『珍しいね、涼臣からお昼誘ってくれるなんて』
「そうかな、明良が喜んでくれるならお昼も一緒に食べよう。というか、帰るときだけの時間じゃ足りないから、お昼も一緒に食べてくれると嬉しいかも」
俺は少しだけかわい子ぶってお願いしてみる。明良は俺の整った顔が好きで、見つめられると弱いことが最近わかってきた。
明良が好きならと自分の武器を出し惜しみせず使う。
明良は強い光を受けたみたいに目を細くして、手で防いでいた。
『うっ......、そんなかわいい顔してずるくない? いいよ、一緒に食べよう!』
明良からのいい返事に俺は思わず、「やった」と声に出してしまう。
気づいた時には遅くて、明良にバレて覗かれる。多分耳まで真っ赤になっていただろう。
『涼臣も可愛いこと言うんだね、意外かも』
「それは明良に対してだけだから」
そう、こんな風に表情を明るくしてくれるのは明良だけ。
『ふーん、そうなんだ。......じゃあ、あの子は誰だよ。俺だけって嘘じゃんか』
さっきまで明るくしていた明良の表情が、真顔になり怒りが含まれていた。
明良の怒っているところは見たことがなかった俺は、戸惑ってしまう。
「ど、どうした? さっきまで嬉しそうにしてたのに。それにあの子って誰のこと言って......」
見覚えのないことを言われ返さずにはいられない。
『言い訳は聞きたくない! どうしてしらばっくれるのさ」
「いや、本当になんのこと言っているのか分からない。一旦落ち着いて話を聞かせて」
事の原因である【あの子】が分からず、追及しようとなだめるがヒートアップしている明良の耳には入りそうもない。
(どうしたら話を聞いくれるんだろう。どうしたら......)
ケンカなんてしたことないから解決策が分からず、頭を抱えたくなった。すると明良が少し落ち着いた声になって話す。
『俺は、周りに何を言われたとしても涼臣のそばにいようって決めたのに。どうして涼臣は俺だけを見てくれないんだよ。これからもこうなってしまうなら、俺たち別れた方がいいのかもな』
明良から聞きたくない言葉が飛び出る。俺の顔はどうなっているのだろうか。
(別れる? よく知らないあの子という存在の所為で? 嫌だ、嫌だ......)
「い、やだ......。別れたくない」
涙が一筋、また一筋と頬を伝う。俺は明良の服をつまみながら必死に頼みこんだ。
「別れたくない、俺には明良だけなんだ。だから、お願い。明良......」
明良は俺の願いなんてお構いなしに、掴んでいた手を服から離した。手に力が入り服に皺ができてしまっていた。
『もう無理だよ、さようなら。これからはもう、関わってこないで』
明良はそう冷たく言い放ち、去っていった。
絶望でしかなかったが、少しでも止まってくれるならと去っていく背中を追うも距離ができるばかりだった。
「明良、待って。まっ......」
突然足元に大きな落とし穴が現れ、俺は奈落の底へ落とされる。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
(まだ終わってない。明良と話さないと......)
見上げると明良がこちらを覗いていることがシルエットだがわかる。そして口をパクパクさせているのが微かに見えていたが、何を言っているのか分からない。
(なんて言っているんだ? 「き」「ら」「い」「だ」)
確かかわからない口元の解読した言葉が脳内にへばりつく。だんだん心拍数が上がって落ちていく感覚さえ薄くなっていき......。
ピリリリリ_____
アラームの音が脳まで響き強制的に起こされる。アラームを止めて時間を見ると朝の6時半。
最悪の夢を見て冷や汗が止まらない。隣には既に起きてこちらを心配そうに見ているアロンが待機していた。
「大丈夫、縁起の悪い夢を見ただけ。大丈夫......」
自分をなだめるように言い聞かせ、深呼吸を繰り返す。
気持ちが落ち着いてきた俺は、冷や汗を流すべくシャワーに入った。
「おはようございます、坊ちゃん。おや、今日は早起きでいらっしゃいますね」
何も知らない佐々木は、珍しく早起きした俺を見てニヤニヤと笑顔になって喜んでいる。
いつもならまだ、起きてないし起きていても部屋着のままのことが多いからだ。
「嫌な夢見て目が覚めちゃって。行こうか」
俺は部屋を出てエレベーターに乗っており、ロビーにいるコンシェルジュのお姉さんに挨拶をして前を通り駐車場へ。
車に乗り込みいつも通り学校へ向かう。その道中、再び莉子から連絡が来た。
【おはよう、涼くん! 約束通り来てよね!】
しつこく言ってくる莉子にため息を漏らして、【わかってる】と返事した。そのタイミングで学校近くに車が止まり、佐々木に礼を言って降りた。
今日は学校の都合で半日授業だとのちに気付き、莉子が接触日を今日にした理由が分かった。
