翌日からは涼臣の誕生日会を開くための準備が少しづつ始まっていった。どこでやるか、どんな飾りつけにするかと色々考えることが山積みになっていく。

 だが気づけば、数日に迫った誕生日で勝手にヒヤヒヤしてやしている俺。
「えーっと場所は、涼臣の家は俺が入りずらいから却下。俺の家は実たちがいて進まなそうだし、涼臣似合わなそう。だったら学校のどこか教室......。借りれるか聞いてみるとして次はー」
 余裕があった準備期間だったのに、今では休み時間では足らず授業中にもこっそり練っている始末である。
「何してんの? 居残り勉強?」
 忍びのように近づき声を掛けてきた人物に思わず「うひゃっ!」と情けない声を出して飛び跳ねてしまう。振り返れば、美咲だった。
 俺の醜態を見て大笑いしている美咲に、真っ赤になった顔で「何しに来たの」と逆に質問した。
「私は部活終わって帰ろうと思ったんだけど、提出するノート忘れてたのに気づいて取りに来たの。ほら、答えたんだから次は穂積」
 ホレホレ早くという言ってそうなジェスチャーで催促される。
 仕方なく教えると、「面白そう、私も手伝ってあげる」と思わぬ協力者を得ることになった。正直言って助かる!

 人手が増えたことにより、準備が一人の時より楽になった気がする。
 あの後、美咲が職員室にノートを提出しに行くついでに俺も使える教室がないか聞いてみた。
 すると、3階にある教室を使ってもいい許可をもらうことができ、鍵をもらって見に行った。
「他に何するの?」
「ケーキ食べて、軽食囲んで、プレゼント渡すくらいしか考えてないけど」
 美咲に手作りのケーキを用意することを提案された。
 ケーキなんて作ったことない俺には荷が重いと言ったのだが、「やれないじゃない。するんだよ。他のことは私がやってあげるから、練習したら?」と強気に出られ、断れなくなってしまった。
 先生に許可を得て家庭科室で練習、もとい上手くできるかの研究が始まった。その間の教室準備は、美咲が引き受けてくれた。
 まずはメニュー通りに必要な材料を計っていくが、少しの誤差を許してしまった俺は失敗を繰り返しやっと一段目完成というところで最終下校時間になっていた。
「とりあえず器具片づけて、スポンジ冷蔵庫に入れて帰ろう。続きはまた明日」
 俺は家庭科室の鍵を職員室に返して、学校を出る。帰宅している途中に明日用の材料を追加で買って、楽しみで帰った。
 家に帰ると、スマホに連絡が入っていた。美咲からだ。
【こっちは準備できたよ。こんな感じ】
 送られてきた写真には黒板に『HappyBirthday 甘宮涼臣』と書かれていて、両サイドには美術部並みに上手い絵と俺が描いた犬の絵が並んでいる。
 ちなみにその犬は涼臣の愛犬のアロンを思って描いたつもり。言い訳すると、写真で見たのは1回だけだし、本物のアロンには会ったことがないからだと言うつもりだ。
 少しは笑ってくれたらと思いながら描いたところもあるが、真剣に描いたのは間違いない。
「笑ってくれよー、自信作だから」
 俺は折り紙を細く切ったものを輪っかにして、糊を付けて繋げていく。庶民くさいとは思うけど、涼臣のために手伝ってくれた人との繋がりを意味して、これも飾ることになった。
 俺は夜中の1時まで輪っかを作って眠る。明日こそ、ケーキを完成させるぞと意気込んで。

「薄力粉と卵は足りない分で買った。昨日買い忘れた生クリームといちごもちゃんとあるし大丈夫だな」
 半日しかなかった授業に浮かれて、早々に職員室に向かう。
「失礼します、2-1の穂積明良です。家庭科室の鍵を貸してください」
「はいはーい、ちょっと待ってね」
 鍵がかかっているラックの近くに座っていたた先生が、鍵を取ろうとしてくれる。だが、その場所には掛かっていなかったみたいで、家庭科担当の先生に聞いてくれたが知らないそうだ。
「ごめんなさいね。一旦、家庭科室に行って見てくれる? 空いてたらそのまま使っていいから」
「わかりました。失礼しました」
 俺は荷物を持って家庭科室に向かう。
 途中で電話が鳴り、受信マークを押して出ると美咲がどこにいるのかと聞いてくる。
 話しながら家庭科室に向かい、ちょうど目の前に到着した。すると中から話し声が聞こえて、誰かが先に借りて行ったんだと分かった。
 ノックして入ろうと思ったがそういうわけにはいかなそうな会話をしていた。聞き耳はダメだと思いながらも、ドアにしゃがみながら近づき様子を伺う。
「ねぇ、涼くん。本当に今年の誕生パーティー来ないの? せっかくビルフレーズの会場押さえて、お抱えのシェフ呼んだのに」
「行かない。既に約束してるって言っただろ」
 話し声に聞き覚えのあり耳を澄ます。
(この声、涼臣......? それと女の子の声?)
「でも、そのことおばあ様に言って反対されてたじゃない。人脈を広げるためなんだからっていつも言われてるじゃない。それにおばあ様、そんなものは次の日でもいいでしょうって」
「そんなものじゃない。俺の誕生日は一日しかないんだ。俺はその日にお祝いしてもらう。そっちこそ別の日でもいいだろう」
 声では分からず、こっそり中を覗くと涼臣と親しげに話す女の子の姿が目に入る。
 その子は身長が152㎝ほどと低く、涼臣と同じ黒くて長い髪をツインテ―ルにしてまとめていた。
(可愛いい子、あれがきっと、涼臣の好きなタイプだろうな.....)
 ふとそう思うと、嫌な考えが流れてくる。
 可愛い、身長低い、守りたくなる、美人、お似合い。並べると俺とは正反対だと突き付けられる。その上、越えられない性別という壁も彼女ならスッと超えて隣に居られる。
「それより、学校では話しかけてくるなって言ってるだろ、莉子」
(涼臣が名前で呼ぶ女の子なんて見たことない)
 追い打ちをかけるように、涼臣はその子のことを名前で呼んでいるのを耳にした。
 美咲でさえ藤梨と苗字で呼んでいるのだから。
 美咲と電話していることを忘れ、その場にいたと思われないように静かに去って準備していた教室へ駆け込んだ。
「うおっ、びっくりした―。あんたね、電話途中で何黙り込んでたのよ。どうしたのかなって心配したんだから」
「......あ、うん。ごめん」
「どうかしたの?」
 俺の態度がいつもと違ったせいか、美咲が心配そうに聞いてくる。
「何でもない」と言いたかったが、涼臣と付き合っている事を知っている美咲には聞いてもらうべきかもしれないと、あったことを伝えた。

