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 俺が高校1年の後期から思いをかつて寄せていた、今は恋人の穂積明良から誕生日を祝ってもらえるということになった。
 俺にとって誕生日は、親の会社の偉い人達や取引会社の人と作られた笑顔を見せて話し合う、ただのつまらない恒例行事に過ぎなかった。
 だけど今年は、「涼臣、俺が誕生日をいい日に日にしてあげるから! 一緒に過ごそう」と張り切っていたのを今でも覚えている。
「楽しみだな、どんなことしてくれるんだろう」
 明良を家に送り届けた後、佐々木の運転する車は住宅街から大通りを走る。その車中で俺はポツリと声を溢す。
 こんなにワクワクした気持ちで誕生日を迎えるのは初めてだった。
 幼いときは誰もいない家の食堂で一人で静かにケーキを食べ、10歳くらいになれば「跡取り」「将来の社長」というレッテルが貼られ、大人の、親の顔を伺っていた気がする。
「今年は素敵な誕生日になりそうですね、坊ちゃん」
 佐々木はルームミラーを覗きながら、微笑みながら声を掛けてくる。
 佐々木は昔から専属で運転手や世話をしてくれていて、誕生日事情は知っている。嬉しそうだった。だからこそ俺以上に喜んでいる。
「うん、待ち遠しくなってきた」
 自分でもわかるくらい珍しく自然に笑顔になっている。

 周りの景色が大通りから、あるタワーマンションの駐車場に入っていく。
 父から貰ったものの一つであるマンション、ここには俺が一人で住んでいる。
 車を降りて佐々木と出入り専用の扉を通ってロビーに入るとコンシェルジュのお兄さんとお姉さんがいつも通り「おかえりなさいませ」と挨拶をしてくれるので、「どうも」と小さく返す。
 たまに「今の子カッコよかったんだけど! 何階の方かしら」と言っているのを聞くが、上手く聞き流す。相手にしていたらキリがない。
 自動ドアを通り、エレベーターに乗って23階の最上階へ。このフロアは家が所有しているため、他に人が来ることがない。
 佐々木が手に持っていた鍵で開けてドアを押さえる。中に入るとチリンチリンと鈴の音が、リビングからこちらに向かってやってくる。部屋でお留守番してくれていたのは、愛犬のアロンだ。
「ただいま、アロン。いい子に待っててくれたか?」
 俺は尻尾を振ってお座りしているアロンの頭を撫でてあげる。それから、スリッパに履き替えて玄関まで迎えに来てくれたアロンとリビングに進む。
 天井が高いだけの部屋は何とも言えない寂しさがあった。
「こちらに荷物を置いておきますね」
「ん、ありがとう」
 佐々木は持っていた俺の鞄を近くの椅子に置いた。小さい時と同じようにしてくる佐々木は、未だに荷物を代わりに持ち運ぶことが多い。
(もういいって言っても聞かないからな)
 俺は構わずソファーに座る。目の前にある夜景が見慣れすぎてしまったせいか、一度も綺麗だと思ったことがない。
(だけど、明良と見れたら綺麗に見えるのかな?)
 そんなことを考えていると、佐々木が水の入ったコップとアロン用のトレーを持ってきてテーブルと床に置く。
「坊ちゃん、今日は明良様にお会いできてよろしかったですね。穏やかな笑顔が見れて佐々木は嬉しゅうございます」
 そう見えてんだ。確かに、明良と会えた時は気持ちが軽くなって、幸せになってる気がする。
「そうだね、明良と出会えてよかった。心の底から思うよ」
 佐々木は微笑みながらうんうんと頷き、アロンを撫でていた。アロンも撫でられて嬉しそうに安心しきって、佐々木に身をゆだねる態勢になっていた。
 アロンと触れあっている姿を見て、佐々木ならこれからのことを話しても、安心して聞き入れてくれるはずと判断した。
「それでは今日はお暇させていただきますね」
「あ、あのさ」
 普段なら「お疲れ様」と一言伝えて終わりだが、珍しく引き留めた。どう話を切り出すのが正解なのか、わからず口ごもってしまう。
 すると、自身の荷物を置いて俺の座っているソファーの前まで来て跪いた。
「どうかされましたか? 坊ちゃん」
 昔から俺に掛ける優しい声に安心する。親よりずっと一緒にいてくれている存在だからこそ、信頼して安心しているのだろう。
 俺は一度深呼吸をして、話し始めた。
「俺さ今、明良と付き合ってるんだ。俺の生まれた環境じゃ受け入れることは難しいのはわかってるつもりだけど、だからと言って明良を諦めて女性と付き合えるのかと言われたらそうでなくて......」
 必死に話しているから考えがまとまらず、あっちこっち言っている気がする。
(俺が言いたいことは......)