それに時間割が変わっているせいか、明良と会うこともなく放課後になってしまった。
莉子との約束通り、俺は家庭科室に向かった。鍵が開いていた家庭科室に入ると既に莉子は来ていた。
「あ! 涼くんちゃんと来てくれて嬉しい」
「来ないと教室まで来るって言ってたから仕方なくだよ。俺の身内がいるってあまり知られたくないし」
冷たくあしらっているつもりでも、気にせず近くに寄ってくるのが莉子という人物だ。
莉子は俺と似ていて、美少女と言ってもいいほど顔が整っており、人気がある。
自分の可愛さを知っているからこそ下手に行動はしない。だが、俺や親族の気を許している仲だとガバガバになりやすいのが難点と言ってもいいだろう。
「そんなこと言ってー、本当は久々に会えて嬉しいんでしょ?」
腕に絡みついてきた莉子は上目遣いでこちらを見るが、通用しない。
「なんとも思ってないよ。で、今日は何を言いに来たの?」
俺の返答につまらなそうに「えー」と言いながら、おばあ様からの言伝を話し出した。だけど返事は既に返してあった。
なのになぜ莉子を使ってまで来させようとするのか。
「ねぇ、涼くん。本当に今年の誕生日パーティー来ないの?」
莉子が腕を後ろに回し、首を傾げて可愛く聞いてくる。そんなことをしても俺には効かない。
「行かない。既に約束してるって言っただろう」
言ったのはおばあ様にだけど。伝達をされている地点で伝わっていると思い、そこは省略する。
「めったに取れないビルフレーズの会場押さえることができたんだよ? それに喜んでもらえるようにお抱えのシェフだって呼んだのに」
哀しそうな顔をしている莉子に少しだけ申し訳ない気持ちが表れてくるが、俺は明良を優先する。
「俺は楽しくないパーティーに参加するより、一緒に誕生日を過ごしたい人と過ごすから諦めて」
「でも、そのことはおばあ様に反対されたんでしょ? パーティ―は人脈を広げるためなんだからっていつも言ってたじゃない。あまり私から言うのは嫌なんだけど、おばあ様は友達とは別の日でもいいだろうって」
将来会社を継ぐ跡取りとして知らない大人と話していたが、ずっと楽しいとは思ったことがない。
それでも、期待されていると知ってからは我慢してきた方だ。真剣な面持ちで話す莉子にちゃんと自分の気持ちを伝える。
おばあ様であっても、明良のことを、俺の愛する人のことがすることにとやかく言われたくない。
「そんなものじゃない。俺の誕生日は一日しかないんだ。その日にお祝いしてもらう。そっちこそ、別の日でも問題ないだろう。そう、おばあ様に伝えて」
莉子は意見の変えない俺をまっすぐ見て黙って頷いた。両手をあげてお手上げのサインをすると、莉子はいつも通りの柔らかい表情に戻っていた。
「そっか。涼くんは決められたレールに乗らないで、自分が幸せになる道を選ぶんだね」
「あぁ」
「今、幸せ?」
莉子のその言葉に深い意味はないと思うが、俺は心の底から言える。
「うん。幸せ過ぎて壊れるのが怖いくらい」
俺は笑顔でそう莉子に伝えると、意外だったのか色々と問い詰められる羽目になった。
「涼くんを幸せにした人って誰? 好きな人ってことだよね!」
「ん、まぁ」
「はぐらかさないで教えてよ!」
前のめりになってきている莉子は加減を知らず、押してくる。するとバランスを崩し、床に倒れてしまう。もちろん莉子も一緒に。
俺が下になって莉子をケガさせないように咄嗟に抱きしめて守った。
「大丈夫か? どこかケガは......」
「ううん、大丈夫。涼くんが下敷きになってくれたから。涼くんは? ケガしてない?」
手首を動かしてもケガをしたような違和感がないから、大丈夫だろう。なので、莉子に「大丈夫」と簡単に返事した。
「知りたいと思う欲は良いけど、ほどほどにしないとダメだからな」
「はーい......」
「この話は終わり。もう学校では話しかけるなよ、莉子」
不満そうにほっぺを膨らましていた莉子だが、頷いた。
頭を撫でてやると嬉しそうにしているのを見て、嫌いになれない妹分なんだと思った。
そんな話をしていると扉の向こうから誰かが何かにぶつかった鈍い音が聞こえ振り返ったが、誰もおらず気にしなかった。
もしかしたら、俺たちが倒れた音を聞いて誰かが覗きに来たのかもしれない。
莉子と話が終わり、家庭科室を後にした。2人で出て鍵を閉め、職員室に鍵を返しに行く。
職員室にいた先生から、男子生徒が家庭科室に行ったが見てないかと聞かれたが、来てもないし来た様子もなかった。あるとすれば、ぶつかったときのあの音ぐらいだが。
生徒が誰なのか分からない以上、考えることを止めた。
今日はいつも通りの時間割りだった。本来なら、2-1が移動教室で前を通る。
最近では通るたびに少し話すことが休み時間の楽しみになっていた。休み時間になり明良が通るのを待っていた。2-1だろう生徒はちらほら通っているのは見かけたが、明良は来なかった。
