付き合って3か月ほど経っただろうか。気づけば3年生になって、もうすぐ5月を迎える。
クラス替えがなかったから涼臣と同じクラスになることもなく、2年生の時と同じ日々を送る。
バレンタインの日から密かに付き合っている涼臣とは、今でも良好な関係を築きながら付き合い続けている。
俺が幸せな空気をまとっているのと裏腹に、3年生というのもあって受験を控えている生徒からはピリピリした空気が流れ始めている。受験ではないく就職を決めている俺はまだ焦っていない。
「もう無理。3年になってから授業がまた一段と難しくなってる気がする......」
「確かに難しくなったよね、私なんて物理の課題難し過ぎてお手上げ状態なんですけど」
移動教室からの帰り道、チョコ作りから更に仲良くなった美咲と教室に帰っていた。
あの後、涼臣から告白の返事をもらえたことは相談に乗ってくれた美咲には打ち明けていた。初めは本当に帰ってくるとは思っていなかった美咲は驚いていたけど、自分のことのように跳ねて喜んでくれた。
「甘宮のクラスの前通ろっか」
にぃーっと意地悪そうに笑いながら言ってくる。カミングアウトしたのは本当に一部の人だけで、他の生徒にはまだ知られていない。ただ教室の前を通る生徒の一人としていなきゃな。
「あれ? 甘宮いなくない?」
美咲の一言で視線を教室の涼臣の席へ映す。いつもなら自分の席に座りながら外を見たり、佐柳と話しているはずだった。
「トイレに行ってるのかも。涼臣も人間だしね、あははは」
(いつもこの時間の移動して通るときは、こっちを見て手を振ってくれているのにどこに言ってんだよあいつ)
冗談半分でそんなことを言っていると、こちらに気付いた佐柳が話しかけてきた。
「あっれー、穂積くんじゃん。どしたの」
あの伝言以来話す機会は数回のみ。未だに佐柳のフランクな接し方には慣れない。
「いや、移動教室から帰るところで涼臣いるかなと思って見てただけ」
「ふーん、そうなんだ。そういえば涼臣、休み時間になってすぐに女子に呼び出されてたな。あれは多分告白だろうな」
腕を組みながら思い出すように話す佐柳。茶化しているわけでないと知っているが、告白と聞くとモヤっとした感情が心の中で広がっていく。
(俺の彼氏なのに。みんな知らないから仕方ないけど......。涼臣はなんて断ってくれるのかな)
付き合う前も告白されるのが多かったのは知っているし、付き合ってからも告白が絶えない涼臣なのは知っている。
公言していないからこそ、彼氏の俺が心を広くして告白するくらいならと許している部分もあった。
だけど、女子の話を盗み聞きすると泣いて帰ってくる子が殆どだ。こちらが申し訳なくなってくる。
(公言した方がいいのかな......。でもそうすれば、男と付き合ってるって涼臣の評判が下がって変わるかもしれない......)
最近はこんなことをずっと考えている。涼臣に相談したくても話の出し方難しいし、どうしたらいいのだろう。
「どうしたの、穂積くん」
佐柳が俺の顔を膝を曲げて覗いてくる。関係ないけど、身長ある奴は羨ましいなとちょっと思ってしまった。
「あ、いや......」
佐柳に何もないと伝えようとしたが、脳内にいる俺が「佐柳は恋愛に関してスペシャリストなのでは? 涼臣の友達だけど聞いてくれるはず!」と推してくる。
確かにそうだなと考えを改めた俺は、思い切って佐柳に声を掛けた。
「あのさ、これは友人の話なんだけど......。友人には恋人がいるんだけど、その恋人、まぁ彼氏が学校一イケメンで文武両道の所為で付き合う前も付き合った後も告白が絶えないみたいで。友人は心を広くして告白受けること許してたんだけど、次第に不安になってきてるみたいで。それになんて言って断ってるのかも知らないから余計に」
自分の心の中にあったモヤっとした気持ちが言葉に乗って出てくる。
(俺、思ってたより不安を感じてたんだな......)
