「終わったぁ……」
「空乃さんは人一倍頑張ったもんね」
「だって、中学の分が大きかったもん」
いつもと同じ帰り道、私のため息は他のクラスメイトに比べても実感がこもったものになっていたはず。それを悠太君は笑うこともなく優しく肩を叩いてくれた。
でも、それは仕方のない話だったんだよ。
* * *
五月中旬から、高校生になって初めての中間テストが行われる。
先生の話では、高校の授業の内容があまり進んでいないことから、高校の教科書の内容は多くはなく、中学生時代の内容が多めの習得具合の確認という意味合いが強いという話だけは聞いていた。
でもね……。
私は中学生時代も、心身ともに疲れがたまりやすくて、体調を崩しては学校を欠席した日数も多かった。自宅に届けてもらったプリントなどは提出して最低限の勉強は続けていたけれど、課目によっての得意不得意の差が大きい。
結果的に総合得点で並べられてしまうとね……。人に言えるようなものではなかったよ。
そんなことを話した時だったかな。
「それなら、宿題とか中学の復習も一緒にやろうよ。僕も一人でやるよりはかどるからさ」
悠太君が提案してくれた。ゴールデンウイークも家族でのイベントは予定なかったし、一番大きかったのは同じマンションに住んでいるということで、時間さえ合えば場所を調整する必要がなかったから。
「で、でもそれって足手まといになっちゃわない……?」
あの高校初日から数日後、私は両親と一緒に悠太君のお家にご挨拶に伺っていた。
彼も私と同じで一人っ子。
お父さんのお仕事の関係で引っ越してきたって聞いた話まではよかったのだけど、私との出会いについてはお家では話していなかったみたい。
「こんな可愛いお嬢さんが同じマンションにいて、同じクラスにいるなんて。なんでもっと早く話さないのよ! こちらこそ琴葉さん、この子のことはどうにでも使ってやって構わないですからね」
悠太君はこれまでに何度か引っ越しを経験しているのだそう。だから、これまではあまり深いお付き合いを避けてきたんだって。そんなお互い訳ありの私たちが、新しい学校の初日で私とそんな会話をしてきたなんて、私のお母さん以上にびっくりしたことだったみたいなんだ。
だからね、平日だけじゃなく普段の土日もゴールデンウィークも都合のいい方のお家で勉強をしていいってことになって、私は悠介くんに中学の復習から教えてもらった。
「すごいね、教え方上手だよ」
「空乃さんがちゃんと自分でもやっていたってことだよ。それを思い出せれば大丈夫」
「あら、悠太君はまだ空乃さん呼びなの? 琴葉、ダメじゃない、琴葉は名前で呼んでるのに? ちゃんと対等でいなくっちゃ」
「えっ?」「あっ?」
お母さんに言われて二人で顔を見合わせて笑う。
「いいよ。学校じゃお互いに名字呼びだもんね」
「そうだね……。『琴葉さん』から始めていい?」
「好きなように呼んでいいよ。私は平気」
その日の勉強時間が終わって、明日は悠太君のお家にお邪魔する約束をした。
「この琴葉がこんなふうに変わるなんてね。悠太君、もっとこの子を表に連れ出してくれる? やっぱり同い年ってのは凄いのねえ」
そんなゴールデンウイークが終わって、テスト本番を迎えてびっくりしたよ。
悠太君が教えてくれたところがたくさん出てきて……。全部は解けなかったのは仕方ないと思っていたけれど、直前で教わったことが出てきて、「もしかして問題を知っていた?」と思うほどの的中率だった。
それをいつもの帰り道に聞いてみたら、悠太君のお母さんは以前は学校の先生だったんだって。だから、テストに出そうなところは想像ができるらしいと。
だから、悠太君は塾には行ってない。私のことも心配してくれているそうで、これからも来ていいって言ってくれているんだって。
同じマンションの中にそんな味方がいてくれるなんて考えたこともなかった。
そして、結果が発表されて、私は自分の答案用紙に書かれていた点数を信じられない思いで見つめていた。
「空乃さん、頑張ったじゃん」
「は、はい。自分でもびっくりです」
私たちの学校では学年順位のようなものが貼り出されることはない。その代わりに、各教科の点数や順位といったものが書かれている紙が個人に渡される。
中間テストは主要科目の筆記試験だけだったけれど、それでも私がこれまで見てきた数字とは明らかに違った。
「悠太君、甘いものって平気?」
彼に許可を取って、学校帰りに商店街に寄ってケーキ屋さんに寄ってから私のお家に招いた。
お母さんに話して、この結果が悠太君たちのおかげだと説明する。
「これからも琴葉には遠慮なくやって構わないからね」
お皿に乗せてもらって二人で食べたケーキはなんだかこれまでとは違った味がした。
これまでの定期テストは、クラスの喧騒とは別に、私の中には「どうせ……」なんて感情がいつもあった。
それが今回は違った。一緒に隣を歩いてくれる人がいる。それだけでも嬉しかった。何よりも心強かった。
こんなに安心を与えてくれる悠太君に、いつかちゃんと恩返しがしたい。
私にできることってなんだろう……。
今日も玄関で見送ったときに、「また明日な」って手を振ってくれたっけ。
こんな気持ちにしてくれた同級生はこれまでいなかった。
うん、明日も私学校に行きたいって思うよ。
だから、今日もね……。
また明日ね。おやすみなさい。