たまたま先生からの頼まれごとを引き受けて、別の道から行ったのだろう。そうなれば仕方ないと自己解決してみせた。
だが、次の休み時間も教室の前を通ることが無かった。
「どうして明良は通らなかった?」
週に二日だけは教室の前を通る授業があるのに、会わないことあるのかと驚いた。
「もしかして風邪とか引いて学校来てないとか」
佐柳が前の席に座り冗談ぽく話していた。だが、あり得そうなことで俺は心配が募る。
「確かにあり得そうだ。最近学校でも咳している人多かったし、弟さんたちの学校でも流行っていたらかからないわけないし......」
ブツブツ呟く俺に、佐柳は「こっわ」と笑いながら言っていた。
「休み時間、明良の教室に行こうと思う。佐柳もついて来て」
「あ、俺も? 別にいいよー」
ノリのいい佐柳を連れて、昼休みに明良のクラスへ様子を見に行こうと決めた。
4時間目が終わり、昼休みに入る。明良のクラスへ行く前に佐柳のお昼のために購買部へ寄ってから向かうことになった。
俺には家政婦さんが作ってくれていた弁当があり、もしかしたら一緒に食べれるかもと期待して持っていった。
2-1の教室は俺たちのクラスと違って、ワイワイ楽しそうにしゃべりながら食べていた。
クラスの中を覗くが、明良らしき人物はいない。
諦めて帰ろうかとしたとき、佐柳がクラスの中に入り藤梨に話しかけていた。
「みーさきちゃん、美味しそうなお弁当だね。自分で作ってるの?」
「......」
「ねぇねぇ、美咲ちゃーん。おーい」
佐柳の顔を見ると女子は大抵頬を赤らめるが、藤梨は嫌悪感を抱いているのか「げぇ......」と嫌な顔で俺たちを出迎えた。
始めは話すことを拒否して佐柳の話しかけに無視していたが、うろちょろしてちょっかいを掛ける佐柳を次第にうっとうしくなったのか返事を返すようになった。
「あーもう! さっきから何!? あなたたち暇なの?」
「暇な訳あるか。それより明良はどこにいる?」
「あ、俺はいつでも暇だよー」
俺と藤梨の間から佐柳の軽い言葉が聞こえたが、2人して無視した。大切なのは、明良がいるかどうかだからだ。
「今日は明良いないよ。正確に言えば、途中から帰っただけど」
「どうかしたのか?! どこかケガしたとか、もしかして、熱出して倒れてしまったとか......」
思わず藤梨の肩に手を置いて迫ってしまった。明良のことになると感情がコントロールできなくなっておかしくなる。
「お、落ち着いてよ。そんなに大事じゃないし」
藤梨の若干怯えている反応から、圧をかけてしまっていたのだと気付き、すぐに「悪い」と謝った。
「実たちが熱を出して学校から帰ったんですって」
「実たち?」
知らない佐柳からすれば名前を聞いただけでは分からないだろう。俺は以前聞いたことがあったからすぐに分かった。
「明良の弟、実くんと双子の妹、栞ちゃんだ」
佐柳は「なるほど」と言って納得していた。二人同時に罹れば帰らざるを得ない状況だろう。
そういえば、明良の母さんはどうしたのだろうか。あまり聞いたことがない。
「もう一ついいか。明良の両親はどうしたんだ?」
藤梨の顔が曇った。表情の機微を感じ取れた俺は、聞くことを間違えてしまったと感じた。
今更訂正すれば余計におかしく思われるだろうから放っておくと、藤梨が話し出す。
「私が言うのは違うと思うけど、明良の父親は借金残して愛人の女と一緒に蒸発したの。母親は一緒に暮らしているけど、病気がちで仕事も体調がいい日にだけ行く事が出来ているみたい。今回みたいに、誰かが体調を崩すと連鎖してかかってしまうって聞いたことあるの」
そのトラブルが重なれば、明良が学校に来れるのはいつになるのやら。
どうにかして会えないかと考えていると、佐柳が思い付きでお見舞いに行けばと提案してきた。
(昨日送って行ったから家は分かる。佐々木に言って帰りに寄ってもらえば)
「ダメよ、向こうには病人がいるのだから安静にしてないと。お見舞いは諦めなさい」
俺の心の中を読んだかのように藤梨は言葉を発した。
もしかして心の中を読める超能力でも持っているのかと思ったが、顔に出ていたらしい。
「先にやられたねー、涼臣」
気付けば藤梨の前の席に座って買ってきたを食べていた佐柳。藤梨が追い返そうとしていたが、お構いなしで食べ続けた。
(今欲しい情報は手に入った。帰るか)
「食事中に来て悪かったな。佐柳帰るぞ」
教えてもらったことには感謝しなければならない。
「うぉ、まっ、待ってー」
口をもぐもぐさせた佐柳を連れて、2-1の教室を出た。
藤梨に休みと教えてもらってから4日間、2-1に行って来ているかどうか確認していた。
いないという返事を聞くだけの数日だったが、4日目には【実たち熱下がって元気になったから、明日学校行く】と連絡があったらしい。親切なことに藤梨がわざわざ教室に来て教えに来てくれた。