知らず知らずのうちに溜め込んでいたようだった。言葉にした途端、少しだけ心が軽くなる。
「それ本当に友人の話かよ。自分の話じゃん」
「ふふっ、穂積って嘘下手なのね。面白いわぁ」
佐柳と美咲は小さい独り言を囁き、お互い顔を見合わせ笑いあっている。
「あー、面白い。笑わせてくれたお礼に、その相談してくれた友人にアドバイスをあげよう! その話は彼氏に直接してあげな。彼氏はちゃんと気持ちに答えてくれるでしょう。ってね。恋人にそんな気持ちにさせてまで、告白を受けたいと思う彼氏はいないんじゃないかな」
「確かにそうね、思ってることははっきり言ってくれないと。お互い人間で、心を読める超能力なんて備わってないんだから。ケンカ別れする前に話し合いなさい」
佐柳のアドバイスと共に美咲が助言をくれた。心に響く言葉ばかりが降り注ぐ。
(そうだよな、一人で抱えてたって仕方ない。いつかは話し合わないといけないことだし)
静かに目を閉じ、俺は覚悟を決めることができた。今日帰る時にでも聞いてやる。
「あ、涼臣帰ってきた。おかえりー、やっぱり告白?」
佐柳は涼臣の肩に腕を置き話しかけていたが、涼臣は気にする素振りもなく無視をする。中学から仲がいいとは聞いていたけどここまで許しているとは意外だった。
「明良、どうしたんだ? 忘れ物でもしたか?」
優しく聞くその声は、俺以外に誰が知っているのだろう。
(言うんだ、聞きたい事があるって)
鼓動がだんだん激しく鳴り始め、もしかしたら聞かれてしまうのではと思うくらいだった。だが覚悟を決めた俺は、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「忘れものじゃなくて、涼臣に聞きたい事あって今日一緒に帰れる?」
誘われたのが不思議に思ったのか、涼臣の顔はポカンとしている。イケメンなのだから、レアな顔は見せないようにしてほしいものだ。
「......うん! 迎えに行くよ」
「いや、俺が迎えに来るからいい。教室で待ってて」
珍しく男のような誘い方。いや男なんだけど。
(最近は 迎えに来てもらったり、待ち合わせだったからな)
惚れ直してもらえたらバンザイと思っていたが、「うん、わかった」と満面の笑みで返事を返された。
眩しすぎる笑顔が、周りにいた人たちまで巻き込み目つぶしを食らうこととなった。
「それじゃあ、教室帰る」
2人に手を振り、美咲と並んで教室に帰ろうとした。だが後ろから、涼臣が手を繋いできた。
「え、ど、どうした?」
ぎゅっと握っている手は温かく安心する。そして5秒くらい経って手を離した涼臣は、満足したのか「また後で」と告げて教室に入って行った。
なんだったんだと思うのが普通だろうが、満更でない俺は気にしていなかった。
「あれ、これって......」
小さく折りたたまれた紙が掌に載っていた。
(手には何も持っていなかったはずだか、一体どこで......。そうか、涼臣が!)
