昼に通った道ではあるけれど、今度は明るさがないから転んだりしないようにゆっくりと坂を降りていく。
昼間は海鮮料理のお昼のメニューを並べていたお店も。この時間では居酒屋さんになっているから、高校生の私たちには無縁。
「でもすげぇよなぁ。琴葉さんの顔を見て地元の人みんな知ってるんだもんなぁ」
悠太君が驚いていたよね。みんな「空乃さんちのお孫さん」だって声もかけられていたから。
「それだけ療養に来ていた時間が長いってことだよ。いろいろお世話にもなった……。だからちゃんとお礼はしなくちゃって思っているんだよ」
学校をお休みしてしまったとき、私は何度もお爺ちゃんの家を訪ねては静養を繰り返していた。リハビリと称して何度もこの道を歩いた。だから今みたいに暗くても道に迷うこともない。
昼間に写真を撮った神社の前を通り過ぎて、道なりにもう少し歩いていくと、海岸へと降りていく階段が見えてくる。
私は悠太君を招きながら、迷うこともなくその階段を降りていく。それを降り切ると、目の前に昼がるのは穏やかな波が打ち付けてくる砂浜だけ。
「ここが私のナイショの場所だよ。お天気が良くてよかった」
「すげぇな……」
目の前の海は昼間とは違って黒い色をしているけれど、沖の方には漁船の漁火がちらほら見えていて、その上は満天の星だから真っ暗じゃない。
言葉にある「星明かり」というのはこういうものを言うんだと、お爺ちゃんは初めて連れてきてくれた時に教えてくれた。昼間のような水平線ではなく、どこまでが海でどこからが空なのか分からないような幻想的な景色が広がっている。
「……、今回は無理して計画しちゃってごめんなさい」
「えっ? そんなことないよ」
「普段、学校の中では私たちがこういう会話をしているって言っていないでしょ? 窮屈な思いをさせちゃっているなって思って……。ここなら学校で知っている人は来ることがないと思って……」
「琴葉さん、ありがと」
「えっ?」
「そこまで考えていてくれたなんて。僕は琴葉さんと泊りがけで一緒にいられるって思っただけで大感激だったんだ。それを企画してくれた琴葉さんは強いなって」
「強いだなんて……。偶然だっただけだよ。私もね、地元じゃいろんな人の目があってこんな顔することできなかったなって思ってた」
悠太君は、いつも私に「自然に笑った顔が可愛い」とあの遠足で遊覧船に乗ってからずっと言ってくれている。
「私、こんな写真を撮ったの初めてなんだよ? いつも一人か誰かがいてもぎこちなくしか笑えなくて……」
お昼過ぎに鳥居を背景に次に並んでいたお客さんに取ってもらった写真をスマホに表示させる。そこに写っている私の顔はきっとクラスの誰も見たことがない。間違いなく私にとって奇跡の記念写真だ。
「琴葉……」
「えっ……?」
いま、呼び捨てで名前を呼ばれた? 悠太君の顔がスマホの画面の光の中でも赤くなって慌てているのが分かる
「ご、ごめん。つい口走っちゃって……」
「いいよ? びっくりしたけど、とっても嬉しい」
「えっ? 嫌じゃないの?」
「ううん。これまでの呼び捨てって、無理やり『友達』って言いたい人とか、何か下心があるって見えてた。悠太君の今のはそうじゃなかった。私のことをそう呼びたいって思って自然に出てきたものだもん。そういうの夢だったよ」
私は悠太君の右手をそっととって、自分の左胸に当てた。
「胸、小っちゃくてごめんなさい。でも、その分ドキドキしているのは伝わるかな? 私もね、お父さんから『身内の宿なんだし、二人で泊まってくればいいじゃないか』って言われたときにはびっくりした。行けることが決まってずっと楽しみだったよ。大切な人と一緒にいるって、こんなに幸せなんだって」
悠太君は私の話をじっと聞いてくれている。
「私にここまで近づいてくれたのは、間違いなく悠太君が初めて。それがね、全然嫌じゃなかった。ううん、もっと近づいてほしいと思ってる。こんな気持ち初めてで。でも、どう伝えようって昼間からずっと考えていたの。だから私の事を呼び捨てにしてくれた今しかないって……。ね? 心臓がドキドキしているの分かるでしょ?」
悠太君が私をギュッと抱きしめてくれる。
「僕も自分の我が儘だって分かってる。でも本当の琴葉の姿を他の奴に知られるのは嫌だって思ってた。今は突然だから、その先はちゃんと言えるタイミングとシーンを考えて必ず言う。今はたとえボディガードだとしてもしい。琴葉のそばにいたいって思ってる」
