マンションの隣には少し大きめの児童公園があるんだけど、そのお隣の保育園の園庭は大きくないから、園児たちが公園で遊んでいるのを中学時代の私はベランダからよく見ていたっけ。

 今日みたいな日のこんな時間に公園に来る人なんかいないからここを選んだよ。

 悠太君と私はベンチに座って、二人とも視線はさっき出てきた部屋の明かりを見てフーッと大きくため息をついた。そのタイミングを合わせたつもりもないのにぴったりで、二人で顔を見合わせて笑ってしまう。

「すごかったな」
「ほんと、すごかったぁ。いつぶりだろう。家族以外とクリスマスって」

 本当にそうだよ……。たびたび学校をお休みしていた私だから、誰かのお家で具合が悪くなっては申し訳ないとお断りしているうちに、誰からの声もかからなくなった。
 唯一の例外は文化祭で久しぶりに会った真琴ちゃんだ。冬休み直前の終業式の日に宿題のプリントと一緒にいつもお菓子だったり、ハンドクリームなどを入れた小袋を渡してくれたっけ。

「今年……、ずっと私は悠太君にお世話になったね。本当にありがとうね」
「それは同じセリフを返すよ。琴葉がいたから僕も助かったんだ」

 いつも転校した先では周囲に溶け込むこともしなかったから、悠太君にとっても信じられない年が始まったというのは本当なんだろうね。

「でも、最初の日にすごく自然に声をかけてくれたけど、あれって無理してたの?」

 普段の私を感じ取ったなら、きっと話しかけることも難しかったに違いないんだ。

「無理をしたんじゃなくて……、この子だったら話しかけても答えてくれるかなって。あれは直感としか僕も言えない。同じ波長をしていたというものかもしれないけど」

 あの時から私の生活は一変した。激変したと言ってもいいよ。
 通知表の成績もびっくりしたけど、それ以上に自分でも驚いたのは欠席日数だったよ。
 今年はここまで風邪をひいて熱を出した一日だけしか学校をお休みしていなかったんだ。その日は金曜日。悠太君が学校帰りにプリントを持ってきてくれて、日曜日に平熱になったと伝えたら授業ノートを見せてくれたし、宿題のプリントも二人であっという間に片づけたのを思い出せる。

「そっか……。そういえば、さっきの話って迷惑じゃなかった? 私が勝手に『おやすみなさい』を入れているだけなのに、それを待っていてくれているなんて……」
「ああ、あれかぁ……。いきなりバラされたし……」

 悠太君はそれでも、ちゃんと話してくれたよ。

「ちゃんと一日の終わりに『おやすみなさい』って言ってくれる。これが素の琴葉なんだって分かって。いつの間にか琴葉が寝るなら一緒に自分も寝ようって思うようになって。だから全然平気というか、それって変かな……」

 私は首をゆっくり横に振った。

「全然変じゃない。そう思ってくれていたならよかった。あのね……」

 悠太君が、私の唇に人差し指を当てた。

「琴葉に『この先を言う』って約束したんだ。僕から先に言ってもいいかな」
「うん」

 約束してくれたんだもん。その時が来たんだって思った。 

「僕も琴葉に会って凄く変わった。学校がこんなに楽しいものなのかって初めて思ったよ。偶然同じマンションで、教室では隣の席。そこにいる女の子が少しずつ明るく元気に変わろうと頑張っているのを見ていて、応援したいと思った。もっと深く知りたいって思うようになった。初めてだよこんなの」
「いつか転校しちゃうから深入りするのをずっと避けていたんだもんね」

 どんなに見た目では強がっていても一人は寂しいもん。それは私も同じ。

「そうだな。そのうち、その女の子……。琴葉を誰にも取られたくないって思っている自分に気づいたんだ。初めての気持ちにどうしたらいいか迷った時もあった。でもどんなに小さなことでも『ありがとう』って言ってくれる琴葉が頭から離れなくなって。いつか琴葉がいなくなったらどうしようって心配で仕方なくなった……」
「それは私も同じ。体育祭のお昼休みのとき覚えてる?」
「あぁ、みんなに囲まれて尋問されてたよな」
「正直なことを言えばね、怖かったよ。みんな私より背が高いし。でも、それだけ人気のある悠太君と離れたくないって必死だった。あの時も助けてくれたよね。でも、あの後から私も学校で名前呼びするようになって、こんな私でも言いたいこと言ってもいいんだって……」

 あれからだよね。私たちが一緒にいても何も言われなくなったのは。

「あの時の琴葉は頑張った。僕が片思いしていた女の子は強い子だった。僕の心はその頃には決まっていたよ。琴葉……」
「うん……」
「琴葉が好きだよ。これからもずっと一緒にいてくれないか?」
「うん。……私ね、夏休みに『呼び捨てにしていいよ』って言ったでしょ? あの時からいつか、『うん』って必ず言うんだって決めていたよ。ずっと悠太君の隣にいていい?」
「もちろん。そのための言葉を言っちゃったんだからさ」

 私もその言葉に応えられた。もう誰かに取られるかもって心配する必要もないんだ。

「琴葉、これまでの分、二人で取り戻していこう。いろんなとこ行って、いろんなことしよう」
「体育祭みたいに貧血起こしちゃっても? あ、でも私軽いからおんぶできちゃうもんね」
「そのとおりだな」

 悠太君が私をギュッと抱きしめてきた。

「見た目もまだ大きい中学生にも負けちゃうけど……。それでも私なりに頑張ってみるよ」

 その最初の一歩。私は悠太君の頬に唇をそっと触れさせた。

「琴葉……」

 悠太君が驚いて私を見ている。

「初めて。あげたからね」
「大切にするよ。ずっと、ずっと一緒にいよう」
「うん。約束ね」

「帰ってこれ報告したら、間違いなく第二ラウンド始まっちゃうよな……」
「そうだね。でも言わないわけにいかないよね」
「だよなぁ」

 誰もいない公園のベンチの上で並んだ私たちは、指切りをして笑っていたんだ。