いろいろあった一学期が終わって、高校最初の夏休みが始まった。
私は悠太君と一緒に、二人だけで上野駅から朝早くの常磐線の快速電車に乗っていた。
「琴葉さん、こんなお招き受けちゃって本当にいいの?」
「うん。うちのお父さんもお母さんも是非って。それに知らないところに行くわけじゃないから。ここから先は私に任せて?」
「今日の琴葉さん、いつもより全然元気そうだね」
「そ、そうかな……?」
今日から一泊二日、私のお爺ちゃん夫婦が営んでいる民宿でお世話になることになっているんだ。
中学時代までのことを考えて、高校に入ってどうなるかと心配していたお父さんとお母さんからしたら、本当に信じられない日々の連続だったって。
初日から悠太君とお友達になって帰ってきたと思ったら、今では当たり前になっている宿題やテスト勉強を一緒にやるようになって。
そこに先日の遠足での一件が加わった。
足を挫いた私のことを無理させないと、すぐに適切な処置をしてくれて、途中まで背負ってくれた。
先生と合流してからは、先生が代わってくれて、悠太君は私の荷物を持つだけになってしまったけど、私の本音は……、「このままがいい」って思っていた。
いつもお家で悠太君のことを話しているとき、今まで見たことがないくらい嬉しそうに話しているとお母さんがよく言っていたっけ。
もちろん、週末に私のお家で宿題を済ませたりするのをお父さんも見ているから、私の両親は悠太君に対してはノーガードなんだよ。
それどころか、なにかお礼がしたいとずっと思っていたって。
期末試験が終わったとき、私のお父さんから、悠太君とご両親に今日のお誘いをしたというわけ。
お爺ちゃんも「琴葉を元気にしてくれた友だちなら男女関係なく大歓迎」と、一緒に行くのが男の子だと念を押しても構わずお部屋を用意すると即答だったんだって。
悠太君のご両親も、私と二人だけならトラブルは起きないだろうとその話に乗ってくれて、年頃の高校生の男女と言う組み合わせにもかかわらず送り出してくれた。
電車は都市部を抜けていき、郊外の駅に停まりながら進んでいく。
最初は十五両あった列車も、茨城県に入った途中の土浦駅で十両を切り離して身軽な五両編成に。県庁所在地のある水戸駅で降りて、今度は一両だけの小さな列車に乗り換えて十五分くらいで目的の大洗駅に着いた。
駅前にはワンボックスの車で迎えに来てくれていたお爺ちゃんの姿が見えた。
「ただいまぁ!」
「本当に、あの琴葉が見違えるように変わったなぁ。ここまでこの子を変えてくれたのが君だってね。本当にお礼を言わせてもらいますよ」
私の顔を見ただけで変わったのが分かるというのだから、以前の私はどんな顔をしていたのだろう。
「い、いえそんなに頭を下げないでください。お世話になるのは僕たちの方ですから」
悠太君が焦っているのが面白い。でも私の家族を含めた親戚一同、同じ気持ちでいっぱいなんだ。
駅前を離れた車は海側へと進むのだけど、結構大きなアップダウンがある。だからいつもお客様が来るときは列車が着く時間に合わせて駅まで送迎を行うのが普通になっているんだって。
「バスも走ってはいるんだけど本数が少ないからね。こっちも遅いと思いながら気をやきもきさせるよりは自分で迎えに行った方が気が楽なんですよ」
車を走らせながら、お爺ちゃんはいろいろと話してくれた。団体を泊められるくらいの大きなホテルが多くないから、うちみたいな民宿がそれぞれ個性を出せてやっているとか。そもそも平らな場所が少ないから大きな建物が作りにくいとか。
「まぁ、うちも母さんと二人でやってるだけだからな。いつまで続けられるかはわからん。ただ琴葉が元気になれるまではと思ってきた。今日の琴葉の顔を見て少しその肩の荷が下りた」
お昼は簡単にと、お婆ちゃんが作ってくれた唐揚げをおかずにご飯になったんだけど、悠太君がご飯のおかわりをお願いしたときに、「食べすぎだよぉ」と思わずツッコミを入れた私。お爺ちゃんもお婆ちゃんもそっちの方に驚いたって……。
部屋の窓から見える海に行ってみたいと悠太君がリクエストしてきたので、私も再び帽子をかぶって日焼けしすぎないように長袖のパーカーを重ねて二人で表に出た。