翌日、昼休みのチャイムが鳴り急いで教室を出た。購買部に行ったりする生徒の間をかき分けて、2-1目指して進む。
後ろから佐柳が追いかけてくるが、構わない。佐柳より明良の方が大切だから。
やっと会えると思うと足取りが軽く、遠いはずの2-1までの道のりが近くに感じた。
2-1の教室の扉をガラッと音を立てて開ける。
「明良! やっと来た......。あれ?」
中には、生徒が机を集めてお昼を食べている集団が何組かできているだけだった。
女子生徒の視線がこちらに向いている気がするが、俺の本命は明良だ。だが、その明良が教室にいなかった。
「涼臣歩くの早すぎでしょ、穂積くんは逃げたりしな......い? あれ、今日来てるんじゃないの?」
ようやく追いついてきた佐柳も、明良がいないことに驚いている様子だった。
窓際の席で2人の女子生徒と仲良く食べている藤梨に話しかけた。
藤梨以外の女子生徒は「うわぁ、王子だ」「初めてこんな近くで見た」なんて言っていたが、右から左へ聞き流す。
「藤梨、明良いるって昨日言ってたよな?」
「授業受けてた時はいたわよ。購買部にでも行ったんじゃない?」
質問に答えるとご飯を口に含み、我関せずの態度に切り替わった。
俺と明良の関係に協力的だと思っていたのだが、俺の気のせいだったみたいだ。
「......そうか、邪魔して悪かったな」
俺は明良のいない教室を早々に出ていき、購買部のある方へ歩き出す。
☀
「ねぇ美咲ちゃん。あの教卓のところに隠れてるのって穂積くん?」
動いていた箸が口の中で止まった。ビンゴ。
人は誰しも、隠していることが的中すれば、動きが一旦止まるらしい。特に、隠し事が苦手な人とかは。
ポンっと肩を叩くと時間が動き出したみたいに、美咲ちゃんは動きだしこちらを睨んでくる。
「どうしてわかったの」
「どうしてって、たまたま? 昼休みなのに、すぐ教室からいなくなれるって逆にすごいなって。それに購買部に行ってたら俺たちとすれ違ってるだろうし」
僕は名探偵並の推理を披露して見せた。なんて半分は嘘。
教室を見まわすと、こちらを見ている生徒が殆ど。その中で教卓の中を覗いていた男子生徒が一人いた。
ただ、誰かが隠れてるんだろうなとしか思っていなかったが、まさか穂積くんだったとは。
何があったのかは知らないけど、穂積くんが隠れるまでの事情があったのは確かだろう。
「隠れてたこと甘宮に言うの?」
「いや、言わないかな」
思っていた返事と違ったみたいで美咲ちゃんは驚いていた。
「本当に言わないよ。これは涼臣と穂積くんの話だからね、深入りはしないって決めてんの」
俺はそう話した後、わざわざ教卓の中を覗いて明良くんに手を降ってから涼臣を追った。
二人は幸せになるべき、そう思わせてくれるカップルだ。
(別れたら絶対後悔するだろうから、ちょっとした手助けはしてあげよう)
俺は涼臣のカッコよさに憧れて近づいた。穂積くんは憧れの人が好意を持っていたから、興味を持った。
そんな二人は俺を受け入れて近くに置いてくれている。
「さーて、次はどうしようかな」
どちらかの味方ではないが、二人の味方だ。いい方に動かせるように俺が頑張る。
☆
「ここにもいない。どこにいるんだ」
購買部近くにある1年生と3年生の校舎の間にある中庭まで見に来た。
購買部にも見に行ったが姿がなく、居そうな場所をずっと回っている。
時計を見るとあと10分で休み時間が終わる。それに、突っ走っていて気が付かなかったが佐柳がついてきてなかった。
(変な感じだな、学校で一人でいるとは......)
「あ、ここにいたのか」
俺を探し回っていたのか、少し汗をかいてる佐柳がこちらに近寄ってきた。
手にはさっきまで持っていなかったビニール袋が下げられている。
(こいつ、購買部に寄ってきたな......)
こいつが後ろにいなかったことに少し違和感を感じていたが、ただ昼のごはんを買っていただけなら寂しいと思ったわずかな時間を返してほしい。
「もうすぐ休み時間終わるけど、昼食べてないよな?」
「......あぁ、明良を探すことを優先してた」
「だと思った。残り少なかったんだけど、おにぎりとか買って来たから食おうぜ」
中庭のベンチに座って、佐柳が買ってきたものを広げた。梅おにぎり、昆布おにぎり、鮭おにぎり、卵サンド、焼きそばパン、かつサンドが出てくる。
「先に好きなの選んでいいよ」
買ってきた本人にも関わらず、先に選ばしてくれる優しさを持っている佐柳。
お言葉に甘えて、鮭おにぎり、卵サンド、かつサンドの三つを選んだ。
「ありがとう、佐柳。気にしてくれて」
俺は珍しく素直にお礼を言った。
佐柳の顔を見るとぱぁっと明るくなり、「お願い、もう一回言って! 次は録画しておくから!」と迫られ、思わず顔を叩いた。
(あ、しまった......)
