涼臣を避け続けてもうすぐ一か月が経とうとしていた。
 避け続けていると涼臣の誕生日も過ぎてしまい、当日にお祝いするという約束を守れなかった。
 申し訳なさが心の中でいっぱいになっていく。俺の気持ちの所為で台無しにしてしまったのだから。

 それでいても、涼臣は毎日クラスに来るが、あの日のことがあってから会うのが気まずくなった。
 今は、美咲に手伝ってもらい嘘の言い訳をして会おうとはしなかった。
 会いたい気持ちはあるけど、会ったらあの子のことをきつく聞いてしまいそうで怖い。
「穂積、今日も裏から帰るの?」
 美咲が声を掛けてくる。どうして美咲が聞いてくるのか、それはもし放課後に涼臣が来た時に口裏を合わさないといけないからだ。
「うん。それに今日は久々のバイトに行くんだ」
「あ、そっか。双子ちゃん熱出して看病してたもんね」
 気を付けてと見送ってくれた美咲に手を振って、慎重に学校を出てバイト先へ行く。

    ✿
「あの~、穂積先輩はいらっしゃいますでしょうか?」
 可愛らしい女子生徒が2-1を訪れる。男子生徒はその生徒が誰なのか知っているようだった。
「ごめんなさい。穂積はさっき帰ってしまって。何か用事だった?」
 私は威圧的な言葉遣いにならないように丁寧に対応する。その女子生徒は黒のツインテールを揺らしながら、いつなら会えるのかと聞いてくる。
(もしかしたら甘宮の手先かと思ったけど、違うのかも)
 私はこの時、油断して判断を誤りバイトに行ったこと、バイト先がどこであるのかを伝えてしまった。
 その女子生徒は場所をメモ取り、こちらに笑顔で感謝を伝えてきた。
「ありがとうございました! 怖い先輩がでてきたらどうしようか不安だったんです。こんなに優しい先輩に出会えて莉子幸せです! それでは失礼します!」
「あ、うん。会えるといいね」
 彼女はそそくさと去っていった。まるで嵐のように。
「今の子、男子に人気の1年生だよね。確か名前は......」
「そうなの? 私は興味ないから気にしてないけど」
 友達の話を切って私は知らないと宣言する。だけど、ここで名前を聞いていれば、よかったとのちに後悔することになった。

「あっれー? 美咲ちゃん、さっきツインテの子来てたんだね。何の用事?」
 最近絡んでくるようになった甘宮に付いて回る人物、佐柳一慶が私に話しかけてくる。
「わからない。ただ穂積いないか聞いてきたから、バイトに行ったって伝えて。場所聞かれたから教えたけど......」
「あちゃー、教えちゃったか」
「え、ダメだった? あ、そうか知らない人に教えたら穂積の身に危険が......」
 自分がしてしまった事の重大さが身に染みて、冷や汗が出てくる。
(どうしよう。もし、穂積に何かあったらどうしよう)
 スマホを取りだして穂積に電話しないとと画面を動かして穂積の連絡先を探すが、一向に出てこない。
(どうしてこういう時にスッと出てこないのよ)
 焦っていると「大丈夫だから、落ち着いて」と佐柳が抱きしめてくる。初めは「ちょ、離して」と離れることしか考えていなかったが、ポンポンと背中を叩かれるうちに落ち着いてきて静かに受け入れていた。
「あの子は、涼臣の従妹の甘宮莉子ちゃん。俺が素性知ってるから安心して」
(なんだ、甘宮の従妹......。はぁ?!)
「私、もしかして敵に塩送っちゃったのかしら」
「いや、涼臣には伝わってないと思う。どちらかと言えば、2人を戻す救世主に近いかもね」
 救世主って。あの子の所為で悪い方にいかないようにと願うことしか、私にできる唯かもし唯一だと悟った。


「お待たせしました。日替わりケーキセットです」
「ご注文ですね、お伺いします」
「いらっしゃいませ、ご案内します!」
 ありがたいことに、出勤してからお客さんが絶えず入ってくる。いつもより忙しい店に、スタッフがバタバタと走り回っていた。