「この景色、見ていて飽きないなぁ」
私たちが普段住んでいる都内で海を見ようと思っても東京湾の臨海地区。人が多くて波の音がBGMのように聞こえてくる場所はないし、対岸の千葉側が見えることもある。この浜辺から先は広い太平洋が広がっているだけ。見えるのは文字通りの水平線だ。
「ここはね、夜の海も私大好きなんだ」
「じゃぁ、夜また来ようよ」
天気が良くて波が静かで安全だったらねと約束をして、お土産屋さんを見て回ろうと話したとき、ふと上磯の鳥居に目が行った。
「ねぇ、あそこで一緒に写真を撮らない?」
海の岩の上に鳥居がある全国でも数少ない名所でもある。
「すごい場所を知ってるんだね」
並んでいた他の人たちと交代で写真を撮って、それを悠太君のスマホに転送した。
お土産屋さんでは、学校の遠足でお守りを買ってもらったことを引き合いに出して、今回は私が色違いのお揃いでキーホルダーを買った。
「今回は時間がないけど、もう少し北に行くと大きな水族館があってね、小さい頃から何度も連れて行ってもらったんだよ。一日いても飽きなかった」
「じゃあ、今度はそっちを目的地に来ようよ。また二人で一緒に!」
「うん。約束しよ?」
時計を見たら、もうすぐお風呂とお夕飯の時間だったから、一緒に並んで宿までの道を歩く。
お夕飯は客室でもよかったんだけど、私の親戚の家であることもあってみんなで食べようと悠太君は言ってくれた。
孫娘が来るとお願いしてあったみたいで、美味しいお魚料理がいっぱい並んだメニューはお爺ちゃんたちから悠太君への感謝を形にしたものだと言っていた。
「琴葉は友達を作るのが苦手でね。仕方のないところもあったんだけど、まさか高校一年の一学期でここまで大きく変われるとは思っていなかった。話は聞いていたけれど、孫のことをこれからもよろしく頼みます」
「お爺ちゃん、それってもう結婚のご挨拶だよ?」
「何言ってんだ琴葉。自分で気づいてないのか? 彼にはちゃんと感謝していかなきゃダメだぞ?」
笑い声も混じる和やかな時間の間に夕日も落ちて、私たちはもう一度、今度は夜の海岸を散歩するために再び玄関を出ることにしたんだ。
私は悠太君と一緒に、二人だけで上野駅から朝早くの常磐線の快速電車に乗っていた。
「琴葉さん、こんなお招き受けちゃって本当にいいの?」
「うん。うちのお父さんもお母さんも是非って。それに知らないところに行くわけじゃないから。ここから先は私に任せて?」
「今日の琴葉さん、いつもより全然元気そうだね」
「そ、そうかな……?」
今日から一泊二日、私のお爺ちゃん夫婦が営んでいる民宿でお世話になることになっているんだ。
中学時代までのことを考えて、高校に入ってどうなるかと心配していたお父さんとお母さんからしたら、本当に信じられない日々の連続だったって。
初日から悠太君とお友達になって帰ってきたと思ったら、今では当たり前になっている宿題やテスト勉強を一緒にやるようになって。
そこに先日の遠足での一件が加わった。
足を挫いた私のことを無理させないと、すぐに適切な処置をしてくれて、途中まで背負ってくれた。
先生と合流してからは、先生が代わってくれて、悠太君は私の荷物を持つだけになってしまったけど、私の本音は……、「このままがいい」って思っていた。
いつもお家で悠太君のことを話しているとき、今まで見たことがないくらい嬉しそうに話しているとお母さんがよく言っていたっけ。
もちろん、週末に私のお家で宿題を済ませたりするのをお父さんも見ているから、私の両親は悠太君に対してはノーガードなんだよ。
それどころか、なにかお礼がしたいとずっと思っていたって。
期末試験が終わったとき、私のお父さんから、悠太君とご両親に今日のお誘いをしたというわけ。
お爺ちゃんも「琴葉を元気にしてくれた友だちなら男女関係なく大歓迎」と、一緒に行くのが男の子だと念を押しても構わずお部屋を用意すると即答だったんだって。
悠太君のご両親も、私と二人だけならトラブルは起きないだろうとその話に乗ってくれて、年頃の高校生の男女と言う組み合わせにもかかわらず送り出してくれた。
電車は都市部を抜けていき、郊外の駅に停まりながら進んでいく。