「わ、悪い。大丈夫か?」
「......」
黙ったままの佐柳と叩いてしまった俺。その場には気まずい空気が流れていた。
どうすればいいのか分からない俺は、その場でそっと待っているしか選択肢がない。
すると隣にいる佐柳が、「ふっ」っと笑う声が聞こえてきた。
「あーもう無理。ははははっ」
「なっ、大丈夫なのか」
「全然大丈夫、気にしないで。もし傷残ったら責任とってね♡」
冗談が言えているなら大丈夫そうだ。
「悪いが、俺にはもう最愛の人がいるんだ」
「羨ましい。それ惚気? それを穂積くんに聞かせてあげたいな」
微笑ましそうな表情で語る佐柳。いつか、佐柳にも最愛の人ができると願うしか俺にはできない。
青春っぽい感じを出していたが、今は昼休み終了の3分前。早く教室に戻らなければならない。
「そろそろ戻るか」
「よーし、午後も頑張るか。放課後、穂積くん探すの手伝うよ」
心強い助っ人が現れて一安心。佐柳に礼を言って遠くにある2-3の教室に戻った。
「そうかな、明良が喜んでくれるならお昼も一緒に食べよう。というか、帰るときだけの時間じゃ足りないから、お昼も一緒に食べてくれると嬉しいかも」
俺は少しだけかわい子ぶってお願いしてみる。明良は俺の整った顔が好きで、見つめられると弱いことが最近わかってきた。
明良が好きならと自分の武器を出し惜しみせず使う。
明良は強い光を受けたみたいに目を細くして、手で防いでいた。
『うっ......、そんなかわいい顔してずるくない? いいよ、一緒に食べよう!』
明良からのいい返事に俺は思わず、「やった」と声に出してしまう。
気づいた時には遅くて、明良にバレて覗かれる。多分耳まで真っ赤になっていただろう。
『涼臣も可愛いこと言うんだね、意外かも』
「それは明良に対してだけだから」
そう、こんな風に表情を明るくしてくれるのは明良だけ。
『ふーん、そうなんだ。......じゃあ、あの子は誰だよ。俺だけって嘘じゃんか』
さっきまで明るくしていた明良の表情が、真顔になり怒りが含まれていた。
明良の怒っているところは見たことがなかった俺は、戸惑ってしまう。
「ど、どうした? さっきまで嬉しそうにしてたのに。それにあの子って誰のこと言って......」
見覚えのないことを言われ返さずにはいられない。
『言い訳は聞きたくない! どうしてしらばっくれるのさ」
「いや、本当になんのこと言っているのか分からない。一旦落ち着いて話を聞かせて」
事の原因である【あの子】が分からず、追及しようとなだめるがヒートアップしている明良の耳には入りそうもない。
(どうしたら話を聞いくれるんだろう。どうしたら......)
ケンカなんてしたことないから解決策が分からず、頭を抱えたくなった。すると明良が少し落ち着いた声になって話す。
『俺は、周りに何を言われたとしても涼臣のそばにいようって決めたのに。どうして涼臣は俺だけを見てくれないんだよ。これからもこうなってしまうなら、俺たち別れた方がいいのかもな』
明良から聞きたくない言葉が飛び出る。俺の顔はどうなっているのだろうか。
(別れる? よく知らないあの子という存在の所為で? 嫌だ、嫌だ......)
「い、やだ......。別れたくない」
涙が一筋、また一筋と頬を伝う。俺は明良の服をつまみながら必死に頼みこんだ。
「別れたくない、俺には明良だけなんだ。だから、お願い。明良......」
明良は俺の願いなんてお構いなしに、掴んでいた手を服から離した。手に力が入り服に皺ができてしまっていた。
『もう無理だよ、さようなら。これからはもう、関わってこないで』
明良はそう冷たく言い放ち、去っていった。
絶望でしかなかったが、少しでも止まってくれるならと去っていく背中を追うも距離ができるばかりだった。
「明良、待って。まっ......」
突然足元に大きな落とし穴が現れ、俺は奈落の底へ落とされる。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
(まだ終わってない。明良と話さないと......)
見上げると明良がこちらを覗いていることがシルエットだがわかる。そして口をパクパクさせているのが微かに見えていたが、何を言っているのか分からない。
(なんて言っているんだ? 「き」「ら」「い」「だ」)
確かかわからない口元の解読した言葉が脳内にへばりつく。だんだん心拍数が上がって落ちていく感覚さえ薄くなっていき......。
ピリリリリ_____
アラームの音が脳まで響き強制的に起こされる。アラームを止めて時間を見ると朝の6時半。
最悪の夢を見て冷や汗が止まらない。隣には既に起きてこちらを心配そうに見ているアロンが待機していた。
「大丈夫、縁起の悪い夢を見ただけ。大丈夫......」
自分をなだめるように言い聞かせ、深呼吸を繰り返す。
気持ちが落ち着いてきた俺は、冷や汗を流すべくシャワーに入った。
「おはようございます、坊ちゃん。おや、今日は早起きでいらっしゃいますね」
何も知らない佐々木は、珍しく早起きした俺を見てニヤニヤと笑顔になって喜んでいる。
いつもならまだ、起きてないし起きていても部屋着のままのことが多いからだ。
「嫌な夢見て目が覚めちゃって。行こうか」
俺は部屋を出てエレベーターに乗っており、ロビーにいるコンシェルジュのお姉さんに挨拶をして前を通り駐車場へ。
