翌日の朝、実のキックした足が俺に当たり最悪な目覚めになった。
(昨日はこっちで寝たのか……)
 俺には自室があるが、たまに一緒に寝ようと2人にお願いされて、布団を並べて寝ていた。
 普段だったら蹴られたりして最悪な目覚めが来ると苛立ちながら起床するが、今日は許してやろう。俺は昨日のことで気分がいい。
 みんなを起こさないようにそっと布団から抜け出して、洗面所に行って顔を洗う。
 目を覚ました俺は自室に戻って着替えてから、エプロンを羽織って朝ごはんの支度に取り掛かった。
 準備を終えてずっと寝ている実と栞を叩き起こす。
「実、栞、朝だぞ。ご飯できてるから食べな」
「うーん......、おはようお兄ちゃん」
 すぐに起きて自分で用意をしてくれている栞はとても助かっている。どちらかといえば実は起きなさすぎて困った通り越して心配なる。
「おい実、いい加減起きないと遅刻するぞ。兄ちゃんもう出ないとなんだから起きてくれよ」
 いつまでも起きない実を一旦ほったらかし、朝ごはんを急いで食べる。
 食べていると横に置いていたスマホに通知が。
 画面を開くと涼臣からで、【朝、少し会えない?】とメッセージが入っていた。
 俺からしたら、昨日の今日で約束して会えることが涙が出るほど嬉しかった。
 俺はすぐに【少し遅く成りそうだけど大丈夫!】と返事を打った。
 先に箸をつけていた栞より先に食べ終わり、食器を片付けて再び起こしに行く。
「実、起きろ。まじで遅刻する(俺が)」
 体を起こしてやるとしばらくはウトウト頭を揺らしていたが、力が抜けたのかバタンと倒れて寝てしまった。
(あちゃー、こうなったら起きないな)
 頭を抱えていると食べ終わった栞が、こちらに来て一緒に起こしてくれる。なんて優しい子なんだ。
「お兄ちゃん先に学校行っていいよ。私が起こすから」
「え、でも」
 栞の顔を見ると頼もしいお姉さんのようで信頼して任せることに。
「じゃあ悪いけど頼むな。行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい」
 俺はリュックを背負って学校へ向かった。できるだけ早めに学校に着けるように走って駅へ向かう。
「早く、学校へ!」
 ホームに着いた時、タイミングよく乗る電車が来ていて乗り込んだ
さっきまで日常すぎて忘れていたけど、一目でいいから涼臣の顔を見てから教室へ行きたい。
 息を整え外の景色に目を移す。いつもと見ている風景は変わらないはずなのに、キラキラして見える。
「これからもこうやって、一日のどこかで会うことできるかな?」
(毎日は無理でも、早く来れた日だけとか。お昼に弁当作ったら食べてくれたら......)
 涼臣としたいことを挙げて、想像を膨らませていると学校の最寄り駅に着いていた。
「ひとまず聞いてみるか」
 迷惑になることはしたくない。でも会えたなら、その日は頑張って過ごせる気がする。
 付き合ったから欲が出てきてしまっている。仕舞い込まなきゃと思うほど大きくなる気持ち。
(......早く会いたいな)

 駅に着くと同じ学校の生徒がゾロゾロと降車していた。混み合う中、隙間を縫って走っていく。
 すれ違うクラスメイトから「おはよう」と挨拶されても、さっと振り返って同じ返事をする。
 靴を履き替え向かった先は涼臣のクラス。ゆっくり深呼吸をして息と乱れた髪を整える。
 いざ歩き出した足は、いつもより緊張で強張っているのか重く感じる。
「涼臣、おはよう」
「あ、明良。おはよう」
 自分の席に座っていた涼臣が、こちらに来てくれる。
「まだ時間ある? ちょっと話そうよ」
 嬉しさのあまり即座に返事をした。場所を移し屋上へ連れられてきた。
(屋上って入れるのか)
 新たな地へ足を入れるときはワクワクする。
「ここって入れるんだ。知らなかった」
 思わず感想を伝えると「本当は立ち入り禁止だけどね」と笑って返された。優等生だと思っていた涼臣は意外な武器を隠し持っていたらしい。
「昨日は大変じゃなかった?」
 フェンスにもたれ掛かるように座ると、涼臣も隣に腰掛ける。風が吹いて寒いはずなのに体の左側が熱い。
「まだマシな方だったよ。スーパー過ぎた後に言われたら嫌になってたけど」
 苦笑いを見せるもこちらを愛おしそうに見つめている。なんか、恥ずかしく……。
 目を合わせている時間が長い。
(キスするのかな。昨日の今日で早いけど、好きな人なら……)
 だんだん距離を縮め、お互いの唇がもう少しで重なる。となった時、タイミング悪く予鈴が鳴ってしまった。
(あ、ヤベ。HRあるっけ? 峰崎先生来るじゃん)
 先に教室へ帰ろうと一言伝えようとした。すると涼臣に手首を握られ動けなくなってしまう。
「明良がよかったら、今度双子ちゃんに会わせてよ。手土産にプリン持っていくから」
「え、うん。来ていいけど」
 申し訳ないがそれは今言う必要があったのかと言ってしまいそうになった。危ない、危ない。
「やった」
 一瞬見せた子供のような笑顔が俺の心を打ち抜く。かわいい。
 早く行かないとなのに、もう少し一緒にいたい。
「涼臣、もう少しだけ一緒に……」
 ______キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン。
「なんでもないや、授業頑張ろうな」
(まだ言えない。反応違った時が一番トラウマになる)
 掴み返した涼臣の制服の袖を離したが涼臣は手を繋ぎ返す。
「行く前にキスしていい?」
 俺が思っていても言えなかった言葉をスッと出してきている地点でイケメンだ。好き。俺の答えはもちろん。
「ん、いいよ」
 俺の唇と涼臣の唇が今度こそ交わる。一回は胸元を握って合図する。離れて息が整うのを待ってくれる涼臣。
(......キスってこんなに気持ちいいんだ)
 恋愛初心者の俺には満足できるキスだった。それより、涼臣以外できない。
 涼臣の顔を見ると、頬を赤くして獲物を狙う獣のような鋭い目を向けていた。
(もう一回だけ、いけるかな......)
 そんなことを思っていると、ついに時間になり本鈴が鳴って中断させられてしまう。
「あ、もう時間か......。今度こそ戻らないと。一緒に戻る?」
「いや、先に戻って。もう少しだけ風に当たるから」
 涼臣は心配そうな顔をしながら一人で教室に帰っていった。その背中を見送った俺はHRを初めてサボった。
 HRどころじゃない。俺は何てこと思ってんだ。自分じゃないみたいな思考が恐ろしくも、本心であると自覚した。
(この気持ちは抑えられるものなのか?)
 だけどわかったことは、好きな人とするキスは、幸せな気持ちになるっていうことだった。