手を握ってきたのはこの紙を渡すためだったと、呑気に探偵のように推理する俺。
一人劇場を開いている地点で、何を考えているのやらと恥ずかしくなってくる。
紙を開けようとした時、美咲が少し離れた所から大きな声で話しかけてくる。
「穂積ー、早くしないと峰崎先生の授業始まっちゃう」
美咲が愛しの峰崎先生の英語の授業を受けたくてソワソワしている。恋をしている女子は楽しそうだ。
「今行くー」
紙の中を見ることを後の楽しみとっておき、ポケットに入れて駆け足で美咲の下へ。
放課後になり、リュックに荷物を詰めて約束通り涼臣のクラスへ迎えに来た。到着したのが少し早かったみたいで、涼臣のクラスはまだHR中だった。
待っている間、階段の隅に座り込み弟たちから連絡が無いか確認しようとポケットに入れたスマホを取りだした。
すると、休み時間にもらったままの紙が落ち、再び存在を認識させた。
「そう言えば忘れてた。ごめん、涼臣」
謝った後に紙を開くと、「午後の授業頑張って。迎えに来てくれるの待ってる」と丁寧な字で書かれていた。
いつも綺麗な字を書く涼臣だが、達筆に書かれている字を見ると急いで書いたんだとすぐに分かった。
「なんだこれ、めっちゃ嬉しい」
見るのが遅くなってしまったこと、とても後悔した。あの時、美咲に先に戻ってもらってたらよかった。あの時の俺が憎い。
今度から慎重に考えて行動しようといいきっかけになった。
いつの間にかHRが終っていたようで、教室から部活に行く生徒や帰宅する生徒がぞろぞろと目の前を通る。中には恋人だろう2人が手を繋いで歩いて行った。
「俺から手繋いでみようかな。たまには許されるよね」
教室に行くとクラスの3分の2がもう既にいなくなっている状態だった。
(みんな帰るの早いな)
自分の席に座りながら日誌を書いている涼臣と見守っている佐柳。彼らの距離は近すぎると思うが、昔からの仲に負けるから文句は言わない。
「涼臣、迎えに来た」
廊下から涼臣を見るとパッと花が咲くような笑顔を見せて、日誌を書いていた手を止めてこちらへやってきた。
「明良、早かったね」
「早く終わって待ってた。涼臣は日直?」
「そうなんだけど、忘れてて急いで日誌書いてるところ。もう少しかかりそうだから中で待ってなよ」
初めて入る他クラスの教室にワクワクが止まらなかった。それに、涼臣の隣に座ることに夢みていたが、まさか現実で叶うなんて思ってもいなかった。
席に行くと佐柳が「よっ!」と片手をあげて挨拶してきたから、同じように返す。
(あの相談の件で世話になったから何か返したいな。何にしよう。流行り物は疎いから難しいし、常識的な物の方が安全・安心だけど好き嫌いあるだろうしどうしよう)
悩み悩んで出た結果は【分からないなら本人に聞いてしまえ】という事だけだった。
(今、佐柳に聞けるなら、涼臣のこともさっさと本人に確認すればよかった)
今更気付いた俺は、情けないと少し落ち込んだ。だが、それとこれとは別の話だ。
「なぁ、佐柳。さっき相談受けてくれたお礼に、何かお返ししたいんだけど何がいい?」
「お返し? 別に大したことしてないし気にしなくていいよ」
「そうだとしても、俺が返したくて......」
お返しはいらないと言う佐柳とお礼がしたい俺の攻防戦みたくなってきて、いつまで経っても決まることが無かった。
結局俺が提案したジュースを奢ると言う内容で話は片が付いた。
「お待たせ、終わったから行こうか」
「あ、うん」
涼臣の声が少し低く重く感じた。佐柳に顔を合わせるも同じく戸惑っている様子。どうしたんだろうか。
「佐柳、悪いけどこれ先生に渡してて」
「お、おう。また月曜日に」
佐柳に見送られながら俺たちは手を繋ぐというより、涼臣に引っ張られるようにして教室を後にした。
「涼臣! どうしたんだよ、気分悪い?」
学校と駅の間にある神社の前で、涼臣の腕を引っ張って引き止める。
顔を見せず「なにもない」と言い張る涼臣にプチンと来た俺は、実たちにするように頬を両手で挟んでこっちを向かせた。
「なんでもなくないだろ。そんな傷ついた顔しておいてさ」
落ち着いて話せるところを探し、神社の端にあるベンチに並んで座り話を聞く。
風で揺れる木々と微かに覗く木漏れ日がとても気持ちよく感じた。
「涼臣のそんな顔、初めて見た。さっきまでそんな顔してなかったと思うんだけど、嫌なことでもあった?」
質問しても答えてくれる様子もなく、ただ静かな時間が過ぎていく。
どうしたものか、俺自身も聞きたい事があって一緒に帰ろうと言ったのにこうなってしまっては話題に出しずらい。
「......明良は俺の恋人だよね。なのになんで俺じゃなくて佐柳に相談したの? 俺はそんなに頼りない?」
話し出したかと思えば、さっきの佐柳との会話で機嫌を悪くしたらしい。
(確かに相談してた時はその場にいなかったし、帰ってきた時には話終わってたし。って内容が内容だから本人には聞けないんじゃんか!)
