桜井澪はその日、夜の静寂に包まれた路地を歩いていた。

足音が静かに響く中、どこか遠くで歌声が聞こえた。

澪は足を止め、その音に耳を澄ませる。

そこにいたのは、「白瀬霧」だった。

彼の姿はどこか儚げで、暗闇の中で淡い光を放っているように見えた。

霧は無言で、ただひとり、路上で歌っていた。

その歌声は、澪がこれまで聞いたどんな音とも違っていた。

優しく、切なく、どこか懐かしいような響きで、彼の歌は一度聴いたら忘れられないほど深く心に残る。

「どうしても、誰かの涙を止めたくて」

その言葉が澪の胸に突き刺さるようだった。

涙が止まらず、心が凍りついていた澪の目の前で、霧はただひたすらに歌い続けている。

その瞬間、澪は気づいた。自分の中で何かが動き出したような、そんな気がした。

「こんな世界でも、生きる意味はあるの?」

その問いは、ずっと澪の中で消えなかった。

けれど、霧の歌声を聞いていると、何かが少しずつ変わっていくような気がした。

答えはまだ見つからない。

けれど、その歌声が何かを教えてくれるような、そんな気がしていた。

霧は微笑んだ。

優しい微笑み。

その表情が澪の心に深く刻まれ、今まで感じたことのない温かさを抱えたまま、彼の歌声は静かに夜の闇に溶けていった。