「帰ろっか。送るよ」
 涼臣は、くっつけていた体を離してベンチに置いていた鞄を取った。
(あ、離れちゃった)
 寂しく思っていたのが顔に出てたのか、校内なのにも関わらず涼臣がスッと手を繋いできた。
「え、すず、甘宮くん!?」
 放課後で生徒が少ないとはいえ、男と手を繋いでいるところを見られては涼臣の人気が地に落ちて迷惑をかけてしまうだろう。
「甘宮くん、誰かに見られたら......」
「周りは関係ないよ。俺が繋ぎたいから繋いでいるだけ」
 俺の心配とは裏腹に、涼臣は気にする様子はなく自分の意志に従っていた。
 涼臣も同じ気持ちを持ってくれているんだと知り、俺も繋いでいる手を握り返した。
「こうして穂積と手を繋げて夢みたいだ。本当に嬉しい。ねぇ、穂積。俺のこと名前で呼んでよ」
 爽やかな笑顔がこちらを向くと、たまたま通りかかった女子たちが耳を痛くするほどの悲鳴を上げる。その上、倒れた女子も現れる始末だった。
(いつも無表情のイケメンの笑顔は破壊力ありすぎるだろ)
 俺も笑顔に魅入られた一人として、絶対赤くなってしまっているだろう、いや絶対赤くなっている。腕を口元まで動かし顔を隠すが、隠しきれてなくて意味ない気がする。
「おーい、穂積?」
 さっきまで笑っていた顔がいつものように無表情に戻り、こちらを覗いている。
 無表情に戻っても変わらずのイケメンさ。さすがとしか言いようがない。
「あ、ごめん。じゃあ、涼臣って呼ばさせてもらいます。俺のことも明良でいいので」
「うん、ありがとう。あと敬語やめようね明良」
 早速の名前呼びに心臓が飛び跳ねる。

 引っ張られるように手を引かれ、門へ向かって歩いている。
 緊張して、いつもよりだんまりになっている俺を気遣って話を振ってくれる。
 情けないと思う反面、新しい一面を見れて嬉しいと思ってしまった。
「そういえば明良は電車通学だったよね。送るよ」
 涼臣の父親は有名企業の社長をしてるため、車での送り迎えが日常だった。俺が乗っていいような軽自動車や中古車ではなく高級車だ。気まずいたらありゃしない。
「電車だけど、わざわざ送ってもらわなくても......」
「安心して、歩いて送るよ」
 まるで、俺の心の中を読んだかのような回答が返って来た。呆けている顔を見せていると、涼臣からフフッと小さくかわいらしい笑い声が聞こえてくる。
 見られていたことに気付くと「あ、ごめん」と可愛く謝ってくる。
(俺の顔を見て笑顔になるなら、いつまでも見ていてほしい)
 変態チックなことを思っているが本人には伝えていないからセーフだろう。

 門を越えてお迎えに来ていた車には乗らず、駅に向かって歩き出す。
「なんで送ってくれるの? 家反対方向だったよね」
「なんでって、好きな子を送っていくのは普通じゃない?」
 やっぱり大人な一面を持つ涼臣は、紳士な姿も備え持っていた。さすがだと心の中で称賛する。
(こういうところも好きだな。あの頃と変わってない)
 初めて一緒に帰っているとは思えないほど自然に話をして帰っていた。
 好きな教科や苦手な教科、趣味に家族構成などお互いを知れるような情報を交換していた。
 俺にはお母さんと弟、妹と住んでおり、涼臣の家はお父さん、お母さん、そして二つ上のお姉さん、厳しいおばあさんと住んでいるらしい。
「明良って犬好き? 今度アロンに会ってみない?」
 アロンは涼臣の家で飼っているオスの愛犬で、犬種はシーズーと思っていたより小型犬で、教えてもらった時は驚いた。
「犬は好きだけど会いに行ってもいいの? 迷惑じゃ」
「俺から誘ったんだし、迷惑とは思ってないよ」
 本日二度目の爽やかな笑顔がこちらを向いている。
 夕日が当たっているからか耳が少し赤くなっているように見えた。気のせいだよね。
「じゃあ、お邪魔しちゃおうかな。楽しみだな」
 付き合えたことも嬉しかったけど、涼臣の家へ行ける約束ができて最高な気分だった。