内心一人でツッコんでから深呼吸をして少しは落ち落ち着いた。ちゃんと話さなきゃいけない。
俺も一人で悩んでしまうところがあるから、相談したんだけどそんなに落ち込むならまっすぐ涼臣に聞けばよかったと後悔する。
「俺は、涼臣のこと相談をしてたんだ」
「え?」
俺は立ち上がり涼臣の前に膝をついて、手を握って安心させるように話を持ち出す。
この態勢は、実たちがケンカしたときにも同じ態勢をとって話をすることがある。そのことを思い出しながら優しく話出した。
「俺だってお前に聞くこと怖いって思ったから、相談できなかったんだ。それで佐柳にアドバイスをもらってこの帰りに聞こうと思って」
「そう、だったんだ。なんだ、そっか......。その聞きたい事って何だったの?」
安堵の顔を見せた涼臣。もしかしたら誤解させていたかもしれないと反省をせざるを得なかった。
「それは......。あー、涼臣って俺と付き合ってからも告白されてるじゃん? 告白された時どうやって断ってるのかなと思って。俺はお前の告白されてるとこ見た事も、聞いたことないからどうなのかなって」
いざ本人に聞いてみると恥ずかしさが頂点に達し、「やーっぱなし! そんなこと思ってない。告白されるのは男にとって名誉なことだしな」と言ってごまかしてみる。
嘘をついているところもあるけど、本当に思っているところもある。付き合う前の俺もそう思っていたからだ。
「......俺は中学まで『ごめん、無理』って冷たく断ってたんだ。高校に入ってからも同じだったんだけど、好きな人ができてからは『ごめん、好きな人いるから気持ちは受け取れない』って断るようにしてる。それは今でも変わらず」
俺の目をじっと見つめながら真剣に話す涼臣。
(好きな人は俺のこと、だよな。そうなんだ)
涼臣のことが知れて、好きな人がいるからと言って断ってくれたことが心のモヤっとした感情がすっきり晴れて笑顔になれた。
「俺のことが好きって言ってるんだ?」
俺は嬉しさのあまり意地悪にそう聞いてみるが、涼臣は凛とした顔で返してくる。
「正確には好きな人だね。俺は明良がいいなら付き合ってるって次から言うけど」
意地悪そうな笑顔を向けて聞いてくる。勝手に思っていたことだが、涼臣は付き合っても周りに自慢したり見せびらかしたりしない人だと思っていた。
そんな涼臣が俺と付き合ってると言ってくれるらしい。不安と恐怖もあるが、今は嬉しさの方が上回っている。
「うん。次からは恋人いるって話してよ。たとえ女子に僻まれていじめにあったとしても挫けたりしないから! 逆に上手く取り合って味方にしてやる」
思っていた反応と違ったのか、目をぱちくりさせている。俺だって、人気あるお前が恋人で隣で幸せそうに笑っているんだって自慢したい。
「明良は強いね、カッコいいや。俺も恋人は可愛くて好きなんだって自慢しようっと」
カッコいいと言われて浮かれている俺の今の顔は、正直言って気持ち悪いと思う。だけどカッコいい・好きと言ってくれるのは涼臣だけだと思う。
誤解が解けた俺たちは駅に向かって再び歩き始める。道中はいつも通りあったことや実たちのこと。駅に着けば、手を振って別れる。こうやって離れる瞬間が、まだ恋しい。
電車に乗っていると、早く明日にならないかなと思うことが増えた。この気持ちに気付くと、俺も恋をしてるんだなと幸福感を感じて幸せになれた。
クラス替えがなかったから涼臣と同じクラスになることもなく、2年生の時と同じ日々を送る。
バレンタインの日から密かに付き合っている涼臣とは、今でも良好な関係を築きながら付き合い続けている。
