俺は初めから避けてばかりだった。
 涼臣を好きになっても告白せず1年は過ぎたし、告白をしようと覚悟を決めても勇気が出なくてバレンタインのチョコレートに託した。その結果、涼臣から告白してくれた。
 涼臣は優しいくて甘いから、俺の先回りをして色々と行動してくれた。それに気持ちだって伝え続けてくれた。
 俺は甘えて、何も自分から行動したことがなかったことにひどく後悔した。
 今回も涼臣が会おうと探してくれていたのに、隠れて、嘘ついて、逃げ回っている。こんな恋人、嬉しいはずない。
「話さなきゃ。涼臣になんと言われたとしても」
(たとえ、嫌われて別れることになってしまっても)
 俺はバックヤードに移動し、ロッカーに入れてあるスマホを取りだした。メールが画面を開き涼臣のアドレスを選択する。
【避けててごめん。明日、話がしたい】
 自分勝手な文章に笑いか零れる。もう、涼臣が俺のことをどう思っていたとしても、話をすると決めていた。
 思い切って送信する。返ってくるまでドキドキしっぱなしだ。
 待っている間、着替えているとポンっと通知音が鳴る。
 黒くなっている画面を触ると画面が明るくなり、一番上には涼臣からの返信が来ていた。
【もちろん。俺も会って話したい。学校の家庭科室に来て】
 シンプルだけど、涼臣らしい一文だった。一つの疑問はどうして家庭科室なのかだったが、そんなのどうでもいい。
 俺は誰よりも先に退勤して店を出て、電車に乗っている間に話したい内容をまとめた。
(俺はあの子との関係が聞きたい。そして俺は自分の涼臣が好きって気持ちをちゃんと伝える。その二つが明日聞かないといけない事だ)
 駅から歩いていると一番煌めいてる星が見え、「俺に勇気をください」と叶うかわからない願いを星に込めた。

 家に着くと実たちが迎え入れてくれた。
「兄ちゃんおかえり!」
「もうご飯だよ、早く手を洗って」
 母さんの手伝いをしている二人が、俺にも世話を焼いてくれている。頼もしくなって。
 そんな親みたいな視線を向けていたが、部屋に入ってすぐ台所にいた母さんに話しかけた。
「ねぇ、母さん。明日、早く出ないとなんだ。朝、実たち頼んでいいかな?」
「もちろん、いいわよ。いつも見てもらっているしね。あ、朝ご飯作っておくからそれ食べていきなさいな」
 何も聞かず、受け入れてくれる母さんの優しさが心に染みる。思わず泣きそうになった。
 涙をこらえて、ただ一言「ありがとう」と伝えた。

 朝、俺は珍しく6時前に目が覚めた。
 俺は洗面台で顔を洗い、部屋に戻って制服に着替える。台所にある冷蔵庫を開けると、昨日言っていた朝ご飯が置いてあった。その横には弁当もある。
(ありがとう、母さん。俺ちゃんと涼臣に気持ちを伝えて、その後、恋人として変わらなくても、友達に戻ったとしても紹介するね)
 俺は静かにご飯を食べた。食べ終わった後は食器を洗い、部屋にリュックを取りに行って弁当を持って音を立てずに家を出る。
「いってきます」
 俺は通いなれた通学路を一人歩く。まだ通勤ラッシュの時間帯ではないから、道も電車も空いている。
 学校に着くと、靴を履き替え教室に行った。リュックを置いて、スマホだけを手に持って家庭科室へ向かって歩いた。
 誰ともすれ違わない廊下にバレンタインの日を思い出す。
(あの頃もドキドキしながら涼臣のクラスに行ったんだっけ)
 階段を上りきると家庭科室が見える。階段が目の前まで来て、心臓の音が耳まで届いている気がした。
(大丈夫、大丈夫)
 家庭科室の扉の前まで来て、緊張をほぐすように胸に手を置いて深呼吸する。
 扉を開けると、真ん中の調理台に肘をついて涼臣が待っていた。
