季節は夏、外はジリジリと暑く歩くのもやっとという日が続いている。学校も夏休みに入り、俺は涼しい店の中で絶賛バイト中だ。
 休みに入ったからと言っても涼臣とどこかへ行くという話をしているわけでも会うと約束しているわけでもない。
 どちらかと言えば、長期休みがあるなら俺は働いて少しでも家計を支えたい。
 それに実たちから「海に行きたい! 連れてって!」とせがまれてしまったから余計に頑張らないと。
「明良、これ上の階の5番さんに」
「はい。それと下の3番さんからウーロン茶とクリームパスタのセット入りました」
 灯さんが作った料理と入れ替えに新しい注文の紙を指定の位置にあるマグネットに挟んでいく。
 夏休みに入ってから休む暇がないくらい賑わっている。今日はママ会みたいなのが開かれていて、子供も多く一階で騒いでいた。
(今日は一階がいっぱいになったら二階に通すように言われていたけど、すぐに埋まりそうだな)
 俺は急いで二階に行き、お客さんの注文された品を出す。それにしても二階は静かな分、涼しさが倍増している気がする。
「お待たせしました、こちらご注文のアイスコーヒーです」
「ありがとう」
 お客さんに一礼し、階段を下りていく。俺がいない間の数分で、一階はカウンター席を除いて埋まってしまっていた。
(ママ会をしているテーブルが開けば、お昼は余裕ができるが......まだいそうだな)
 半分諦めた気持ちでいると、背後からお客さんが来た時になるベルがカランカランと鳴った。後ろを振り返り「いらっしゃいませ」と笑顔でお迎えすると、莉子さんと一緒にいる涼臣がいた。
「あ、穂積先輩お久しぶりです! 二人とも仲直りできて本当に良かったです」
「これは違うんだ、店の前にいたら莉子とタイミング悪く出くわして......」
 この二人の関係がはっきり分かった今は、嫉妬することがなくなった。どちらかといえば、話しかけてくれる莉子さんに対して涼臣の方が嫉妬して牽制していることが多くなった気がする。
「ねぇ、あのカップル美男美女じゃない?」
「あら、ほんとね」
 ママ会をしていた人たちが涼臣たちに気が付き、コソコソと話していた。
 あまり関わらせない方がいいかと、二階に案内しようとした時、通路で遊んでいた子供の一人が周りを見ずに走って、莉子さんにぶつかり尻餅をついた。
「うわぁぁぁん」
 店全体に聞こえる泣き声にスタッフもお客さんもこちらを一斉に見てくる。
「え、どうしたの」
 その子の母親だと思われる女性が子供に近寄りケガがないか触って確かめていた。
 莉子さんの方はどうかとみると、スカートに飲み物のシミが付いていた。
「り、莉子さんスカートが。あ、拭くもの持ってきますね」
 俺は走ってタオルを裏から持ってくる。莉子さんはタオルを受け取りトントンと濡れた部分に当てている。
「申し訳ありません! クリーニング代お支払いします」
「これくらいなら全然大丈夫ですよ。気にしないでください!」
 笑顔で対応していた莉子さんは、そのお母さんよりも大人に見えた。子供もお母さんに突かれ、泣きながら「ごめんなさい」と謝っていた。
 一件落着といったところに灯さんがやってきて一言。
「お客様、当店はお子様も大歓迎なのですがご注文の料理を運ぶために通路を行き来します。ですので、安全に快適にお過ごしいただくために、ご協力のほどよろしくお願いします」