車に乗り込みいつも通り学校へ向かう。その道中、再び莉子から連絡が来た。
【おはよう、涼くん! 約束通り来てよね!】
しつこく言ってくる莉子にため息を漏らして、【わかってる】と返事した。そのタイミングで学校近くに車が止まり、佐々木に礼を言って降りた。
今日は学校の都合で半日授業だとのちに気付き、莉子が接触日を今日にした理由が分かった。
それに時間割が変わっているせいか、明良と会うこともなく放課後になってしまった。
莉子との約束通り、俺は家庭科室に向かった。鍵が開いていた家庭科室に入ると既に莉子は来ていた。
「あ! 涼くんちゃんと来てくれて嬉しい」
「来ないと教室まで来るって言ってたから仕方なくだよ。俺の身内がいるってあまり知られたくないし」
冷たくあしらっているつもりでも、気にせず近くに寄ってくるのが莉子という人物だ。
莉子は俺と似ていて、美少女と言ってもいいほど顔が整っており、人気がある。
自分の可愛さを知っているからこそ下手に行動はしない。だが、俺や親族の気を許している仲だとガバガバになりやすいのが難点と言ってもいいだろう。
「そんなこと言ってー、本当は久々に会えて嬉しいんでしょ?」
腕に絡みついてきた莉子は上目遣いでこちらを見るが、通用しない。
「なんとも思ってないよ。で、今日は何を言いに来たの?」
俺の返答につまらなそうに「えー」と言いながら、おばあ様からの言伝を話し出した。だけど返事は既に返してあった。
なのになぜ莉子を使ってまで来させようとするのか。
「ねぇ、涼くん。本当に今年の誕生日パーティー来ないの?」
莉子が腕を後ろに回し、首を傾げて可愛く聞いてくる。そんなことをしても俺には効かない。
「行かない。既に約束してるって言っただろう」
言ったのはおばあ様にだけど。伝達をされている地点で伝わっていると思い、そこは省略する。
「めったに取れないビルフレーズの会場押さえることができたんだよ? それに喜んでもらえるようにお抱えのシェフだって呼んだのに」
哀しそうな顔をしている莉子に少しだけ申し訳ない気持ちが表れてくるが、俺は明良を優先する。
「俺は楽しくないパーティーに参加するより、一緒に誕生日を過ごしたい人と過ごすから諦めて」
「でも、そのことはおばあ様に反対されたんでしょ? パーティ―は人脈を広げるためなんだからっていつも言ってたじゃない。あまり私から言うのは嫌なんだけど、おばあ様は友達とは別の日でもいいだろうって」
将来会社を継ぐ跡取りとして知らない大人と話していたが、ずっと楽しいとは思ったことがない。
それでも、期待されていると知ってからは我慢してきた方だ。真剣な面持ちで話す莉子にちゃんと自分の気持ちを伝える。
おばあ様であっても、明良のことを、俺の愛する人のことがすることにとやかく言われたくない。
「そんなものじゃない。俺の誕生日は一日しかないんだ。その日にお祝いしてもらう。そっちこそ、別の日でも問題ないだろう。そう、おばあ様に伝えて」
莉子は意見の変えない俺をまっすぐ見て黙って頷いた。両手をあげてお手上げのサインをすると、莉子はいつも通りの柔らかい表情に戻っていた。
「そっか。涼くんは決められたレールに乗らないで、自分が幸せになる道を選ぶんだね」
「あぁ」
「今、幸せ?」
莉子のその言葉に深い意味はないと思うが、俺は心の底から言える。
「うん。幸せ過ぎて壊れるのが怖いくらい」
俺は笑顔でそう莉子に伝えると、意外だったのか色々と問い詰められる羽目になった。
「涼くんを幸せにした人って誰? 好きな人ってことだよね!」
「ん、まぁ」
「はぐらかさないで教えてよ!」
前のめりになってきている莉子は加減を知らず、押してくる。するとバランスを崩し、床に倒れてしまう。もちろん莉子も一緒に。
俺が下になって莉子をケガさせないように咄嗟に抱きしめて守った。
「大丈夫か? どこかケガは......」
「ううん、大丈夫。涼くんが下敷きになってくれたから。涼くんは? ケガしてない?」
手首を動かしてもケガをしたような違和感がないから、大丈夫だろう。なので、莉子に「大丈夫」と簡単に返事した。
「知りたいと思う欲は良いけど、ほどほどにしないとダメだからな」
「はーい......」
「この話は終わり。もう学校では話しかけるなよ、莉子」
不満そうにほっぺを膨らましていた莉子だが、頷いた。
頭を撫でてやると嬉しそうにしているのを見て、嫌いになれない妹分なんだと思った。
そんな話をしていると扉の向こうから誰かが何かにぶつかった鈍い音が聞こえ振り返ったが、誰もおらず気にしなかった。
もしかしたら、俺たちが倒れた音を聞いて誰かが覗きに来たのかもしれない。
莉子と話が終わり、家庭科室を後にした。2人で出て鍵を閉め、職員室に鍵を返しに行く。
職員室にいた先生から、男子生徒が家庭科室に行ったが見てないかと聞かれたが、来てもないし来た様子もなかった。あるとすれば、ぶつかったときのあの音ぐらいだが。
生徒が誰なのか分からない以上、考えることを止めた。
今日はいつも通りの時間割りだった。本来なら、2-1が移動教室で前を通る。
最近では通るたびに少し話すことが休み時間の楽しみになっていた。休み時間になり明良が通るのを待っていた。2-1だろう生徒はちらほら通っているのは見かけたが、明良は来なかった。