 扉をスライドした時のガタッという音で涼臣の視線はこちらを向く。俺は中に入り、邪魔されないように扉を閉めて涼臣のいる方へ。
「明良。久しぶりだね」
「うん、涼臣久しぶり」
 ぎこちない挨拶が交され気まずい空気が流れる。二人とも先にどちらが喋るのかと様子を伺っていたが、俺は我先にと声を出す。
「......あのさ。まず、避けて涼臣に会わなくてごめんなさい。それにメールも電話も返さなくてごめんなさい。すごく嫌な奴だったと思う」
 俺は体を90度に曲げて、頭を下げた。
「俺が避けてたのには理由があって、ずっと話すか迷っているうちに避けてて」
 言い訳にしか聞こえない言葉の羅列に、苦しくなってくる。涼臣の顔を見ることができなくて、俯いてしまう。
 そんな資格、俺にはないのに。
「俺が、知らないうちに何か明良の気に障ることしたんだよね。何をしてしまったのか、ずっと考えるんだけどわからなくて......」
 顔をあげると困ったように目尻を下げて、苦しそうな顔をしてこちらを見ている。
(こんな顔をさせているのは、俺なんだ)
「涼臣は悪くない......とは言い切れないけど、4割は俺が悪い」
「え、俺6割も悪いことしてたの?!」
 涼臣が驚きの顔を浮かべていたが、俺は構わず話し続けた。
「俺、誕生日の準備してたじゃん」
「え、うん。それは知ってるよ」
 涼臣は続けて「誕生日のために恒例の誕生日パーティーを辞退の連絡を入れ続けてた」と話してくれていた。
 それを聞いて、「本当は女の子と過ごす予定を入れたかったんでしょ」と怒るよりも裏切られていることが本当に悲しかった。
「俺は喜んでもらいたくて必死に準備してた。ケーキも手作りしようと練習もしてた。なのに、涼臣は家庭科室で女の子と二人で会ってて。俺とのこの関係は、本命の子と付き合うことを隠すカモフラージュだったってことでしょ! それに、その子のこと名前で呼んでて。それが一番嫌だった」
「え、どういうこと? それってどういう......」
 話していると涙が流れた。大丈夫と諭していたつもりでいたけど、本当はすっごく傷ついた。それを伝えたかった。
 涼臣は初めて見せた俺の泣いている姿におろおろしながらも、ポケットから出したハンカチで涙を拭ってくれる。
「準備してくれてる期間はずっと佐柳がいたし、一人になることはたまに......。あとは従妹と会ったくらいで......。あ、家庭科室って言った?」
 俺が泣き止めるように顔周りを触りながら、声に出して誰と会ったか思い出していた。
 涼臣は家庭科室に覚えがあるようで、やっぱり会ってたんだとわかってしまう。
(聞きたくない、聞きたくない。会ってたとかはこの際どうでもいい。俺以外に名前を呼んでいることが、心の底から嫌だった。それだけなんだ)
 耳を塞ぎたくなる空白の時間に、俺は唇をかみしめて目をギュッと瞑るしかできない。だが、その空気を切り裂いたのはやはり心あたりのある涼臣だった。
「家庭科室で会った女の子だけど、やっぱりあれは俺の従妹で莉子っていうの」
(莉子......? どこかで聞いたことある名前)
 どこだったのか記憶を頼りに探していると一人該当する人物が、頭の中にはっきりと映し出された。
 この前バイト先のカフェにやってきて、俺と話をした女の子と同じ名前。それに、涼臣の親戚と言っていた気がする。
「同じ学校の1年生で、滅多に会わないというか会おうとしなかったんだけどおばあ様に言われて説得しに来たみたいで。多分その話をしているところを見られたのかも」
(一人で勘違いを起こして涼臣を避けて、嫌な思いをさせてしまった。さっさと話をしていれば、こんなにすれ違うことなんてなかったはずなのに、俺のバカ!!