「俺は、高校卒業してもずっと明良と一緒にいたいって思ってる。だから、応援してほしくて佐々木に一番に伝えたんだ」
 佐々木には友達としか伝えていなかった。だから、この報告は驚きのものだっただろう。どんな返答が返ってきても問題はない。けど、ドキドキする。
「左様でございましたか......」
 端切れの悪い返答に違う意味のドキドキに変わり、顔を上げることができない。
「やはり、坊ちゃんを支えてくれる方は明良様しかいないというわけですな。若いってよろしいですねぇ」
 受け入れてくれているような返事にホッとした。もしかしたら、反対されると思っていたから。
「反対しないんだ、俺たちのこと」
「なぜです? 好きな人がいるのであれば結ばれるべきです。それが例え男性だったとしても。そうでしょう? それに、坊ちゃんが明るくなったのは明良様のお陰だと知っていますから応援もしたくなるでしょう」
 佐々木は右腕を上下に上げて下ろしてを繰り返し、頑張れと応援してくれているようだった。
「ありがとう、佐々木。いつも、俺のこと受け入れて応援してくれてありがとう」
「......!? 滅相もございません。佐々木は坊ちゃんにお仕えすることができて幸せでございます」
 佐々木は俺の手を握って一筋の涙を流しながらそう言った。
(今度、佐々木に感謝の気持ちの品を何か渡そう。いつも助けてもらってるとメッセージを添えて)

「それでは今度こそ、お暇させていただきますね。冷蔵庫に晩御飯入っているので食べるんですよ。それと......」
「わかってる。帰ったらチンして食べる」
 そうですか? と少しだけ心配している顔を見せる佐々木。どれだけ信用ないのだろう。前に、食べなかったのが原因かもしれないな。
「それでは、おやすみなさいませ」
「うん、また明日ね。おやすみ」
 俺は玄関まで佐々木を見送って鍵を閉めた。リビングに戻った俺は、言われた通り冷蔵庫に入っていた晩御飯を取りだしてレンジで温める。
 待っている間に、アロンのごはんも用意。棚からドッグフードを取って決まっている量を音を立てながら入れる。すると、ごはんの音を聞きつけたアロンがキッチンに侵入してきて溢しそうになった。
「アロン、あげるから向こうで待ってて」
 言葉が分かるのかと疑いたくなるくらい聞き分けの良いアロンは、ご飯を食べる定位置で座り、大人しく待っていた。
「はい、お待たせ」
 ごはんのトレーを置くとすぐには食べず、「よし」と言う俺の言葉で食べ始めた。
 タイミングよくレンジから終わった音が鳴り、開けるとすべて温まっていて美味しそう。
 ごはんをテーブルに移動させて座って食べる。
「いただきます」
 向かいには誰も座っていない椅子が一脚。座る相手は明良がいいと、ふと思った。
 それをきっかけに、一緒に暮すことになったらとイメージしてみる。
 キッチンでご飯を作ってくれる明良、向かい合わせで話しながら食べるごはん、隣り合わせに座って面白いテレビを見る時間、いっしょにお風呂に入ったり、一緒に寝たり。
 どれも楽しそうで、自然と笑みが零れる。
「高校卒業したら、一緒に住めないかな?」
 明良は家族を大切にしている。だからこんなこと簡単に提案できない。
 提案して断られたとしても、俺が折れるしかないと初めから思っている。
「いつかでいいから、一緒に住めたら」
 今の俺の小さな夢。家族に愛されなかった俺の光。
 そんな幸せなことを考えていると、現実に呼び戻す通知がスマホに入る。
【明日、学校の家庭科室で待ってるから来てね♡ 来なかったら教室に凸りに行くからね!】
 画面を見た俺は、深いため息を漏らした。
「......はぁ。今回は何を言われるんだか」
 メールの送信者は、縁者である従妹の甘宮莉子からだった。
 同じ高校に通う1年生だからと言って、俺と接触してこようとする人物だ。
 仲が悪いわけでもないが、おばあ様の動かす駒の一つであることは確かだった。それを知っているにも関わらず、動く変な子と言ってもいいくらいだ。
「会うのはいいけど、せめて買い物に付き合わされるくらいがいいな」
 俺は食器を片付けて風呂に入り、髪を乾かしてからベッドに行って眠りについた。