俺が幸せな空気をまとっているのと裏腹に、3年生というのもあって受験を控えている生徒からはピリピリした空気が流れ始めている。受験ではないく就職を決めている俺はまだ焦っていない。
「もう無理。3年になってから授業がまた一段と難しくなってる気がする......」
「確かに難しくなったよね、私なんて物理の課題難し過ぎてお手上げ状態なんですけど」
移動教室からの帰り道、チョコ作りから更に仲良くなった美咲と教室に帰っていた。
あの後、涼臣から告白の返事をもらえたことは相談に乗ってくれた美咲には打ち明けていた。初めは本当に帰ってくるとは思っていなかった美咲は驚いていたけど、自分のことのように跳ねて喜んでくれた。
「甘宮のクラスの前通ろっか」
にぃーっと意地悪そうに笑いながら言ってくる。カミングアウトしたのは本当に一部の人だけで、他の生徒にはまだ知られていない。ただ教室の前を通る生徒の一人としていなきゃな。
「あれ? 甘宮いなくない?」
美咲の一言で視線を教室の涼臣の席へ映す。いつもなら自分の席に座りながら外を見たり、佐柳と話しているはずだった。
「トイレに行ってるのかも。涼臣も人間だしね、あははは」
(いつもこの時間の移動して通るときは、こっちを見て手を振ってくれているのにどこに言ってんだよあいつ)
冗談半分でそんなことを言っていると、こちらに気付いた佐柳が話しかけてきた。
「あっれー、穂積くんじゃん。どしたの」
あの伝言以来話す機会は数回のみ。未だに佐柳のフランクな接し方には慣れない。
「いや、移動教室から帰るところで涼臣いるかなと思って見てただけ」
「ふーん、そうなんだ。そういえば涼臣、休み時間になってすぐに女子に呼び出されてたな。あれは多分告白だろうな」
腕を組みながら思い出すように話す佐柳。茶化しているわけでないと知っているが、告白と聞くとモヤっとした感情が心の中で広がっていく。
(俺の彼氏なのに。みんな知らないから仕方ないけど......。涼臣はなんて断ってくれるのかな)
付き合う前も告白されるのが多かったのは知っているし、付き合ってからも告白が絶えない涼臣なのは知っている。
公言していないからこそ、彼氏の俺が心を広くして告白するくらいならと許している部分もあった。
だけど、女子の話を盗み聞きすると泣いて帰ってくる子が殆どだ。こちらが申し訳なくなってくる。
(公言した方がいいのかな......。でもそうすれば、男と付き合ってるって涼臣の評判が下がって変わるかもしれない......)
最近はこんなことをずっと考えている。涼臣に相談したくても話の出し方難しいし、どうしたらいいのだろう。
「どうしたの、穂積くん」
佐柳が俺の顔を膝を曲げて覗いてくる。関係ないけど、身長ある奴は羨ましいなとちょっと思ってしまった。
「あ、いや......」
佐柳に何もないと伝えようとしたが、脳内にいる俺が「佐柳は恋愛に関してスペシャリストなのでは? 涼臣の友達だけど聞いてくれるはず!」と推してくる。
確かにそうだなと考えを改めた俺は、思い切って佐柳に声を掛けた。
「あのさ、これは友人の話なんだけど......。友人には恋人がいるんだけど、その恋人、まぁ彼氏が学校一イケメンで文武両道の所為で付き合う前も付き合った後も告白が絶えないみたいで。友人は心を広くして告白受けること許してたんだけど、次第に不安になってきてるみたいで。それになんて言って断ってるのかも知らないから余計に」
自分の心の中にあったモヤっとした気持ちが言葉に乗って出てくる。
(俺、思ってたより不安を感じてたんだな......)