 カランカラン____。
 扉が開き、お客さんが来たことを知らせるベルが鳴る。客さんを迎え入れるために、扉まで行くと制服をまとった女子生徒が一人で入ってきた。
 ここに来るお客さんで何人かで入ってくる若者は多いが、一人は珍しいとスタッフの間でも話題になるほどだ。
「いらっしゃいませ、お一人様でしょうか?」
 彼女の視線がこちらを捕らえる。どこかで見たことがある瞳にドキッとしてしまう。
「はい、一人です。可能であれば、あちらのテーブルに座らせていただきたいのですが」
 彼女が指さした先は大きな窓がある奥のテーブル席だった。
「かしこまりました。ご案内しますね」
 お客さんも落ち着いてきたところだったから、指名した席に案内した。
 席に座ると、水の入ったコップとメニューを置いて俺は「ごゆっくり」と一言伝えて離れた。
 メニューを見ている彼女がどうにも気になってしまった。
(どこかで会ったことがあるような......。どこだろう)
 そんなことを思っていると、大学生のバイト仲間・千夏が話しかけてくる。
「なになに、あの子が気になるのかにゃ?」
「そんなわけないでしょ。ただ、どこかで会ったことあるような気がして考えてたんです」
「怪しいにゃー。本当かにゃー?」
 千夏が肩を組んで怪しんでくる。この人のキャラが未だに掴めず少しよそよそしくなってしまう。
 原因の一つは、男なのに女の子のような可愛らしい恰好をしているから。
「本当ですよ、それに俺、恋人いますし......」
「にゃんと! それは本当か。もうちょっと詳しく」
 千夏が正面から迫ってきて後ろに後ずさるが、冷蔵庫に当たり逃げられないと覚悟を決めた時だった。
「すみません! いいですか?」
 先ほど案内した女の子から呼び出しをもらったが、千夏は離れる様子がなく行けない。
 すると灯さんが千夏の首根っこを掴み俺から引き剥がす。まるでネコと飼い主のように見えてしまった。
「明良、お客さんが呼んでるから行ってきて。千夏はこっちにいなさい」
「あ、はい」
 灯さんに助けられ、俺はすぐに注文を受けに行った。