 笑顔に含まれた圧が響いたのか、「失礼しました」とそそくさと会計をして退店していった。
 はっきり発言ができる灯さん凄いなと感心してしまう。
「さぁ、片付けるわよ。もう少し待ってくれたらここに座ってもらって」
「はい。だって、少し待ってて」
 気持ちを切り替え、灯さんの指示の通り食器を片付け、クロスでテーブルを拭いて綺麗にした。そして、その席に涼臣と莉子さんを座らせた。
「何にします? 涼くん」
「俺はミートパスタで食後にアイスコーヒーを......って、なんで俺が莉子と食べないといけないんだ」
「いいじゃないですか。二人で会ってしまった時はややこしい事態にしてしまいましたが、今日は穂積先輩がいる前ですし怪しくないです」
「そうじゃないだろう、莉子......」
 頭を抱えている涼臣に苦笑いが零れる。
 莉子さんの名前を呼んでいるじゃんって? それは俺からお願いしたこと。
『昔から名前で呼んであげているのに、俺のせいで変わるのもかわいそうだから莉子さんは特別に許してあげる』と若干上から目線で。
 メニューを眺めている莉子さんは、今では俺とも仲がいい。それに美咲のことをお姉さまと呼ぶくらい慕っている。
「決めました! ほうれん草とキノコのパスタで、食後にストロベリーティーとチョコケーキをお願いします」
「かしこまりました、少々お待ちください」
 俺は注文されたものをメモしキッチンに戻った。
「灯さん、2番テーブルからミートパスタとほうれん草とキノコのパスタ入りました。食後にデザート頼まれてます」
「はーい。それにしても2番テーブルのお客様、前に来店された事あったわよね。明良とはどういう関係なの?」
 灯さんはフライパンでパスタにソースを絡めながら興味津々に聞いてくる。
「莉子さんは後輩で、涼臣は……」
(彼氏。って言いたいけどどんな反応されるのかな)
 俺は言葉の続きを紡げず黙ってしまう。
 最近では同性とのお付き合いが認められる世界にはなってきている。だけど、認めていない人もいるにはいるのだ。
 灯さんも、母さんも認めてくれないなんてないと思う。もし体の弱い母さんに伝えたら、倒れてしまうんじゃないかって心配と恐怖が巡ってくるんだ。
「急に黙ってどうしたの? 体調悪い?」
 灯さんの声と触れられた手で意識が戻る。横の台には出来上がって皿に盛られているパスタが二つ。
「ううん、元気」
「そう? じゃあ、これ2番テーブルに」
 涼臣たちのテーブルにパスタを届ける。
「お待たせしました、ミートパスタとほうれん草とキノコのパスタです。食後のデザートは、お伝えしてくださればお持ちいたします」
「ありがとうございます、穂積先輩」
「今日、明良は何時に終わる?」
 料理の写真を真剣に撮っている莉子さんと裏腹に涼臣は俺に用事があるようで。
 店内にかけられている時計は13時30分を指しており、「えーっと、15時に上がるかな」と答えた。
「じゃあ、待ってるから少し話させて」
(話? もしかして別れ話......)
「顔青ざめてるところ悪いけど、違うからね。夏休みのお誘いだから」
 少し焦った声を出して俺の勘違いを止めてくる。ってか青ざめてたんだ、俺。
(自分で顔を見ることができないからあまり想像できないけど、どんな顔なんだろう)
よく分からない興味を持ってしまったが、青ざめるという単語で先程のことを思い出す。
(相談すべきか?)