たまたま先生からの頼まれごとを引き受けて、別の道から行ったのだろう。そうなれば仕方ないと自己解決してみせた。
だが、次の休み時間も教室の前を通ることが無かった。
「どうして明良は通らなかった?」
週に二日だけは教室の前を通る授業があるのに、会わないことあるのかと驚いた。
「もしかして風邪とか引いて学校来てないとか」
佐柳が前の席に座り冗談ぽく話していた。だが、あり得そうなことで俺は心配が募る。
「確かにあり得そうだ。最近学校でも咳している人多かったし、弟さんたちの学校でも流行っていたらかからないわけないし......」
ブツブツ呟く俺に、佐柳は「こっわ」と笑いながら言っていた。
「休み時間、明良の教室に行こうと思う。佐柳もついて来て」
「あ、俺も? 別にいいよー」
ノリのいい佐柳を連れて、昼休みに明良のクラスへ様子を見に行こうと決めた。
4時間目が終わり、昼休みに入る。明良のクラスへ行く前に佐柳のお昼のために購買部へ寄ってから向かうことになった。
俺には家政婦さんが作ってくれていた弁当があり、もしかしたら一緒に食べれるかもと期待して持っていった。
2-1の教室は俺たちのクラスと違って、ワイワイ楽しそうにしゃべりながら食べていた。
クラスの中を覗くが、明良らしき人物はいない。
諦めて帰ろうかとしたとき、佐柳がクラスの中に入り藤梨に話しかけていた。
「みーさきちゃん、美味しそうなお弁当だね。自分で作ってるの?」
「......」
「ねぇねぇ、美咲ちゃーん。おーい」
佐柳の顔を見ると女子は大抵頬を赤らめるが、藤梨は嫌悪感を抱いているのか「げぇ......」と嫌な顔で俺たちを出迎えた。
始めは話すことを拒否して佐柳の話しかけに無視していたが、うろちょろしてちょっかいを掛ける佐柳を次第にうっとうしくなったのか返事を返すようになった。
「あーもう! さっきから何!? あなたたち暇なの?」
「暇な訳あるか。それより明良はどこにいる?」
「あ、俺はいつでも暇だよー」
俺と藤梨の間から佐柳の軽い言葉が聞こえたが、2人して無視した。大切なのは、明良がいるかどうかだからだ。
「今日は明良いないよ。正確に言えば、途中から帰っただけど」
「どうかしたのか?! どこかケガしたとか、もしかして、熱出して倒れてしまったとか......」
思わず藤梨の肩に手を置いて迫ってしまった。明良のことになると感情がコントロールできなくなっておかしくなる。
「お、落ち着いてよ。そんなに大事じゃないし」
藤梨の若干怯えている反応から、圧をかけてしまっていたのだと気付き、すぐに「悪い」と謝った。
「実たちが熱を出して学校から帰ったんですって」
「実たち?」
知らない佐柳からすれば名前を聞いただけでは分からないだろう。俺は以前聞いたことがあったからすぐに分かった。
「明良の弟、実くんと双子の妹、栞ちゃんだ」
佐柳は「なるほど」と言って納得していた。二人同時に罹れば帰らざるを得ない状況だろう。
そういえば、明良の母さんはどうしたのだろうか。あまり聞いたことがない。
「もう一ついいか。明良の両親はどうしたんだ?」
藤梨の顔が曇った。表情の機微を感じ取れた俺は、聞くことを間違えてしまったと感じた。
今更訂正すれば余計におかしく思われるだろうから放っておくと、藤梨が話し出す。
「私が言うのは違うと思うけど、明良の父親は借金残して愛人の女と一緒に蒸発したの。母親は一緒に暮らしているけど、病気がちで仕事も体調がいい日にだけ行く事が出来ているみたい。今回みたいに、誰かが体調を崩すと連鎖してかかってしまうって聞いたことあるの」
そのトラブルが重なれば、明良が学校に来れるのはいつになるのやら。
どうにかして会えないかと考えていると、佐柳が思い付きでお見舞いに行けばと提案してきた。
(昨日送って行ったから家は分かる。佐々木に言って帰りに寄ってもらえば)
「ダメよ、向こうには病人がいるのだから安静にしてないと。お見舞いは諦めなさい」
俺の心の中を読んだかのように藤梨は言葉を発した。
もしかして心の中を読める超能力でも持っているのかと思ったが、顔に出ていたらしい。
「先にやられたねー、涼臣」
気付けば藤梨の前の席に座って買ってきたを食べていた佐柳。藤梨が追い返そうとしていたが、お構いなしで食べ続けた。
(今欲しい情報は手に入った。帰るか)
「食事中に来て悪かったな。佐柳帰るぞ」
教えてもらったことには感謝しなければならない。
「うぉ、まっ、待ってー」
口をもぐもぐさせた佐柳を連れて、2-1の教室を出た。
藤梨に休みと教えてもらってから4日間、2-1に行って来ているかどうか確認していた。
いないという返事を聞くだけの数日だったが、4日目には【実たち熱下がって元気になったから、明日学校行く】と連絡があったらしい。親切なことに藤梨がわざわざ教室に来て教えに来てくれた。
翌日、昼休みのチャイムが鳴り急いで教室を出た。購買部に行ったりする生徒の間をかき分けて、2-1目指して進む。
後ろから佐柳が追いかけてくるが、構わない。佐柳より明良の方が大切だから。
やっと会えると思うと足取りが軽く、遠いはずの2-1までの道のりが近くに感じた。
2-1の教室の扉をガラッと音を立てて開ける。
「明良! やっと来た......。あれ?」
中には、生徒が机を集めてお昼を食べている集団が何組かできているだけだった。