「すみません、お待たせしました。お伺いします」
 俺は膝をついて注文の用紙で書く準備をして、注文内容を待った。すると、女の子は丁寧にメニューを指さして伝えてくれる。
「えーっと、ベリータルトとショコラタルトを一つずつ。ドリンクはうーん、レモンティーでお願いします」
「ベリータルトとショコラタルト、レモンティーですね。少々お待ちください」
 俺は紙に聞いた注文を書いて立ち去ろうとしたが、そのお客さんから「あの!」と後ろから声を掛けられる。
「少しいいですか?」
 そう言われて俺はお客様に少し待つように伝え、注文の書かれた紙を灯さんがいる厨房へ置いて戻った。
「いかがなさいましたか? クーラー強かったですか?」
「そうではなくて、私ある人を探してまして」
「ある人? ここのスタッフですかね?」
 こんなに可愛い人なのだ、誰かの彼女だったりするのだろうか。
 名前を聞いてその人にバトンタッチしようと考えていたら、その人から名前を告げられる。
「穂積明良さんという方がいらっしゃると聞きまして。お仕事中だとわかってますが、お呼びしていただけないですか?」
 意外な名前が伝えられ反応が遅くなる。
(俺はこの子のこと知らないのだが、何かしてしまったのか?!)
「えーっと、申し上げにくいのですが、穂積明良は俺でして。何か不躾なことしてしまったでしょうか?」
 怒られるとばかり思っていたからか、「あなたが!」という喜びを含んだ声に少し驚いてしまった。
「私、あなたを探してたんです! 教室に行ったら親切な先輩がここにいるって教えてくれて。信じてここに来てよかったです」
 笑顔で話す彼女に怒る気にもなれず、そのままを話を聞くことにした。
「あ、よかったら座ってください。飲み物良かったら注文してくださいね。お引止めしてますし」
「でも......」
「お時間取ってもらった分のお給料お支払いできないので、頼んでくださいね」
 思いのほか、押しが強く俺はお言葉に甘えて注文させてもらう。それにちゃんと、灯さんにも事情を話して。
 灯さんは「こっちは任せて聞いてきなさいな」と心強く送ってくれた。
「すみません、お待たせしました」
「全然大丈夫ですよ! こちらこそ、お時間いただいてすみませんでした」
 彼女は丁寧な言葉と態度で謝ってくれた。所作がとても綺麗で見惚れるほどだった。
「気にしないでください。それよりどうして俺を?」
「そうですよね、ちゃんとお伝えします。その前に名前を。私の名前は莉子と申します。よろしくお願いします」
「穂積明良です。こちらこそよろしくです」
 二人とも自己紹介をしてお辞儀をしてから本題に入る。
「私の親戚、名前を出すと甘宮涼臣なのですが、最近避けられていると聞きまして。避けらてしまうほどの事があったはずなのに、身に覚えもない・聞く勇気もないということで代わり会いにきた次第です」
「そうなんですね......」
 というか、涼臣の親戚だったのか。だから既視感があったのか、納得だ。
 それにしても、そんなに涼臣が悩んでいるなんて知らなかった。まぁ、避けてたからわかるはずもないけど。
「涼臣は何も悪くないですよ。俺が勝手に嫉妬して避けてるだけなんで」
「嫉妬? 詳しく教えてくださいな!」
 莉子さんは体を乗り出し、楽しそうに聞いてくる。親戚であっても似ていないところもあるのだと、改めて思った。
「お話し中、失礼します。ご注文のベリータルトとショコラタルト、レモンティーにカフェオレです。お砂糖やミルクはこちらをお使いください。ごゆっくりどうぞ」
 話に入る前に千夏がケーキや飲み物を持ってきて置いて、邪魔しないようにそそくさと帰っていった。
 千夏に対しても丁寧な莉子さんは「ありがとう」と一言かけていた。
「本当に些細なことなんです。俺が、涼臣の誕生日を祝いたいって言って準備をしていたんですけど、その準備期間中に女の子と話してたんです」
「女の子と話を? 失礼ながら、それはいつもの光景では?」
 俺もただ話をしているだけなら、こんな避けるようなことにはなっていなかったはずだ。
「学校での涼臣知ってますか? クールで、気を許した人にしか自分から声を掛けないと。それに女子から名前を呼ばれている事、逆に女子を名前で呼ばないと知っています。ですが俺はあの時、一緒にいた女の子のことを名前で呼んでいたんです。それに、親しく話す二人を見て俺と付き合っているのはカモフラージュの為なのかなとすら思えてしまって......」
「ん......はい?」
 俺はどうしたらこの気持ちから解放されるのか、ずっと悩んでいる。美咲や莉子に話して意味があるのかわからない。
 俺はテーブルに置いてあったカフェオレを持ち、一口飲んだ。莉子さんもフォークを取りだしケーキに刺して一口食べた。
「周りから見たら、正直どうでもいい悩みなんですけどずっと悩んでて」
「それって、いつ見たとか分かりますか?」  
 莉子さんの質問に、カレンダーを見て確認してから答える。
「確か......、5月14日かな。家庭科室でケーキの練習をしようと思ったら、先に2人先客がいて......」
 莉子さんに見た時の様子も伝えるとボッソっと何か言っているように思えた。口の動きだけではいまいち判断できなかった。
「穂積先輩の避けている理由が聞けて良かったです。ありがとうございました」
「あ、うん。これでよかったのか分からないけど」
 莉子さんはいつの間にかベリータルトとショコラタルトを平らげて、レモンティーも飲み干していた。莉子は置いてあった伝票を持ってレジに向かって支払いを済ませる。
「今日はお時間いただいてすみませんでした。ケーキ美味しかったので、また来ますね」
「俺は自分の話をしただけなので、全然気にしないでください。それより、今日のこと涼臣に話しますか?」
 莉子さんは顎に手を置いて悩む仕草を見せたが、笑って「いいえ」と答えた。
 その答えに俺は少し安心した。だって言われたら恥ずかしいだけだし、嫌いになってしまうかもしれないから。
「でも、早めに話し合っていた方がいいかもしれないですよ。涼くん、すごく元気なくしてましたから。そういう時につけ込んでちょっかい出すメス猫がいますから。なーんてね」
 莉子さんは意地悪な笑顔で不安な言葉を残して店を去っていった。
(俺はどうしたい? 女の子を名前で呼んでたのが嫌だったっていえば、理解してくれる? それでも、いやな顔されて嫌われたら......)
 莉子さんが出て行った扉を見ながら、その場で考えた。でもずっと同じことが廻るだけだった。
 スッキリして受け止めてもらうか、言って嫌われるか。
「明良、もうすぐ上がりだけど最後に手伝ってくれない?」
 灯さんが俺の肩を叩いたところで意識が現実に戻され、残り時間はエプロンを着て仕事した。だけど、ずっと上の空で大して役に立てず時間が過ぎ去った。