多分このままにしていると、一人で悩みまくっているだろう。
「あのさ、涼臣少しだけ時間くれない? 灯さん、叔母に、涼臣のこと彼氏だって紹介したい」
「え? 先輩今なんと」
 写真を撮っていたはずの莉子さんが手を止めて、涼臣より先に反応している。涼臣はというと、口を大きく開けて呆けている。
「チャンスですよ、涼くん! いいところを見せるチャンス......ってどこ見てるのよ!」
 興奮した莉子さんに頬に軽くビンタが入る。見ている俺としてもとっても痛そう。
「いっ......、何するんだよ莉子」
「それより! 紹介のことよ」
 頬を抑えて痛いとアピールしていたが、莉子さんの一言で吹っ飛んだように話が変わる。
「そうだ、その叔母様に紹介とはいつ......」
「俺が上がってからすぐに」
 二人は顔を見合わせてキョトンとした。言いたいことは「今とはどういう......」だろうな。
「このお店は叔母が経営しているカフェなんだ。だから料理を作っているのも叔母で」
「「な、なるほどー」」
 二人の声がタイミングよくかぶって同じことを言っている。
「まぁ、いいのではないですか? 他にも挨拶するべき大切な人はお互いいるとは思いますが、第一歩として踏み出してみても」
 俺は涼臣の顔を見た。涼臣もこちらを見ている。
(莉子さんの言う通りだな、うん)
「俺は大好きな彼氏として紹介したい。涼臣は、俺のことを紹介してくれないの?」
「そうだね、俺も明良を可愛くて大好きな自慢の彼氏だって紹介したい。だから、紹介して」
 話がまとまり、俺はバイト時間の15時まで働いて、終わった後は二人のいる席でご飯を食べた。

「よし、行くか」
 俺たちは莉子さんに見送られ、席を立ってキッチンのあるカウンター席へ。
 料理を続けている灯さんはこちらに気付いていない。スゥっと深呼吸して、灯さんに声を掛ける。
「灯さん、少しいいかな?」
「ん? どうした、明良」
 こちらに視線を向けた灯さんは何か感じ取ったのか、「今作っているので終わるから、少し待ってな」と料理の手を再度動かした。
 料理をしている手さばきは、幼い頃に家で母さんの代わりにご飯を作ってくれた時と変わらない。

「千夏、これ持っていったら上がっていいから」
「にゃーい了解です、お先に上がります」
 千夏は頼まれて料理を持っていき、バックヤードに帰っていった。
「ごめん、だいぶ待たせたね。話とは何かな?」
 キッチンへの出入り口に近い開いているテーブル席に、面談のような感じで二対一で向かい合って座る。俺たちを見ている目は、鋭いように感じて萎縮してしまう。
(何を言われるんだろう、否定? 歓迎? 拒否? 喜び?)
 冷や汗が額にも背中にも流れる。すると、膝の上にグーで乗せていた手を涼臣がテーブルの下で握ってくれる。手が触れた瞬間、不安に思っていたことが嘘のように離れていく。
(大丈夫、大丈夫)
「俺、さっき莉子さんのこと後輩って言ったの覚えてる?」
「あぁ、そうね」
「涼臣のことは話せないまま終わっちゃったから、言いたくて」
「仲良くしているなら、別に教えてもらえなくてもいいのに」
 笑いながら、そう答えてくる。普通の友達ならそれでもいいけど、今日はそういうわけにはいかない。
「そういうわけにはいかないんだ、だって涼臣は俺の彼氏だから」
 灯さんは驚いた表情を浮かべている。当たり前だろうなと思った。
「......それは、すごいわね、今時って感じ」
「嫌に思わない?」
「私はなんとも思わないね、逆に嬉しさや羨ましさがあるよ」
 灯さんは話してくれた。
 人生を共にする人を探すのにマッチングアプリを使ったりしたけど、自分には見合う人がまだ現れていないらしい。
 だけど、焦りを感じていた時に妹である俺の母さんが俺を出産して触れたことで意識が変わったらしい。
「明良が決めたことなら私は応援する、出会った時からその気持ちは変わらないよ」
「うん、ありがとう灯さん」
 でも以外だった。料理も掃除も家事全般できる灯さんに相手がいないことにずっと不思議に思っていたから。
「俺からも挨拶させてください。明良くんとお付き合いさせていただいている甘宮涼臣です。。明良くんに出会うまで死んだような生活を送ってきましたが、明良くんの元気な姿が言葉が俺を救ってくれました。彼を一番好きなのは俺だと言い切れるほど愛しています」
 いつも以上真剣に話している涼臣は、カッコいいが内容が内容だから恥ずかしい。
「真剣に思ってくれているなら、大丈夫ね。これからも明良をよろしく」
 灯さんは涼臣に手を差し出し、握手を求めている。それに応じるように涼臣は受け取った。

 一段落して、莉子さんのいる席へ戻った。結果を伝えると、莉子さんは喜んでくれてこちらとしても嬉しくなる。
「では、この話をしても大丈夫そうですね」
「そうだな」
 涼臣と莉子さんが話している内容を全く知らない俺は、何を話されるのか怖くなる。
「明良さん、行きましょう! 海へ!」
「......海??」
 一瞬何を言われたのか分からず、反応が遅れる。
(今、海って言った? あの水がたくさんある?)