 話しているとあっと言う間で駅に着いていた。もう別れるのかと思うと悲しくなってくる。
「もうお別れか、寂しいかも......」
 ポロっと出たひとり言に、急いで口を両手で塞いだ。
(寂しいと思うのは俺だけだろうし、恥ずかしい)
「俺も同じこと思ってた。嬉しい」
 もう涼臣の笑顔に虜にされた俺は、なんでもしてあげたくなっちゃうし、叶えてあげたくなる。(さっきと一緒で俺と同じ気持ちなら......)
「涼臣、俺と連絡先交換してくれないかな。それなら離れてても声を聴くことができるし......、ダメかな?」
 繋いでいた手を強く握り返事を待つ。
 周りは車の音や人の話し声などでうるさく音が鳴っているのに、俺たちだけ時が止まったかのように静まりかえっている。
(まだ早かったか? それとも迷惑だった?)
 最悪な方に思考が走っていく。涼臣の方を見ると固まって動かない。
「ど、どうした?」
 涼臣の肩を揺らすとハッと意識を取り戻した。
「ごめん、可愛いこと言ってくれるから困惑しちゃって思わず......。連絡先交換しよう」
 涼臣の可愛いこととは、連絡先の交換のことだろうか。
 どこに可愛い要素があったのか分からなかったが、とりあえず連絡先を交換し、いつでもどこでも連絡できる状況を作ることに成功した。
 実たちに好評なスタンプで【よろしく】と送り、「ありがとう涼臣」とお礼を言うと「こちらこそ」と返ってきた。
 それと同時に実から連絡が入り、本当に分かれる時間になってしまった。
「じゃあ、そろそろ」
「うん、また学校でね」
『また学校で』そんな言葉が交わせるなんて思ってもなかった。
「うん! また明日!」

 手を振って改札の中に入っていった。
 改札を通り過ぎて振り返ると、そこには涼臣が最後まで見送ってくれた。
 その時、大切にされているんだと感じた瞬間だった。
 電車に乗るなり実に【今帰ってる。ごはん炊いてて】と連絡を入れた。
 一つ画面を戻せば涼臣の名前が家族と一緒に並んでいる。
 開ければさっき送ったスタンプと返事として帰ってきた【こちらこそ】という固い文字。涼臣らしい。
 微笑んでいると涼臣から追加でメッセージが送られてきた。
【帰ったら連絡してね、心配だから】
 付き合って半日も経っていないのにこの過保護っぷり。
 いつもは俺が心配する立場だから新鮮でなんだかくすぐったい。
【うん、わかった! 心配してくれてありがとう】
 俺は絵文字を付けて返事した。メッセージだと絵文字がないと気持ちが伝わらない、って感じている若者の意味が今わかることができた。
(でも、俺が使う意味は相手に俺の感情を知ってもらうためで......。って何を言い訳にしてるんだか)
 心の中でひとり言を呟いているといつの間にか最寄り駅に着いていたようで、緩んだ頬を直し電車を降りた。

「ただいまー」
 鍵を開けて中に入る。持っていたレジ袋を置き座って靴を脱いでいると、後ろから抱き着いてきた二つの影。
「おかえり兄ちゃん」
「おかえりお兄ちゃん」
「おう、ただいま。これ冷蔵庫に入れといて」
 帰る途中に電話が掛かってきて、「プリン食べたいから買ってきて」とせがまれ買ってきてしまったものだ。
 それに弁当に入れる食材も切れかけていたしとついでに買い物も済ませてきた。
「兄ちゃんプリン食べていい?」
 実がプリンを持ってこちらを上目遣いで見ている。
 レジ袋に入っていたものはすべて片してくれたようだ。
「仕方ないな、一つだけだからな。あとちゃんと晩御飯食べるように! 約束できるならいいよ」
 やったーと喜ぶ2人。2人のおかげでなんとか日常の風景を思い出すことができている。
「あ、そうだ。連絡」
 ポケットに仕舞っていたスマホを取り出しメッセージを開ける。
 涼臣の名前をタップし、【今帰ったよ! 帰りに弟たちにプリンせがまれて、スーパー寄ったら遅くなった】と送る。
 ただ報告だけじゃつまんないと思って、試しに送ってみる。
 するとすぐに既読がついて【おかえり、プリンせがまれたんだ。好きなの?】と返ってきた。
 すぐに返信すると、ハートを持ったクマの可愛らしいスタンプが返ってきて撃ち抜かれた。
「可愛すぎるでしょ。俺の彼氏......」
 倒れた俺は画面を見ながら幸せな気持ちで浸っていた。が、母が仕事から丁度帰ってきて「え、どうしたの、大丈夫?」ど心配されてしまった。
 現実に戻された俺は起き上がって、晩御飯の支度に取り組み始めた。