夜の街をひとり歩く桜。

冷たい風が顔を撫で、街灯の光は弱々しく、やがて闇に飲み込まれる。

足元に散らばる落ち葉が、無音でひとり静かに舞い上がる。

その空気の中で、桜はいつも抱えている不安と劣等感が、胸を締め付けるように迫ってくる。

周りの誰もが幸せそうに見えるけれど、桜にはただその温もりが遠く、手の届かないものに思えて仕方なかった。

家族や友人と過ごしても、心の中の空洞は埋まらず、どこかで孤独を感じていた。

彼女の世界は、いつも薄曇りの空のように、色彩を失ったままでいた。

そんなある晩、桜は無意識に足を止めた。

目の前に佇む小さなカフェ。

外から漏れる温かな光が、ひとときの安らぎを約束しているかのように見えた。

その時、ふと耳に届いたのは、ひとつの歌声。

儚げでありながら、心を掴んで離さない、そんな音色だった。

桜はその声に引き寄せられるように、足を踏み入れてしまった。

まるでその歌声が、彼女を待っていたかのように。

歌っていたのは、街の隅で静かに歌う青年、遼。

彼の歌声は、どこか遠くの世界から来たようで、桜の心の奥に染み込んでいった。

それは優しくて、でもどこか悲しみを抱えているような、不安と温もりが入り混じった旋律だった。

桜はその歌に、何かを感じずにはいられなかった。

自分がずっと探し求めていたもの、でも今まで手に入れられなかった何かが、あの歌声の中にあるような気がした。