最初は十五両あった列車も、茨城県に入った途中の土浦駅で十両を切り離して身軽な五両編成に。県庁所在地のある水戸駅で降りて、今度は一両だけの小さな列車に乗り換えて十五分くらいで目的の大洗駅に着いた。
駅前にはワンボックスの車で迎えに来てくれていたお爺ちゃんの姿が見えた。
「ただいまぁ!」
「本当に、あの琴葉が見違えるように変わったなぁ。ここまでこの子を変えてくれたのが君だってね。本当にお礼を言わせてもらいますよ」
私の顔を見ただけで変わったのが分かるというのだから、以前の私はどんな顔をしていたのだろう。
「い、いえそんなに頭を下げないでください。お世話になるのは僕たちの方ですから」
悠太君が焦っているのが面白い。でも私の家族を含めた親戚一同、同じ気持ちでいっぱいなんだ。
駅前を離れた車は海側へと進むのだけど、結構大きなアップダウンがある。だからいつもお客様が来るときは列車が着く時間に合わせて駅まで送迎を行うのが普通になっているんだって。
「バスも走ってはいるんだけど本数が少ないからね。こっちも遅いと思いながら気をやきもきさせるよりは自分で迎えに行った方が気が楽なんですよ」
車を走らせながら、お爺ちゃんはいろいろと話してくれた。団体を泊められるくらいの大きなホテルが多くないから、うちみたいな民宿がそれぞれ個性を出せてやっているとか。そもそも平らな場所が少ないから大きな建物が作りにくいとか。
「まぁ、うちも母さんと二人でやってるだけだからな。いつまで続けられるかはわからん。ただ琴葉が元気になれるまではと思ってきた。今日の琴葉の顔を見て少しその肩の荷が下りた」
お昼は簡単にと、お婆ちゃんが作ってくれた唐揚げをおかずにご飯になったんだけど、悠太君がご飯のおかわりをお願いしたときに、「食べすぎだよぉ」と思わずツッコミを入れた私。お爺ちゃんもお婆ちゃんもそっちの方に驚いたって……。
部屋の窓から見える海に行ってみたいと悠太君がリクエストしてきたので、私も再び帽子をかぶって日焼けしすぎないように長袖のパーカーを重ねて二人で表に出た。
「この景色、見ていて飽きないなぁ」
私たちが普段住んでいる都内で海を見ようと思っても東京湾の臨海地区。人が多くて波の音がBGMのように聞こえてくる場所はないし、対岸の千葉側が見えることもある。この浜辺から先は広い太平洋が広がっているだけ。見えるのは文字通りの水平線だ。
「ここはね、夜の海も私大好きなんだ」
「じゃぁ、夜また来ようよ」
天気が良くて波が静かで安全だったらねと約束をして、お土産屋さんを見て回ろうと話したとき、ふと上磯の鳥居に目が行った。
「ねぇ、あそこで一緒に写真を撮らない?」
海の岩の上に鳥居がある全国でも数少ない名所でもある。
「すごい場所を知ってるんだね」
並んでいた他の人たちと交代で写真を撮って、それを悠太君のスマホに転送した。
お土産屋さんでは、学校の遠足でお守りを買ってもらったことを引き合いに出して、今回は私が色違いのお揃いでキーホルダーを買った。
「今回は時間がないけど、もう少し北に行くと大きな水族館があってね、小さい頃から何度も連れて行ってもらったんだよ。一日いても飽きなかった」
「じゃあ、今度はそっちを目的地に来ようよ。また二人で一緒に!」
「うん。約束しよ?」
時計を見たら、もうすぐお風呂とお夕飯の時間だったから、一緒に並んで宿までの道を歩く。
お夕飯は客室でもよかったんだけど、私の親戚の家であることもあってみんなで食べようと悠太君は言ってくれた。
孫娘が来るとお願いしてあったみたいで、美味しいお魚料理がいっぱい並んだメニューはお爺ちゃんたちから悠太君への感謝を形にしたものだと言っていた。
「琴葉は友達を作るのが苦手でね。仕方のないところもあったんだけど、まさか高校一年の一学期でここまで大きく変われるとは思っていなかった。話は聞いていたけれど、孫のことをこれからもよろしく頼みます」
「お爺ちゃん、それってもう結婚のご挨拶だよ?」
「何言ってんだ琴葉。自分で気づいてないのか? 彼にはちゃんと感謝していかなきゃダメだぞ?」
笑い声も混じる和やかな時間の間に夕日も落ちて、私たちはもう一度、今度は夜の海岸を散歩するために再び玄関を出ることにしたんだ。



