「うわぁ! 兄ちゃん見てよ! 海!」
「わかったから。窓から乗り出すなよ」
「もうすぐ着くからな」
 後ろに乗って窓の外を見てはしゃいでいる実、それを注意する俺、運転する涼臣の3人で、乗る縁がなかったオープンカーに初乗りしていた。
 というか、涼臣が運転するんだと迎えに来た時にも思っていた。
 母さんや栞はというと、前に走っているいつも涼臣が乗っている黒の軽自動車に佐々木さん運転のもと乗せてもらっている。そこには莉子ちゃんもいて女子の車と分けられ、実は半分仕方なくこちらに来た。もう半分は男子会と単語を出したら無邪気にはしゃいで楽しみにしていたからだ。
「涼臣、免許持ってたんだな」
「18になってすぐに教習所に行ったんだ。いつかはこうして出かけたいなと思ってたから」
(そんなことを思っていたなんて知らなかった)
 俺とこうしたいと思ってくれていることが嬉しい。俺も本当はどこかに行きたいと思っていたが、家族のことを優先してしまったから誘いづらかったんだよな。
「ねぇ、聞かせてよ。どうして兄ちゃんと涼臣くんが付き合うことになったのか」
 この話題が実から来るとは思ってなくて、飲んでいた水が変なのところに入りむせかえってしまう。
 これは話した方がいいのだろうか。実を見ると目を輝かせ、涼臣に視線を移すと真剣に運転をしているからそれどころではない。
「俺は入学した時から何をしても一番でつまらないって思っていたんだけど、高校1年の時に『俺がお前を越してやる。それまで待ってろ』っていたのが強烈でそこから目を追うようになったかな」
「へぇ! そうなんだ。兄ちゃん近くまでいったの?」
「そういえば一回だけ、期末試験で俺を抑えて1位になったことあったな。俺の想像では『ほら見たか!』と言ってくると思ったけど何もなかったな。どうして?」
(期末試験で1位......。あ、あの時か)
 思い当る節がある俺は何も言えなくなって黙り込む。実が催促してくるがこれは人様に聞かせれるようなものじゃない。
「そ、ソンナコトアッタッケー?」とごまかしてみる。実は不満そうに口をとがらせていたが、涼臣まで騙せたのかどうか。
「そうか、残念」
 眉を少し下げて残念そうにしょんぼりしている。見ているこちらが申し訳ない。
 すまんと心の中で手を合わせ、顔に出さないように必死だった。
「兄ちゃんはいつ好きになったの?」
「お、俺?! 俺は......」
 話始めたタイミングで車は別荘につながる道に入り、駐車して興味は変わり話すことがなくなった。なんだか、機会を失って悲しいような話さなくてよかったと安堵したような複雑な感じになっていた。
「降りていい? 荷物運ぶ!」
「気を付けてね」
「俺らも行くか、楽しみだなぁ」
 車を降りて、トランクに入っている荷物をそれぞれ担いで別荘の入り口まで少し歩く。
 見えてきたのは2階建てのシンプルだけど豪華さが伝わる建物。なんか、口では説明できないような。
 佐々木さんが胸ポケットから鍵を出し、カチャと音を立てると扉を引いて開けてくれる。
玄関の床は大理石が敷き詰められていて、傷つけてしまったら......と恐怖する。
 リビングとキッチンは天井が高くなっていて広く見える。それに、2階に上がる階段が見えて各々部屋を案内してもらい荷物を置く。
 部屋順は階段近くから、母さん、莉子さん、実と栞、俺、涼臣、下の階に佐々木さんとなっている。
 部屋の扉がコンコンと音が鳴り、開けに行くと涼臣が待っていた。
「部屋どう?」
「うん、こんなに広い部屋に泊まったことないからワクワクしてる」
 涼臣はフフッと笑っている。そんなに珍しいものだろうか。
「窓からの景色見た? すごく綺麗だから見てほしくて」
 まだ窓の外の景色は見てなかった。いや、その前に涼臣が来たと言う方が正しいかも。
 涼臣を部屋にあげてベランダに出ると、地平線が広がる青い海が太陽の陽が照らされキラキラと輝いている。
「うわぁ、綺麗」
 言葉が出せないほど、とても煌めいている。早く近くで見たい!