「頼もしいなぁ……。しあわせ……。いつもありがとう。毎晩、お部屋で寝る前にそう思いながらおやすみなさいを送っていたんだよ。とうとう言っちゃったね」
「琴葉、可愛い。こんな女の子他に探そうとしたって絶対に見つからない。見付けようとも思わないけど」
肩を抱いて私を包み込んでくれた。もちろんこれだって初めて。全然怖くなかった。もっとこのままでいたいと思った。でも遅くなるとお爺ちゃんたちが心配するから戻ろうって。海はお部屋を暗くして見たいって。
一緒の帰り道。今度は手を繋いで。もう一度お風呂で温まって、お部屋の窓を開けて星空と海をいつまでも一緒に見ていた。
「悠太君、いつもこんな私のこと、ありがとうね」
高校生で男女の二人だというのに、お婆ちゃんもお布団を並べて敷いてくれた。
「僕は大したことはしていないよ。本当の琴葉が戻った。みんなそれに喜んでいるんだよ」
お布団からお互いの手を出して握りながら「おやすみなさい」を言える日がこんなに早く来るなんてね……。
実はこのお話には続きがあったの。
どうせ私は地元に戻っても宿題以外にやることもない。お爺ちゃんもお婆ちゃんも悠太君のことをすっかり気に入って、翌朝「お盆の繁忙期に二人で手伝いに来てくれないか?」って話が持ち上がっていたの。
双方の両親にその報告をして、次に来るまでに夏休みの宿題を終わらせるって条件を付けて、泊まり込みでお手伝いをすることになったんだよ。
そこで最初の旅行から戻ってからは、二人で朝から晩まで一生懸命に宿題を毎日頑張ってね。八月のお盆時期、私たちがお客様をお迎えする側として再び訪れることになった。
今度はお仕事だから、私は商店街のお店にお買い物やお台所仕事のお手伝いをしたり、悠太君もお爺ちゃんの代わりに力仕事を手伝っていた。
アルバイトと言うより、私たち二人も一緒になってお客様に何ができるかって考えていたね。大満足で「次にもまた来る!」と約束されたお客様がお帰りになって、「頑張ったご褒美だ」と孫とその友達へのお手伝い賃ということでおこずかいも頂いて。
だから出発する前の日には、二人で行くと約束していた水族館にも行ってきたんだよ。
こんなに楽しい夏休みがあったなんて、私はこれまで知らなかったんだ。
昼間は海鮮料理のお昼のメニューを並べていたお店も。この時間では居酒屋さんになっているから、高校生の私たちには無縁。
「でもすげぇよなぁ。琴葉さんの顔を見て地元の人みんな知ってるんだもんなぁ」
悠太君が驚いていたよね。みんな「空乃さんちのお孫さん」だって声もかけられていたから。
「それだけ療養に来ていた時間が長いってことだよ。いろいろお世話にもなった……。だからちゃんとお礼はしなくちゃって思っているんだよ」
学校をお休みしてしまったとき、私は何度もお爺ちゃんの家を訪ねては静養を繰り返していた。リハビリと称して何度もこの道を歩いた。だから今みたいに暗くても道に迷うこともない。
昼間に写真を撮った神社の前を通り過ぎて、道なりにもう少し歩いていくと、海岸へと降りていく階段が見えてくる。
私は悠太君を招きながら、迷うこともなくその階段を降りていく。それを降り切ると、目の前に昼がるのは穏やかな波が打ち付けてくる砂浜だけ。
「ここが私のナイショの場所だよ。お天気が良くてよかった」
「すげぇな……」
目の前の海は昼間とは違って黒い色をしているけれど、沖の方には漁船の漁火がちらほら見えていて、その上は満天の星だから真っ暗じゃない。
言葉にある「星明かり」というのはこういうものを言うんだと、お爺ちゃんは初めて連れてきてくれた時に教えてくれた。昼間のような水平線ではなく、どこまでが海でどこからが空なのか分からないような幻想的な景色が広がっている。
「……、今回は無理して計画しちゃってごめんなさい」
「えっ? そんなことないよ」
「普段、学校の中では私たちがこういう会話をしているって言っていないでしょ? 窮屈な思いをさせちゃっているなって思って……。ここなら学校で知っている人は来ることがないと思って……」
「琴葉さん、ありがと」
「えっ?」
「そこまで考えていてくれたなんて。僕は琴葉さんと泊りがけで一緒にいられるって思っただけで大感激だったんだ。それを企画してくれた琴葉さんは強いなって」
「強いだなんて……。偶然だっただけだよ。私もね、地元じゃいろんな人の目があってこんな顔することできなかったなって思ってた」
