2月14日、バレンタインの日。
 いつもは弟たちの朝ごはんの用意をしたり、準備を手伝ったりと忙しい朝を送っている。
 だが今日は、既に用意している朝ごはんをラップして『チンして食べな』と手紙を置いた。
 そして俺は冷蔵庫に入れてあるアップルパイを出して、涼臣の瞳の色に似た夜空のような濃い青色の包装紙で包んだ。
「よし、綺麗に包めた。気づいてくれるといいな......。なんて、そんなの無理か。食べてくれれば十分」
 自信がないのは当たり前だ。1年の時のバレンタイン、たまたま通りかかった涼臣のクラスでチョコに埋まった机を見たことがある。その時、涼臣は「持って帰りはするけど、食べるかわからないし」と冷たく言っているのを聞いたことがある。
(まさか男から貰ってるなんて思わないだろうな)
 そんなことを考えながら、直接伝える勇気のなかった俺はメッセージカードに普段書く字より丁寧に【涼臣くんが好きです】と書いて包みに挟んだ。
 そうこうしているうちに出る時間になって、静かに玄関を開けて「いってきます」と言って学校に向かった。

 登校すると、来ている生徒は朝練をしている部活生のみで新鮮だった。静かな昇降口で上履きに履き替え、緊張しながら涼臣の教室に向けて歩き出す。
 俺が置いたとバレないように置くことが、今日のミッションだ。
 ドキドキと高鳴る胸の音が、静かな廊下に響いていると勘違いしそうになる。
 教室の前に着き扉を開ける。ガラガラと音を立てるそれは、静寂を破るのに最適だった。
(確か、この席だったような)
 涼臣と同じクラスの菜穂ちゃんに、事前に咳の位置を教えてもらっていた。
 窓側の後ろから二番目、俺も同じところに席がある。自然にできた共通点に不思議と嬉しくなった。
 涼臣の席の隣に座り、席を眺める。
(同じクラスで隣の席だったら、こうやって体を向かい合わせにして話したり席を引っ付けて教科書を見せ合ったりしてたのかな)
 あり得ない想像をしているうちに無意識に言葉が出ていた。
「涼臣、俺はずっとキミが好きです。付き合えたら嬉しいです」
 リュックから包みを出し、ギュッと抱きしめて言葉に出した。言葉にしても意味がないと諦めていたが、口に出たことで欲張りになりそうになる。
「......俺がお前を好きだって早く気付け」
 いつの間にか生徒の登校時間と被りはじめ、足音が増えてくる。急いで机の奥に隠し、俺は扉を静かに開閉してその場を去るように自分の教室に移動した。

 教室には続々とクラスメイトが登校してきて、それぞれ仲のいい女子が集まって交換会したり、友チョコと言って男子にお菓子を渡している姿が見られた。
 たまに俺のところにも「この前手伝ってくれたお礼、渡してなかったから受け取ってよ」とデコレーションの凝っているお菓子を数人から受けっとった。
 クラスの男子からは「お前は顔いいからもらえるんだな」と言って僻んでくるが、自分ではそう思っていないから苦笑いして返した。
「おはよー、穂積。ちょっといい?」
 美咲に呼ばれ教室を出て、廊下の窓にもたれかかって話をしだした。
「渡すのどうだったの?」
「直接は渡してない。机の中に入れてきた」
 美咲は「なんで?」と言わんばかりの不思議そうな顔がこちらを見ている。そう思われてもしょうがない。
「私はてっきり直接渡すものだと思ってた」
「本当は直接渡そうと思ってたんだけど、勇気出なくてやっぱり無理だったや。ごめんね、気にしてくれてたのにいい報告できなくて。心配してくれてありがとう」
 素直な気持ちでお礼を伝えると、美咲は照れくさそうに「べっつにー」とごまかしていた。

 その後は美咲の話になった。
 先生にあげるらしいお菓子はいつ渡しに行くのか、何か協力できることあるかとか話していた。
 だが美咲は「今日は私が勇気を出す日だから協力はいらないわ。だけど、もし振られちゃったら慰めてよ?」と、脇腹を突かれながら話していた。
「あのー、君が穂積明良くんかな?」
 突然、知らない男子生徒に話かけられ警戒する。
 ネクタイを見ると同じ色をしていたから2年生だということがわかる。
(こいつどこかで見たことあるような、ないような。どこだっけ?)
 思考を巡らせ、誰なのか必死に思い出そうとしているが一向に思いだせない。
(うーん、わからない。話を聞いてみて、もし変なことを言われたら断ろう)
 俺は、仕方なく話を聞くことにした。
「穂積明良は俺ですけど、どなたですか?」
「俺は佐柳一慶。甘宮涼臣の親友なんだ。君に涼臣から伝言預かってて、【放課後、中庭に来てほしい。話したいことがある】だってさ」
(話したい事?)
 昔、少し話したくらいで俺のことを覚えているはずはないだろう。
 今日渡したバレンタインのお菓子以外関わりがなく見当がつかなかったが、とりあえず「わかった」と受け取った。
 佐柳の去っていく背中を見ながら、呼び出された原因について美咲と考えた。クラスも違えば、係も委員会も違う。
 たとえ、今日入れたお菓子が俺だとわかるのはないに等しいから違うと思う。
 話し合っても原因が消えるわけではないから、放課後に中庭に行くことだけを覚えて、考えることを止めた。
(せっかく話せるなら、何か一言伝えれたらいいな)
 少しワクワクした気持ちで空を見上げていると、予冷のチャイムが鳴った。
 廊下にいた生徒が続々と教室の中に入っていく。俺も流れるように教室に入り、自分の席に座った。