知らず知らずのうちに溜め込んでいたようだった。言葉にした途端、少しだけ心が軽くなる。
「それ本当に友人の話かよ。自分の話じゃん」
「ふふっ、穂積って嘘下手なのね。面白いわぁ」
佐柳と美咲は小さい独り言を囁き、お互い顔を見合わせ笑いあっている。
「あー、面白い。笑わせてくれたお礼に、その相談してくれた友人にアドバイスをあげよう! その話は彼氏に直接してあげな。彼氏はちゃんと気持ちに答えてくれるでしょう。ってね。恋人にそんな気持ちにさせてまで、告白を受けたいと思う彼氏はいないんじゃないかな」
「確かにそうね、思ってることははっきり言ってくれないと。お互い人間で、心を読める超能力なんて備わってないんだから。ケンカ別れする前に話し合いなさい」
佐柳のアドバイスと共に美咲が助言をくれた。心に響く言葉ばかりが降り注ぐ。
(そうだよな、一人で抱えてたって仕方ない。いつかは話し合わないといけないことだし)
静かに目を閉じ、俺は覚悟を決めることができた。今日帰る時にでも聞いてやる。
「あ、涼臣帰ってきた。おかえりー、やっぱり告白?」
佐柳は涼臣の肩に腕を置き話しかけていたが、涼臣は気にする素振りもなく無視をする。中学から仲がいいとは聞いていたけどここまで許しているとは意外だった。
「明良、どうしたんだ? 忘れ物でもしたか?」
優しく聞くその声は、俺以外に誰が知っているのだろう。
(言うんだ、聞きたい事があるって)
鼓動がだんだん激しく鳴り始め、もしかしたら聞かれてしまうのではと思うくらいだった。だが覚悟を決めた俺は、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「忘れものじゃなくて、涼臣に聞きたい事あって今日一緒に帰れる?」
誘われたのが不思議に思ったのか、涼臣の顔はポカンとしている。イケメンなのだから、レアな顔は見せないようにしてほしいものだ。
「......うん! 迎えに行くよ」
「いや、俺が迎えに来るからいい。教室で待ってて」
珍しく男のような誘い方。いや男なんだけど。
(最近は 迎えに来てもらったり、待ち合わせだったからな)
惚れ直してもらえたらバンザイと思っていたが、「うん、わかった」と満面の笑みで返事を返された。
眩しすぎる笑顔が、周りにいた人たちまで巻き込み目つぶしを食らうこととなった。
「それじゃあ、教室帰る」
2人に手を振り、美咲と並んで教室に帰ろうとした。だが後ろから、涼臣が手を繋いできた。
「え、ど、どうした?」
ぎゅっと握っている手は温かく安心する。そして5秒くらい経って手を離した涼臣は、満足したのか「また後で」と告げて教室に入って行った。
なんだったんだと思うのが普通だろうが、満更でない俺は気にしていなかった。
「あれ、これって......」
小さく折りたたまれた紙が掌に載っていた。
(手には何も持っていなかったはずだか、一体どこで......。そうか、涼臣が!)
