆっくり上っていった。