「夏休みにどこにも行かないのはダメって莉子に言われて、うちが所有している別荘に海が近いのあったなと思って。この前電話で弟さんたち行きたいって言ってたし、一緒にどう?」
 夏休みの間は電話で終わるものだと思っていた。今日会えただけでも嬉しいのに、電話の内容を覚えててくれた上に、遊びにも行けるなんて。こっちとしては弟たちも連れていけて、願ったり叶ったり。
「行く! 高校最後の夏を楽しく過ごしたい!」
「じゃあ、行きましょう!」
「あぁ、今から楽しみだ」
 みんなが行く気満々になったところで、予定を組みだし始めた。日程はいつにするのか、何をするのかいろいろ考え計画した。
 家に帰ってからみんなに話すと、実と栞は大喜びで母さんは信じられないと言わんばかりの奇跡に満ちた顔をしていた。
「え! ホントかよ兄ちゃん!」
「海に行けるなんて夢みたい! 水着買ってもいい? お母さん」
「あなたなち、一旦落ち着きなさい。明良はどうしてその話になったのか教えてちょうだい」
 涼臣の存在を知っている母さんに、バイト先に来た涼臣から海に行こうと誘われたことを話し、付き合っていることを話すのは今だと躊躇いもなく付き合っていることを伝えた。
 やっぱり初めは驚いているようだった。灯さんの時と同じく心の中では不安でいっぱいで、怖かった。あの時と違って隣には涼臣がいないから。
(やっぱり別日に言えばよかったかなぁ、しくじったか?)
 若干泣きそうにながら、この話早く終われと顔が無意識に下を向いてしまう。
(でも、母さんには自分が伝えるって決めたんだ)
 向き合わなといけないといけない場面だと再認識できたことで母さんに視線を合わす。母さんの表情は拒絶や否定というより安堵しているように見える。どうしてなんだろうか。
「そうだったのね、明良が選んだ人なら安心して任せられるわ。あなたは昔から家族のために頑張ってくれていたの知っているわ。だから、自分が幸せになる道を進みなさい」
 この言葉から認めてくれているとわかる。今まで、父がいない家族のことは俺が代わりとなって支えないといけないと幼い頃から感じて、自分から行動すことが責任とまで思っていた。
「俺、今幸せだよ母さん。母さんのことして、穂積家の長男で生まれることができて良かった」
 母さんは俺に抱きつき静かに涙を流す。首に当たる吐息がくすぐったい。けど、俺はこうして抱きしめて幸せを願ってくれる母さんが好きだ。俺も手を背中に回し抱きしめる。甲できることが親孝行の一つだと思うから。
「あ、海に行く話に母さんも入ってるんだよ。涼臣が家族でって誘ってくれたんだ」
「え、それはさすがにもうし訳ないわ......」
「別荘だから誰もいないし、母さんにも休んでもらえたらって気遣ってくれたんだ。行こうよ、久々の海」
「じゃあ、お言葉に甘えようかしら」
 母さんの了承を得て、すぐに涼臣に電話する。みんなに聞こえる場所で話していると俺の横から「「涼臣くん、海連れて行ってくれてありがとう!!」」と耳を塞ぎたくなるほどの大きな声が響く。
(今度加減を教えてやらないとな)
 母さんも俺から電話を替わるようにジェスチャーをしてきて、渡すと丁寧に挨拶とお礼をしてくれている。
(今度、会った時俺もありがとうって伝えよう)
 電話が終わった時には涼臣と母さんは仲良くなっていて、「会うのが楽しみ」と口を並べて言っていた。