高校一年生の初日、私はすごく緊張していた。憂鬱だったという方が正しかったかもしれないな。
黒板には「名簿順に座ってください」という文字と、クラスメイトになる三十五人の名前が順番に書かれた紙が貼ってあった。
私、空乃琴葉は小さい頃からあまり体が丈夫ではなくて、学校もいっぱいお休みしてしまった。
だから友達も出来なくて……。先生や両親とも相談した結果、高校は私の事を知る子がいないところを選んだくらいだったよ。
それに、高校生にはなったんだけど、周りの同級生たちがずっと年上に見えてしまう。背も十センチ以上違うから仕方ないかなぁ。高校生なのに制服を着ていなければ中学生が紛れ込んだと思われてしまうかも。
この教室での一年間も、これまでと同じように目立つこともなく、来年のクラス替えを待つんだろうな……。
そんな思いだった。
「ここ、僕の席でいいのかな」
すぐ右の席に一人の男の子が荷物を置いた。
そんなあなたの姿を見て、ものすごくホッとした。それが第一印象。
私の友達が少ない事情の一つに、私ね……、感じちゃうんだ。
その人とお友達になれるかどうか。どういう目で私を見ているかをその表情から感じてしまう。好奇心いっぱいだったり、明らかに上から目線で来られてしまうと私も身構えてしまう。
けれど、隣に座った男の子からはそんな空気を感じることなくて……。どことなく私と同じような雰囲気を持っていたように感じたの。
「僕は杉原悠太。隣の席よろしくね」
「わ、私は空乃琴葉です」
悠太君はお家の関係で高校の進学のタイミングでこの街に越してきたんだって。だから同級生と言っても、知り合いは一人もいないという。
「そ、それ……、私も同じです……」
どうして突然そんな事を会ったばかりの悠太君に話すことにしたのか、私にも分からない。
私は、体のことや自分の性格から中学時代のお友達がほとんどできなかったことから、自分のことを知っている人が誰もいないこの学校に進学したことを話していた。
「そっか……。僕たち似てるんだね」
「そ、そうかも知れないね」
「じゃあ、ここで初めて出来た友達ってことで、よろしく」
「はい。よろしくお願いします」
差し出された手を無意識に握っていた私。これまでそんな事をしたことは一度もなかった。
教科書を配られて、ホームルームを一時間。お昼前にはこの日の日程は終わりで下校。
教科書のほかに副教材も合わせると結構な量になった。まだ名前も書いてないから置いて帰るわけには行かないし……。
「空乃さん、はいこれ」
カバンに入りきらないそれを見ているとき、悠太君が紙袋を出して私に渡してくれる。
「一年生は多いって聞いていたから予備で持ってたんだ。使ってよ」
「あ、ありがとう……」
それどころか、悠太君は袋に手際よく教材を収めると、それを持ってくれた。
「あ、でも……」
「途中までは持つよ。そのくらいわけないしさ」
だって自分の分に私の荷物じゃ、けっこう重いよ?
私の問いにはそれ以上答えずに、悠太君は教室を出ようとして、私も慌ててそれに続いた。
「大変なときはお互いさまじゃん?」
「あ、ありがとう……」
ほとんどの生徒が既に下校してしまって、二人で歩いていても目立つこともない。
「……え? それって同じマンション?」
「そう……、みたいだね。全然気づかなかった……」
「じゃあこのまま玄関先まで送ってく」
お互いの住所の話になったとき、偶然にも同じマンションだと分かった。そういえば春休みに引っ越しのトラックが何回か出入りしていたから、そのうちの一つだったんだね。
結局、悠太君は最後まで私の荷物を半分持ってくれて、ドアの前で渡してくれた。
「じゃあ、明日は下のホールで待ってるよ」
「うん。荷物、持ってくれてありがとう」
悠太君は手を振ってエレベーターではなくて階段で上っていった。ということは、階も近いんだ。
* * *
「まぁ、そんなことがあったなんて……。近い内に杉原さんちにお礼しなくちゃね」
私から話を聞いたお母さんは驚いたあとに少し涙ぐんでいた。
新しい学校の初日。私がどんな顔で帰ってくるのか心配だったって。
私だって、こんなこと初めて。
明日、ううん、それだけじゃない。毎朝顔を合わせてから登校できる。人見知りの私がこんなに初対面から話せた人は過去に記憶がない。
きっと、何か変われそうな気がする……。
急ぐ必要はないよね。
ベッドに入って、三日月の形をしたクッションをギュッと抱きしめた。
帰り際に手を振って『また明日』って言ってくれていたよね。
だから私も……。
また、明日ね。おやすみなさい……。