手を握ってきたのはこの紙を渡すためだったと、呑気に探偵のように推理する俺。
一人劇場を開いている地点で、何を考えているのやらと恥ずかしくなってくる。
紙を開けようとした時、美咲が少し離れた所から大きな声で話しかけてくる。
「穂積ー、早くしないと峰崎先生の授業始まっちゃう」
美咲が愛しの峰崎先生の英語の授業を受けたくてソワソワしている。恋をしている女子は楽しそうだ。
「今行くー」
紙の中を見ることを後の楽しみとっておき、ポケットに入れて駆け足で美咲の下へ。
放課後になり、リュックに荷物を詰めて約束通り涼臣のクラスへ迎えに来た。到着したのが少し早かったみたいで、涼臣のクラスはまだHR中だった。
待っている間、階段の隅に座り込み弟たちから連絡が無いか確認しようとポケットに入れたスマホを取りだした。
すると、休み時間にもらったままの紙が落ち、再び存在を認識させた。
「そう言えば忘れてた。ごめん、涼臣」
謝った後に紙を開くと、「午後の授業頑張って。迎えに来てくれるの待ってる」と丁寧な字で書かれていた。
いつも綺麗な字を書く涼臣だが、達筆に書かれている字を見ると急いで書いたんだとすぐに分かった。
「なんだこれ、めっちゃ嬉しい」
見るのが遅くなってしまったこと、とても後悔した。あの時、美咲に先に戻ってもらってたらよかった。あの時の俺が憎い。
今度から慎重に考えて行動しようといいきっかけになった。
いつの間にかHRが終っていたようで、教室から部活に行く生徒や帰宅する生徒がぞろぞろと目の前を通る。中には恋人だろう2人が手を繋いで歩いて行った。
「俺から手繋いでみようかな。たまには許されるよね」
教室に行くとクラスの3分の2がもう既にいなくなっている状態だった。
(みんな帰るの早いな)
自分の席に座りながら日誌を書いている涼臣と見守っている佐柳。彼らの距離は近すぎると思うが、昔からの仲に負けるから文句は言わない。
「涼臣、迎えに来た」
廊下から涼臣を見るとパッと花が咲くような笑顔を見せて、日誌を書いていた手を止めてこちらへやってきた。
「明良、早かったね」
「早く終わって待ってた。涼臣は日直?」
「そうなんだけど、忘れてて急いで日誌書いてるところ。もう少しかかりそうだから中で待ってなよ」
初めて入る他クラスの教室にワクワクが止まらなかった。それに、涼臣の隣に座ることに夢みていたが、まさか現実で叶うなんて思ってもいなかった。
席に行くと佐柳が「よっ!」と片手をあげて挨拶してきたから、同じように返す。
(あの相談の件で世話になったから何か返したいな。何にしよう。流行り物は疎いから難しいし、常識的な物の方が安全・安心だけど好き嫌いあるだろうしどうしよう)
悩み悩んで出た結果は【分からないなら本人に聞いてしまえ】という事だけだった。
(今、佐柳に聞けるなら、涼臣のこともさっさと本人に確認すればよかった)
今更気付いた俺は、情けないと少し落ち込んだ。だが、それとこれとは別の話だ。
「なぁ、佐柳。さっき相談受けてくれたお礼に、何かお返ししたいんだけど何がいい?」
「お返し? 別に大したことしてないし気にしなくていいよ」
「そうだとしても、俺が返したくて......」
お返しはいらないと言う佐柳とお礼がしたい俺の攻防戦みたくなってきて、いつまで経っても決まることが無かった。
結局俺が提案したジュースを奢ると言う内容で話は片が付いた。
「お待たせ、終わったから行こうか」
「あ、うん」
涼臣の声が少し低く重く感じた。佐柳に顔を合わせるも同じく戸惑っている様子。どうしたんだろうか。
「佐柳、悪いけどこれ先生に渡してて」
「お、おう。また月曜日に」
佐柳に見送られながら俺たちは手を繋ぐというより、涼臣に引っ張られるようにして教室を後にした。
「涼臣! どうしたんだよ、気分悪い?」
学校と駅の間にある神社の前で、涼臣の腕を引っ張って引き止める。
顔を見せず「なにもない」と言い張る涼臣にプチンと来た俺は、実たちにするように頬を両手で挟んでこっちを向かせた。
「なんでもなくないだろ。そんな傷ついた顔しておいてさ」
落ち着いて話せるところを探し、神社の端にあるベンチに並んで座り話を聞く。
風で揺れる木々と微かに覗く木漏れ日がとても気持ちよく感じた。
「涼臣のそんな顔、初めて見た。さっきまでそんな顔してなかったと思うんだけど、嫌なことでもあった?」
質問しても答えてくれる様子もなく、ただ静かな時間が過ぎていく。
どうしたものか、俺自身も聞きたい事があって一緒に帰ろうと言ったのにこうなってしまっては話題に出しずらい。
「......明良は俺の恋人だよね。なのになんで俺じゃなくて佐柳に相談したの? 俺はそんなに頼りない?」
話し出したかと思えば、さっきの佐柳との会話で機嫌を悪くしたらしい。
(確かに相談してた時はその場にいなかったし、帰ってきた時には話終わってたし。って内容が内容だから本人には聞けないんじゃんか!)