「涼臣、海行こう」
「うん、じゃあ少ししたらリビングで」
 涼臣は自分の部屋に戻った。実たちにも話をすると母さんが手伝ってくれるようで一緒に準備を始めた。俺は俺で鞄の中から水着を出して着替える。高校では海に行くことがなかったから買う気なかったけど、中学の時のはどうかと思い買いなおした新品。
 緑色がグラデーションになっているボーダー柄の水着。腰で紐を結ぶタイプのものを選んでみたが、似合ってるかな。
「あ、日焼け止め塗らないと。背中は母さんにでも頼もう」
 顔周りを満遍なく塗り、腕や足、届く範囲で上半身を塗りまくる。腕があっちこっちに捻じれまくって海に入る前から疲れ溜まってしまった。
(あとは母さんに頼もう)
「明良、俺先に降りるけど良かったら一緒に......」
 さっきはノックをしていた涼臣は急に部屋の扉を開けた。別に着替えていたわけではないから、大丈夫なんだけど。
(それにしても涼臣の来ている水着ってオシャレだな)
 青色のボタニカル柄、形は一緒のはずなのに顔が良いせいか着こなしが良すぎている。
「準備早いね。俺は背中に日焼け止め塗りたいんだけど、届かないから母さんに頼んでから行くよ」
「......それ、俺がやってもいい?」
「いいけど、なんで涼臣が?」
 涼臣は何も言わず、俺から日焼け止めを取って中のクリームを出して背中を触る。
 クリームの冷たさと触り方の所為で、くすぐったくて早く終われと声を抑えながら思う。
 手は首から背中、腰に沿って丁寧に塗られる。
「涼臣、適当でいいよ」
「よくないよ。焼けるの嫌でしょ?」
 焼けるのは嫌だけど、それ以上に障るのをやめてほしい。くすぐったいんだって。
 俺は必死に声を出すことを我慢し、倒れそうになっているガクガクの足も耐えていた。
「はい、終わり。......っ」
「ふぇ? 終わった......?」
 安心してか俺はその場に倒れこむように座った。助かったけど今度からは自分でできる範囲でしようと決めた。
「明良、やっぱり......」
 何か言いたそうな涼臣の顔を見た時、ドキッとした。だって獣が、腹を空かせて飢えているようなそんな表情をしていたから。
(俺、食われる?)
 少しだけ、涼臣に対して危機感を感じた。逃げたくても、逃げ切れるのか。結果はわかっている、多分ムリ。
「お兄ちゃん! 私たち準備できたから行こう」
 タイミングよく栞が部屋に来てくれたことで危機が回避できた。
(た、助かった!)