女子生徒の視線がこちらに向いている気がするが、俺の本命は明良だ。だが、その明良が教室にいなかった。
「涼臣歩くの早すぎでしょ、穂積くんは逃げたりしな......い? あれ、今日来てるんじゃないの?」
ようやく追いついてきた佐柳も、明良がいないことに驚いている様子だった。
窓際の席で2人の女子生徒と仲良く食べている藤梨に話しかけた。
藤梨以外の女子生徒は「うわぁ、王子だ」「初めてこんな近くで見た」なんて言っていたが、右から左へ聞き流す。
「藤梨、明良いるって昨日言ってたよな?」
「授業受けてた時はいたわよ。購買部にでも行ったんじゃない?」
質問に答えるとご飯を口に含み、我関せずの態度に切り替わった。
俺と明良の関係に協力的だと思っていたのだが、俺の気のせいだったみたいだ。
「......そうか、邪魔して悪かったな」
俺は明良のいない教室を早々に出ていき、購買部のある方へ歩き出す。
☀
「ねぇ美咲ちゃん。あの教卓のところに隠れてるのって穂積くん?」
動いていた箸が口の中で止まった。ビンゴ。
人は誰しも、隠していることが的中すれば、動きが一旦止まるらしい。特に、隠し事が苦手な人とかは。
ポンっと肩を叩くと時間が動き出したみたいに、美咲ちゃんは動きだしこちらを睨んでくる。
「どうしてわかったの」
「どうしてって、たまたま? 昼休みなのに、すぐ教室からいなくなれるって逆にすごいなって。それに購買部に行ってたら俺たちとすれ違ってるだろうし」
僕は名探偵並の推理を披露して見せた。なんて半分は嘘。
教室を見まわすと、こちらを見ている生徒が殆ど。その中で教卓の中を覗いていた男子生徒が一人いた。
ただ、誰かが隠れてるんだろうなとしか思っていなかったが、まさか穂積くんだったとは。
何があったのかは知らないけど、穂積くんが隠れるまでの事情があったのは確かだろう。
「隠れてたこと甘宮に言うの?」
「いや、言わないかな」
思っていた返事と違ったみたいで美咲ちゃんは驚いていた。
「本当に言わないよ。これは涼臣と穂積くんの話だからね、深入りはしないって決めてんの」
俺はそう話した後、わざわざ教卓の中を覗いて明良くんに手を降ってから涼臣を追った。
二人は幸せになるべき、そう思わせてくれるカップルだ。
(別れたら絶対後悔するだろうから、ちょっとした手助けはしてあげよう)
俺は涼臣のカッコよさに憧れて近づいた。穂積くんは憧れの人が好意を持っていたから、興味を持った。
そんな二人は俺を受け入れて近くに置いてくれている。
「さーて、次はどうしようかな」
どちらかの味方ではないが、二人の味方だ。いい方に動かせるように俺が頑張る。
☆
「ここにもいない。どこにいるんだ」
購買部近くにある1年生と3年生の校舎の間にある中庭まで見に来た。
購買部にも見に行ったが姿がなく、居そうな場所をずっと回っている。
時計を見るとあと10分で休み時間が終わる。それに、突っ走っていて気が付かなかったが佐柳がついてきてなかった。
(変な感じだな、学校で一人でいるとは......)
「あ、ここにいたのか」
俺を探し回っていたのか、少し汗をかいてる佐柳がこちらに近寄ってきた。
手にはさっきまで持っていなかったビニール袋が下げられている。
(こいつ、購買部に寄ってきたな......)
こいつが後ろにいなかったことに少し違和感を感じていたが、ただ昼のごはんを買っていただけなら寂しいと思ったわずかな時間を返してほしい。
「もうすぐ休み時間終わるけど、昼食べてないよな?」
「......あぁ、明良を探すことを優先してた」
「だと思った。残り少なかったんだけど、おにぎりとか買って来たから食おうぜ」
中庭のベンチに座って、佐柳が買ってきたものを広げた。梅おにぎり、昆布おにぎり、鮭おにぎり、卵サンド、焼きそばパン、かつサンドが出てくる。
「先に好きなの選んでいいよ」
買ってきた本人にも関わらず、先に選ばしてくれる優しさを持っている佐柳。
お言葉に甘えて、鮭おにぎり、卵サンド、かつサンドの三つを選んだ。
「ありがとう、佐柳。気にしてくれて」
俺は珍しく素直にお礼を言った。
佐柳の顔を見るとぱぁっと明るくなり、「お願い、もう一回言って! 次は録画しておくから!」と迫られ、思わず顔を叩いた。
(あ、しまった......)
「わ、悪い。大丈夫か?」
「......」
黙ったままの佐柳と叩いてしまった俺。その場には気まずい空気が流れていた。
どうすればいいのか分からない俺は、その場でそっと待っているしか選択肢がない。
すると隣にいる佐柳が、「ふっ」っと笑う声が聞こえてきた。
「あーもう無理。ははははっ」
「なっ、大丈夫なのか」
「全然大丈夫、気にしないで。もし傷残ったら責任とってね♡」
冗談が言えているなら大丈夫そうだ。
「悪いが、俺にはもう最愛の人がいるんだ」
「羨ましい。それ惚気? それを穂積くんに聞かせてあげたいな」
微笑ましそうな表情で語る佐柳。いつか、佐柳にも最愛の人ができると願うしか俺にはできない。
青春っぽい感じを出していたが、今は昼休み終了の3分前。早く教室に戻らなければならない。
「そろそろ戻るか」
「よーし、午後も頑張るか。放課後、穂積くん探すの手伝うよ」
心強い助っ人が現れて一安心。佐柳に礼を言って遠くにある2-3の教室に戻った。