悠太君は、いつも私に「自然に笑った顔が可愛い」とあの遠足で遊覧船に乗ってからずっと言ってくれている。
「私、こんな写真を撮ったの初めてなんだよ? いつも一人か誰かがいてもぎこちなくしか笑えなくて……」
お昼過ぎに鳥居を背景に次に並んでいたお客さんに取ってもらった写真をスマホに表示させる。そこに写っている私の顔はきっとクラスの誰も見たことがない。間違いなく私にとって奇跡の記念写真だ。
「琴葉……」
「えっ……?」
いま、呼び捨てで名前を呼ばれた? 悠太君の顔がスマホの画面の光の中でも赤くなって慌てているのが分かる
「ご、ごめん。つい口走っちゃって……」
「いいよ? びっくりしたけど、とっても嬉しい」
「えっ? 嫌じゃないの?」
「ううん。これまでの呼び捨てって、無理やり『友達』って言いたい人とか、何か下心があるって見えてた。悠太君の今のはそうじゃなかった。私のことをそう呼びたいって思って自然に出てきたものだもん。そういうの夢だったよ」
私は悠太君の右手をそっととって、自分の左胸に当てた。
「胸、小っちゃくてごめんなさい。でも、その分ドキドキしているのは伝わるかな? 私もね、お父さんから『身内の宿なんだし、二人で泊まってくればいいじゃないか』って言われたときにはびっくりした。行けることが決まってずっと楽しみだったよ。大切な人と一緒にいるって、こんなに幸せなんだって」
悠太君は私の話をじっと聞いてくれている。
「私にここまで近づいてくれたのは、間違いなく悠太君が初めて。それがね、全然嫌じゃなかった。ううん、もっと近づいてほしいと思ってる。こんな気持ち初めてで。でも、どう伝えようって昼間からずっと考えていたの。だから私の事を呼び捨てにしてくれた今しかないって……。ね? 心臓がドキドキしているの分かるでしょ?」
悠太君が私をギュッと抱きしめてくれる。
「僕も自分の我が儘だって分かってる。でも本当の琴葉の姿を他の奴に知られるのは嫌だって思ってた。今は突然だから、その先はちゃんと言えるタイミングとシーンを考えて必ず言う。今はたとえボディガードだとしてもしい。琴葉のそばにいたいって思ってる」
「頼もしいなぁ……。しあわせ……。いつもありがとう。毎晩、お部屋で寝る前にそう思いながらおやすみなさいを送っていたんだよ。とうとう言っちゃったね」
「琴葉、可愛い。こんな女の子他に探そうとしたって絶対に見つからない。見付けようとも思わないけど」
肩を抱いて私を包み込んでくれた。もちろんこれだって初めて。全然怖くなかった。もっとこのままでいたいと思った。でも遅くなるとお爺ちゃんたちが心配するから戻ろうって。海はお部屋を暗くして見たいって。
一緒の帰り道。今度は手を繋いで。もう一度お風呂で温まって、お部屋の窓を開けて星空と海をいつまでも一緒に見ていた。
「悠太君、いつもこんな私のこと、ありがとうね」
高校生で男女の二人だというのに、お婆ちゃんもお布団を並べて敷いてくれた。
「僕は大したことはしていないよ。本当の琴葉が戻った。みんなそれに喜んでいるんだよ」
お布団からお互いの手を出して握りながら「おやすみなさい」を言える日がこんなに早く来るなんてね……。
実はこのお話には続きがあったの。
どうせ私は地元に戻っても宿題以外にやることもない。お爺ちゃんもお婆ちゃんも悠太君のことをすっかり気に入って、翌朝「お盆の繁忙期に二人で手伝いに来てくれないか?」って話が持ち上がっていたの。
双方の両親にその報告をして、次に来るまでに夏休みの宿題を終わらせるって条件を付けて、泊まり込みでお手伝いをすることになったんだよ。
そこで最初の旅行から戻ってからは、二人で朝から晩まで一生懸命に宿題を毎日頑張ってね。八月のお盆時期、私たちがお客様をお迎えする側として再び訪れることになった。
今度はお仕事だから、私は商店街のお店にお買い物やお台所仕事のお手伝いをしたり、悠太君もお爺ちゃんの代わりに力仕事を手伝っていた。
アルバイトと言うより、私たち二人も一緒になってお客様に何ができるかって考えていたね。大満足で「次にもまた来る!」と約束されたお客様がお帰りになって、「頑張ったご褒美だ」と孫とその友達へのお手伝い賃ということでおこずかいも頂いて。
だから出発する前の日には、二人で行くと約束していた水族館にも行ってきたんだよ。
こんなに楽しい夏休みがあったなんて、私はこれまで知らなかったんだ。