「はぁーーー? 甘宮って自分に恋人いるって忘れてるわけ? 勝手に湧いてくる女子にはクールな対応見せる癖に、自分のタイプの子だとほっとかないってか。それに名前呼びって呆れるわ」
 話を聞いた美咲はわかりやすくイラついていた。
 美咲は元々、他の女子のように涼臣をカッコいいと好意的に見ておらず、逆に胡散臭さを感じていたらしい。
 だが、俺と付き合ったことで恋人は大切にしていると知ってからは尊敬の念を表していた。
 そんな中、こんなことを伝えたせいか積みあがっていた好印象が音を立てて崩れていく。
(なんかごめん。涼臣)
 意外な嫌われっぷりに、なぜか申し訳なってなぜか謝ってしまう。
「私が文句言ってきてやる。今、家庭科室にいるんだよね?」
 殴り込みに行きそうな勢いで教室の扉をバンッと大きな音を立てて開ける。それを俺は宥めながら近くにあった椅子に座らせた。
「まぁまぁ落ち着いて。まずは怒ってくれてありがとう。でもこれは俺の落ち度でもあるというか......」
 意味がわかっていない美咲はキョトンとした顔で「どうして?」と聞いてくる。
 それはそうだろう。今さっきまで聞いてたのは涼臣が、女の子の名前を呼び捨てし2人で会っていたそのことが悪いと思っているのだから。
「美咲が代わりに怒ってくれたおかげで冷静に考えることができたんだ。俺はバレンタインの時にお菓子と一緒にメッセージカードを送ってたんだけど、その返事というか、成り行きで付き合ったというか。俺に叶うはずもない恋を経験させてあげようって優しさだったんじゃないかなって思えてきて。本当は、今日会っていた子と付き合ってて表面上会うと騒ぎになるから、カモフラージュで付き合ってたのかなって」
 そう言われたほうが納得できる。たとえ遊びで付き合っていたとしても、俺にとっては夢のような時間だったのだから。頭に二人の姿がちらついて離れない。
(本当に美男美女の理想のカップルそのものだったな。俺が隣に立っているときとは違うや)
 憂いた気持ちがそのまま顔に出ているのだろう。美咲が気を遣って真摯に聞いてくれる。
「穂積は甘宮が好きだから苦しいよね。その気持ち、私にもわかるよ。経験したことあるから。でもどうするの? 見てたってことは話さないまま付き合い続けるの?」
 話さなかったら、俺はずっと涼臣を縛っていることになるだろう。
 大して好きでもない男子生徒の一人に付き合って、本当に好きな人と付き合えないなんて酷な話だ。俺が身を引いて、二人は付き合うことができたらそれはそれで幸せになれる......のかな。
 考えている頭の中では、好きな人が幸せなら自分も祝えるビジョン。なのに、本当の俺はしばらくは笑うこともできないのではないかと不安にかられる。
「俺、涼臣と別れるよ。あの子といた方がお似合いだし、俺といても涼臣に迷惑かけるだけだしね」
 覚悟を決めて、俺は涼臣と別れることに決めた。
 涼臣を見るのが辛いと言うなら、会わなければ良い話。話しかけられても、以前と同じように一線を張れば、いいだけのこと。
「穂積がいいならいいけど。今は知って間もないからそう思っているだかもしれないから、時間空けてもう一度考えて変わらなかったら、別れを告げなね」
「うん、そうする。ありがとね、聞いてくれて」
「いいのよ。こうやって恋バナできるの嬉しいから許す」
 ニカッと口角をあげて太陽のような笑顔の美咲を見て、少し心が救われた。