桜庭陽菜は、静かな夜の街を歩いていた。

足音が冷たいアスファルトに響くけれど、それすらもどこか遠く感じる。

街灯がぼんやりと灯り、周りの喧騒はまるで夢の中のように消え入りそうだ。

彼女の周囲には無数の人々が行き交い、それぞれが誰かと繋がっているはずなのに、陽菜だけはその一員にいる感覚を持てない。

まるで、周りの世界と自分が完全に違う場所に存在しているかのように、心は遠く離れた場所に漂っていた。

通りの人々の笑い声や足音、車のエンジン音が耳に届くけれど、それらは彼女の心に届くことなく、ただ通り過ぎていくだけ。

陽菜はそれが寂しくもあり、心地よいとも感じる。

こうして、誰にも気づかれず、ただひっそりと時間が過ぎることが、彼女にとっては唯一の安らぎのようだった。

「何かが足りない」—その思いがずっと胸にこびりついて離れない。

けれど、それが何かは分からない。

満たされることのない渇きのようなものが心の奥底に広がって、何も感じることができずにいた。

陽菜の瞳の奥には、空虚な時間が積み重なっているようで、ただただ風の音が心に響いている。

すれ違う人々の顔も、空を見上げるとただ流れていく雲のように、何も感じずに通り過ぎていく。

心の中では、いつの間にか時間という名の風が吹き抜けていることに気づくけれど、それがどうしても止まることはなかった。