消えない音の行方

曇り空の午後、ひとり歩く帰り道。

ふと立ち寄った小さな店のスピーカーから、懐かしいメロディが流れた。

――楓真と聴いた曲だった。

その瞬間、胸の奥にしまい込んでいた何かが、静かに波紋を広げるように溢れ出す。

忘れようとしていたわけじゃない。でも、思い出すのが怖かった。

彼の声も、仕草も、笑顔も、どこか遠いものになりかけていたのに――音楽は、すべてを鮮やかに呼び起こした。

「消えないから。」

あのとき、楓真はそう言った。

確かに、彼はいなくなった。

手を伸ばしても届かないし、もう二度と名前を呼ぶこともできない。

だけど、彼がくれた音は、今もここにある。

イヤホン越しに分け合ったメロディ。

一緒に歌った帰り道。

音楽は、楓真がいた証そのものだった。

――「音楽は消えない。だから僕がいなくなっても、君は一人じゃないよ。」

思い出の中の楓真が、そっと微笑む。

その言葉の意味を、やっとわかった気がした。

ぽっかり空いた心の隙間に、静かに音が流れ込んでいく。

風がそっと吹き抜ける。

音羽は目を閉じて、もう一度、その曲を最後まで聴いた。