 自分の失態による勘違いが今回の事態を招いてしまった。最悪だ。
「俺が、女の子の名前を呼んでて嫌だった?」
 涼臣が俺を椅子に座らせて、目線を合わせるように膝を付いた。前に涼臣にしたことと立場が反対になっていた。
 本当は一人でから回っていたことが恥ずかしいが、これ以上すれ違わないために、正直に自分の気持ちを伝える。
「嫌、だった。俺だって、ダメだとか言いたくないから女子からの告白はオッケーにしてるし、縛りたくないから言い寄ったり近づいたりすることにも目を瞑ってる。でも俺と関わりのある美咲や佐柳だって苗字で呼ん出るのに、その子は名前で」
 涼臣は俺の手を握って、たまにはポンポンと触れながら「うんうん」と相槌を打って真剣に聞き入れてくれている。
「名前で呼ばれている俺は特別なんだって感じてたから、聞いた時絶望でしかなかった。俺だけが、涼臣を好きでつらいってなった」
 止まったはずの涙が、再び目に溜まり少しづつ崩壊して頬に伝って下に落ちていく。
「明良、今なんて言った?」
 真剣に話している俺に涼臣は聞いてきた。もしかして聞いていなかったのか? 真剣に話していたのに?
「だから、俺は! 俺だけ名前で呼んでいるのが特別だって......」
「待って、そこじゃなくて。そのあと」
(そのあと......?)
 勢いで話しているところもあって俺は何と言ったのか忘れている。なんて言っていたのか思い出そうとするが、思い出せない。
「明良は俺のこと好きでいてくれてるの?」
「好きじゃなきゃ、バレンタインにおまじない効果のあるアップルパイを渡してない。今回のこともこんなに悩んでないし、嫉妬も好きじゃなきゃ起こらないだろ」
 鼻をすすりながら、説得するような口調になってしまう。涼臣も体験したことあるだろうと考えて言ってみたが実際はわからない。それに、涼臣が過去の恋愛で体験したなら、俺はもうメンタル的にやっていける気がしない。
 涼臣は座っている俺を引っ張り上げて、ギュッと抱きしめた。
「うん、そうだね。俺もタイミングがなかったら好きな人と関われなかったと思うし、告白だってできなかったと思う」
 涼臣は俺の放った言葉を噛みしめるように、力を込めてくる。
 久々に触れた涼臣の体温が、温かくて安心する。この安心感が俺の居場所なんだと、証明しているように思えた。
「俺は、涼臣が好き。今回みたいにケンカやすれ違いが起きて気まずくなったりすることもあると思うけど、ずっと一緒に歩んでいける選択をしたい」
 抱きしめ返している手を緩めて体を離し、涼臣の顔を見ながら伝える。これは俺の人生で最大の告白。
「まだ、頼りないだろうけど絶対に幸せにする。だからどうか、俺を選んでください」
 涼臣は黙ったまま。選択するには色々と覚悟を決めないといけないこともわかっている。それに将来だって。
「俺は好きになった時から、ずっと明良を幸せるんだって決めてた。だから、安心して俺のところにおいで。もしまた絡まってしまったとしても、受け入れてあげるから」
 時間がかかってもいいからと言うつもりだったが、すぐに涼臣から返事が返ってきた。しかも、最高の答えが。
 思わず涼臣に飛びついた。そのまま受け入れて幸せそうに笑っている涼臣には頭が上がらない。
 俺は抱き着いている状態で、涼臣の顔を両手で包み込みキスをした。
「えへへ。大好き、涼臣」
 驚いてか、涼臣が硬直した状態で止まってしまった。
 俺からしたら、珍しく自ら行動したのに反応ないことに恥ずかしいって気持ちがいっぱいなんですけど。
 固まっている間に離れようと体を動かすと、意識を戻した涼臣は腰に回していた手に力を込めて下ろそうとしなかった。
「え、ちょ。おろして涼臣」
 聞く耳を持たない涼臣は先ほどまで俺が座っていた椅子に腰かけた。今の俺は態勢が少し変わったからか、涼臣の足の上に跨いで座っている状態だ。
「涼......んっ」
 離してもらえるまで大人しく待っていると、涼臣からもキスがされる。
「可愛いキスのお返し」
 意地悪に見える笑顔の片鱗には、幸せと口で言わなくてもわかるくらいにじみ出ていた。
 俺はこのキスを気持ちを拒むことはできない。これからもそれは変わらない。