内心一人でツッコんでから深呼吸をして少しは落ち落ち着いた。ちゃんと話さなきゃいけない。
俺も一人で悩んでしまうところがあるから、相談したんだけどそんなに落ち込むならまっすぐ涼臣に聞けばよかったと後悔する。
「俺は、涼臣のこと相談をしてたんだ」
「え?」
俺は立ち上がり涼臣の前に膝をついて、手を握って安心させるように話を持ち出す。
この態勢は、実たちがケンカしたときにも同じ態勢をとって話をすることがある。そのことを思い出しながら優しく話出した。
「俺だってお前に聞くこと怖いって思ったから、相談できなかったんだ。それで佐柳にアドバイスをもらってこの帰りに聞こうと思って」
「そう、だったんだ。なんだ、そっか......。その聞きたい事って何だったの?」
安堵の顔を見せた涼臣。もしかしたら誤解させていたかもしれないと反省をせざるを得なかった。
「それは......。あー、涼臣って俺と付き合ってからも告白されてるじゃん? 告白された時どうやって断ってるのかなと思って。俺はお前の告白されてるとこ見た事も、聞いたことないからどうなのかなって」
いざ本人に聞いてみると恥ずかしさが頂点に達し、「やーっぱなし! そんなこと思ってない。告白されるのは男にとって名誉なことだしな」と言ってごまかしてみる。
嘘をついているところもあるけど、本当に思っているところもある。付き合う前の俺もそう思っていたからだ。
「......俺は中学まで『ごめん、無理』って冷たく断ってたんだ。高校に入ってからも同じだったんだけど、好きな人ができてからは『ごめん、好きな人いるから気持ちは受け取れない』って断るようにしてる。それは今でも変わらず」
俺の目をじっと見つめながら真剣に話す涼臣。
(好きな人は俺のこと、だよな。そうなんだ)
涼臣のことが知れて、好きな人がいるからと言って断ってくれたことが心のモヤっとした感情がすっきり晴れて笑顔になれた。
「俺のことが好きって言ってるんだ?」
俺は嬉しさのあまり意地悪にそう聞いてみるが、涼臣は凛とした顔で返してくる。
「正確には好きな人だね。俺は明良がいいなら付き合ってるって次から言うけど」
意地悪そうな笑顔を向けて聞いてくる。勝手に思っていたことだが、涼臣は付き合っても周りに自慢したり見せびらかしたりしない人だと思っていた。
そんな涼臣が俺と付き合ってると言ってくれるらしい。不安と恐怖もあるが、今は嬉しさの方が上回っている。
「うん。次からは恋人いるって話してよ。たとえ女子に僻まれていじめにあったとしても挫けたりしないから! 逆に上手く取り合って味方にしてやる」
思っていた反応と違ったのか、目をぱちくりさせている。俺だって、人気あるお前が恋人で隣で幸せそうに笑っているんだって自慢したい。
「明良は強いね、カッコいいや。俺も恋人は可愛くて好きなんだって自慢しようっと」
カッコいいと言われて浮かれている俺の今の顔は、正直言って気持ち悪いと思う。だけどカッコいい・好きと言ってくれるのは涼臣だけだと思う。
誤解が解けた俺たちは駅に向かって再び歩き始める。道中はいつも通りあったことや実たちのこと。駅に着けば、手を振って別れる。こうやって離れる瞬間が、まだ恋しい。
電車に乗っていると、早く明日にならないかなと思うことが増えた。この気持ちに気付くと、俺も恋をしてるんだなと幸福感を感じて幸せになれた。

