「空羽（そらは）」は高校2年生の春、まだ少し冷たい風が吹く夜にふと目を覚ました。

昼間は何事もなかったように過ごせるのに、夜になると心が沈む。

家では両親が不仲で、家の中は常に静かで重い空気が流れていた。

友達の前では笑顔を作り、普通の高校生として過ごすことができるけれど、家に帰ると心が不安定になる。

暗闇に包まれると、過去のことや心の傷がどうしても浮かんできて、寝ようとしても眠れない。

そんなある晩、いつもと変わらない孤独な夜だと思っていたが、ふと外から聞こえてきた歌声に気づく。

窓を開けてみると、公園の方から響いてくる、誰かの歌声が風に乗って流れてきた。

その歌声はどこか懐かしく、優しくて、温かさを感じさせた。

それは、空羽の心の奥深くにあった空虚な部分をゆっくりと満たしてくれるようだった。

思わず体が動いてしまった。

無意識のうちに足が公園へと向かい、暗闇の中を歩き出す。

澄んだ夜空の下、月明かりに照らされる街並みを歩きながら、空羽はその歌声に導かれるように歩き続けた。

そして、歌声が近づいていくと、見覚えのある顔がそこにいた。

公園のベンチに座って、ギターを弾きながら歌っているのは同じ学校の朔夜（さくや）だった。

「あなた…」
その名前を心の中でつぶやきながら、空羽は朔夜の歌声に引き寄せられ、足を止める。

初めて見る朔夜の姿に、心の中で何かが揺れる。