 涼臣は大き目の深呼吸をして、「今行くね」と栞に笑顔を振りまいた。俺に手を差し出して立ち上がらせ、持っていた日焼け止めを返して「下で待ってるね」と部屋を出て行った。
「俺の勘違い?」
 あっけらかんになった俺は部屋で一人、その場で立ち尽くすしていた。

 階段を下りた先にあるリビングには、水着に着替えている実と栞、涼臣、白のワンピースを着ている莉子さんと珍しくスカートをはいている母さんが待っていた。
「ごめん、遅れた」
「兄ちゃん遅れたらダメだよ。たくさん遊ぶんだから、早く行かないと日が暮れちゃう」
 そんなに遅くまで遊ぶんだと思いながら、背中から押され玄関に向かう。
「母さんと莉子さんはどうするの?」
「私たちはここで楽しく過ごしてますよ。ね、瑞樹さん」
「えぇ。だから、こちらは気にせず遊んできてね」
 みんなで一斉に「はーい!」と元気よく返事をした。そして、サンダルを履いて必要なものを持って海へ出かけた。

「「海だーーー!!!」」
 実と栞が同じことを言っている。前にもこんなことあったな。
「気をつけるんだぞー」
 二人は海へ一直線に走っていく。砂だからとはいえ、貝殻やたまにゴミも落ちているから慎重になることもたまには大事だ。
 二人きりになった途端会話がない気がする。砂の上に折り畳みの白いでかい椅子を置き、その近くにパラソルを指して、快適に過ごすための基地を作りながら話をしていた。
「涼臣は海久々?」
「そうだな、高校1年生頃に莉子に誘われて嫌々来てたな」
 意外な返答に反応が困る。でも、今回の旅行を提案してくれたのは涼臣だと莉子さんから聞いている。
「明良は? いつぶり?」
 考えると記憶にあるのは、小学2年生の時くらい。3年生になった時に実と栞が生まれたから。
「多分、小2かな。そのあとは、連れて行ってもらった記憶ないかも。いや、行かないって言ったのかも」
「どうして?」
「父親がいなかったのと、家が裕福じゃないから贅沢かなって思たのかも。だから、あいつらにとっての海はこれが初めて。本当に誘ってくれてありがとう」
 言い忘れていた感謝の言葉を伝える。涼臣も嬉しそうに「連れてきてよかった」と控えめに言っていた。

「兄ちゃん! すごいよ、魚いる」
「お兄ちゃんこっちに貝殻あるの」
 二人から呼び出され、浮き輪を二つ持って海に行く。涼臣も行くかと思っていたが、荷物番をしてくれるようだ。
 二人を海に入れてみると、楽しくはしゃいでいる実と波が来るのが怖いと思っている栞に見事に分かれてしまった。栞は浮き輪から水中眼鏡を覗いて貝殻を見つける楽しみは持っていたらしいから、まぁ安心。
 程よく海の中で遊び、次は砂浜で城を建てると言っていた。二人で共作をするらしく、近くで見守っていると、取ってきた貝殻を飾りに飾っている。なんとも可愛い。
 涼臣にも見てほしくて振り返ると、女性二人に話しかけられている。
「は......?」
 自分でも驚く低い声が口から出ていた。それほど、即座に嫌なことだった。
 実たちにここでいるようにと伝え、俺は涼臣の元に大股で歩いていく。
「あの、すみません。こいつに何か用ですか」
「あ、お友達! 君も一緒に遊ばない?」
 話し方、近くで見た肌感、女子大生くらいだろうか。涼臣の顔で近寄ってきたようだが、そういうわけにはいかない。
「すみません、こいつ俺の彼氏なのでナンパお断りです」
「え、あ、はい......」
 女子大生の二人は「すみませんでした」とそそくさと立ち去っていった。
(話せばわかる人たちだったのか。なんか、申し訳ないことしたかも)
 二人の影を見つめていると、涼臣が後ろから抱きついてくる。もしかして何かされたのか?
「明良、カッコいい......」
 思いがけぬ言葉に戸惑う。カッコいい??
「いやいや、何が!」
 抱きついてきている手をどかして、向かい合わせにさせる。何かが引っかかる。一つ一つ整理して考えるとある一つのことが明らかになる。もしかして。
「涼臣、わざとナンパを払わなかったのか?」
「......そんなことないよ」
 言い淀む空白がなんとも怪しい。
 腕を組み、じっと見つめると観念したように言い訳を始めた。
「俺から言ったけど、明良ともっと二人でいたいなって。そこに、お姉さんが来たからチャンスではと思いました」
 それは悪いとは思うけど、お姉さんにも悪くないか? とツッコミがされる。
 犬の耳さえ見えてくる涼臣の姿にきつく言うことができない。
「帰ったら二人の時間作るから、今はみんなで遊ぼ」
「約束ね」
 俺たちは指切りをして、実たちのところに行った。少し離れていただけなのに、すごく立派な城が建造されていて、驚いた。
 完成後は、写真を撮って帰ってから母さんに見せた。「すごすぎる」と親バカになって、すっごく褒めていた。