その夜、桜井澪はどうしても抑えきれなかった涙を、無意識のうちにこぼしていた。

思いがけない悲しみが押し寄せ、胸が締め付けられる。

涙が頬を伝うたびに、澪はその意味もわからぬまま、ただただ泣いていた。

その時だった。

「白瀬霧」が、静かに澪の前に現れた。

彼は何も言わず、ただ一歩近づき、そっと手を差し伸べてきた。

その手は温かく、柔らかく、澪の心にゆっくりと染み込んでいく。

「ねぇ、ずっとさ、悩んだままでもいいよ。でもね、少しずつでも歩いていけたらいいな。」

その言葉は、澪の中で優しく響き、心の隙間を埋めるようだった。

手を握られた瞬間、澪は自分の中で冷たく固まっていた部分が、少しだけ溶けるのを感じた。

それでも、まだ怖い。

「もしもこれを失ってしまったら?」

その不安が胸に忍び寄る。

あまりにも不確かなものに手を伸ばしてしまったことを、澪は怖れていた。

でも、霧の手の温もりが、何度もその恐れを優しく包み込んでくれるようだった。

涙を拭うように、霧はただ黙って寄り添ってくれた。

澪はその温もりに触れるたび、少しずつ心が軽くなるのを感じていた。

けれど、その温もりが遠くなるのが怖くて、手を握りしめることしかできなかった。