今日は高校1年生の時から働いている叔母の灯さんが経営するブックカフェのバイトが入っていた。学校が終わると涼臣を置いてすぐさま電車に乗って向かう。
「おはようございまーす」
 住宅街の入り口に佇むこのお店には、本を読みたくて来た人と作業をしたくて来た人が座る2階席としゃべりながらお茶を楽しむ1階席がある。
 大体1階にはママ友さんやお年寄りの方が憩いの場として集まっており、いつ入っても賑やかだ。
「あ、おはよう明良。急に連絡して悪かったね、助かるよ」
 母さんの姉、灯さんは昔から身体の弱い母さんの代わりに世話をしてくれる頼りになる人。1年生の時に働きたいと相談したら誘ってくれたのが始まりだった。
 それに応えるように俺も可能な限りシフトにも急なシフトでも入ろうと努力している。
 バックヤードで制服に着替えて表に出て接客を始めた。平日の夕方だからか、数えるほどしかお客さんは来ていない。
 その一人のお客さんである着物を凛と着こなしているおばあさんが手を挙げて声を掛けてくる。
「お待たせしました、ご注文ですか?」
「ごめんなさいね、少しわからなくてこれはどういうものなの?」
 コーヒーのブレンドに指をさしているおばあさんに丁寧にわかるように説明した。すると、おばあさんは嬉しそうにして同じものを頼んでくれた。
「あの人、最近来てくれるのよ。明良と同じようにバイトたちに質問して注文を入れてくれてるのよねぇ。不思議というか、気味が悪いというか。でも今日は少し違ったみたいなの」
「違うってどういうことです?」
 興味本位で聞いてみると、いつものあのおばあさんは質問をした後はそっけなく「そうなのね。じゃあそれをもらうわ」と言っているらしかった。
(そんな風には見えなかったんだけど。どちらかと言えば、だれかと話したそうな雰囲気があった気が)
 おばあさんの行動の心意が何なのか考えているうちに、注文のケーキセットが出来上がりおばあさんの元へ。
「お待たせしました、ケーキセットになります。コーヒー大変お熱くなっておりますのでお気をつけてください」
 俺はおばあさんのテーブルに届け終わると、2階の席のお客さんの対応や常連さんに捕まって話し相手になったりと忙しく働いていた。
 しばらくして、おばあさんが帰られるとのことでお会計をしていると嬉しい言葉が飛んできた。
「あなたのおかげで良い時間が過ごせたわ、ありがとう」
「良き時間が過ごせたようで、よかったです」
「お兄さんがいる時にまた寄ろうかしら。コーヒーもよかったけど、あなたの笑顔を見にね」
 おばあさんはそう言ってお店を出て行った。すぐさま「ありがとうございました! またお待ちしております!」と扉を開けて、元気に挨拶をした。
(灯さんは不思議な人って言ってたけど、普通のおばあさんでしたよ)
 俺は店に入って退勤までの数時間、めいいっぱい働いた。


 閉店まで残り1時間ほど。お客さんも1階のスペースにのみ残っている。
「明良、悪いけど2階のスペース閉めてきてくれる?」
「わかりました」
 灯さんに頼まれて2階に上がり、片づけに取り掛かろうとしたら下からドアベルのカランカランという音が響いていた。俺はただ、お客さんが来たんだなと思って片づけをする。
 1階に戻り、掃除道具を片付けた後にコーヒーを持っていくよう頼まれた。
「お待たせしました。ブレンドコーヒーで、って涼臣!?」
「あ、お疲れ様。今日バイトって聞いてたから来てみたくて。邪魔しちゃったかな?」
「いや、もうちょっとで終わるから大丈夫だけど。涼臣こそ遅いけど大丈夫なの?」
「外に車待たせてるから大丈夫だと思う。怒られるとしたらおばあ様にだけだし」
 涼臣のおばあさんって会社の創設者の奥さんで、今は会長をしているとか。涼臣に聞いたところによると、継がせたいという思いがあって厳しいらしい。
「あと30分くらいだからもう少しだけ待ってて」
「うん、静かに待ってる」
 閉店までの30分、俺は早く帰れるように残りの仕事に手を付けた。
(多分駅までだけど、一緒に帰れるのは嬉しいな)
 俺は涼臣には少しだけ、甘えることができるのかもしれない。少しの時間でもいいから会いたいと願ってしまうほどに。

「明良、もうお店閉めるから残ってるお客さんに退店の声掛けしてきて」
 灯さんに言われて涼臣を最後に、残っていたお客さんに声を掛けてお会計を済ます。そして最後の一人、涼臣にも声を掛けてお会計する。
「お会計450円になります」
「これでお願いします。外で待ってるから」
 涼臣は1000円出してお釣りをもらわずドアを押す。
「涼臣、お釣り......」
「お釣りは取ってて。店長ごちそうさまでした」
「ありがとうございました、また来てください」
 灯さんは笑顔で最後の客である涼臣を見送った。