短編『ボーイ』(2025) 江川知弘
月曜日の夕方、保育園から帰ってきた2歳の息子。外の大きな世界から小さな我が家へ。それも束の間、今度は大好きな機関車とレールのおもちゃ、積み木や人形やボールなどを部屋いっぱいに広げ、小さな世界を作り出していた。その世界の片隅でお母さんは、スーパーで買ってきた食材を一旦冷蔵庫にしまうと、洗濯、風呂掃除を終え、今度は夕飯作りを開始。
20時を過ぎた頃、お風呂、夕食、食器洗い、歯磨きを済ませた息子とお母さんは寝室で一緒にお歌を歌いながらおやすみの体勢に入っていた。
そこへ外の世界から50centの『P.I.M.P.』が地響きのように聞こえてくる。この時間のこの車のカーステレオ。
お父さんの帰宅。ドスドスと寝室へやってきて中を覗く。
「ただいま〜! 今日も疲れた〜」
「おかえりなさい」
「寝た?」
「今寝たみたい」
「そうか」
お父さんは、息子と添い寝しているお母さんの隣へ行き、重たい背中をゆっくり広げた。
「今日めっちゃ眠い。まじ仕事中眠すぎてしんどかったわ〜」
「あなた昨日遅くまでゲームやってたからでしょ? 自業自独だわ。いい加減早く寝なさい」
「いいだろ。日曜日の夜は月曜日の事を考えるだけで現実逃避したくなるんだからさ」
「まったく……」
「たまには一緒にゲームでもやらない?」
「そんな余裕はないわ」
「そんな〜炭酸ジュースとポテチ食いながらさ〜」
「炭酸ジュースて……」
「だってお酒飲めないもん。ビールとか苦いし」
「ほら、わかったから早くご飯食べてお風呂入ってきたら? 今日はあなたの大好きなハンバーグよ」
「ハンバーグ!? やったー!! ありがとうー!」
火曜日、20時を過ぎた頃。
お風呂、夕食、食器洗い、歯磨きを済ませた息子とお母さんは寝室で一緒にお歌を歌いながらおやすみの体勢に入っていた。
そこへ外の世界から50centの『P.I.M.P.』が地響きのように聞こえてくる。この時間のこの車のカーステレオ。
お父さんの帰宅。ドスドスと寝室へやってきて中を覗く。
「ただいま〜! 今日も疲れた〜」
「おかえりなさい」
「寝た?」
「寝たみたい」
「そうか」
お父さんは、息子と添い寝しているお母さんの隣へ行き、重たい背中をゆっくり広げた。
「ねぇねぇ、今日のニュース見た?」
「あー見たみた。増税だってね。ほんと庶民のこと考えて経済政策してほしいわ!」
「違うよ、アカデミー賞だよ!」
「えっ、アカデミー賞?」
「そう! 年に一度の世界最高峰の映画の祭典!
作品賞、俺の予想的中だったろ?」
「えっ……(ニュースってそれ?)それで何に予想してたんだっけ? “イイヒト”ウッド? って人の映画だっけ?」
「イーストウッド! あとイーストウッドはそんなに良い人じゃないという説が映画雑誌に書いてあった。“良い人”ウッドじゃないんだって」
「……」
「違う違う! イーストウッドじゃなくて、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の『バードマン あるいは無知がもたらす予期せぬ奇跡』だよ!」
「誰!? ごめんさっきから早口と横文字多すぎて全然わからない」
「スリーアミーゴスのイニャリトゥ監督が元バットマン俳優のマイケル・キートンをバードマン役として主演させ再起を図った最高の映画だよ! それだけでも興奮して泣けるでしょ?」
「うんうん、そうね」
「しかも撮影賞は2年連続でエマニュエル・ルベツキでさ! 今回全編ワンカットに見えるように撮ってるのが凄すぎて! 前回の『ゼログラビティ』も凄かったじゃんか!」
「うんうん、凄いわね」
「それでさ……!」
「うんうん、そうだね」
「しかもこれがさ……! あれ? 寝た?」
その後、お父さんは気分よく嬉しそうにお風呂に入っていった。
水曜日、20時を過ぎた頃。
お風呂、夕食、食器洗い、歯磨きを済ませた息子とお母さんは寝室で一緒にお歌を歌いながらおやすみの体勢に入っていた。
そこへ外の世界から50centの『P.I.M.P.』が地響きのように聞こえてくる。この時間のこの車のカーステレオ。
お父さんの帰宅。ドスドスと寝室へやってきて中を覗く。
「ただいま〜! 今日も疲れた〜」
「おかえりなさい」
「寝た?」
「寝たよ」
「そうか」
お父さんは、息子と添い寝しているお母さんの隣へ行き、重たい背中をゆっくり広げた。
「今日さ、林田にマジムカついて会社でケンカになってさ、大変だったよ」
「えっ!? ケンカ!? 林田さんって同期の? 怪我はされてない?」
「うん、この通りへっちゃらさ!」
「あなたじゃなくて林田さんよ!」
「俺の心配じゃなくて?」
「当たり前でしょ! 大変だわ、林田さんと奥様にも謝りに行かないと……」
「あいつ独身だから大丈夫だよ。あとあいつが悪いんだよ! 俺の真似して同じカバン買ったり、髪型も俺と同じ茶髪のパーマにしてさ、挙げ句の果てに俺が先だったとか嘘つくし、マウントとってきたりするし、マジうぜえ。先に手を出してきたのもあいつだぜ!」
「それはわかったけど、あなたも手を出したらダメじゃない。まったく……」
すると、そこへ家の固定電話に電話がかかってきた。お母さんが受話器を取ると同僚の林田さんから謝罪の電話だった。お父さんは一人ムカつきながら風呂へと入っていった。
木曜日、20時を過ぎた頃。
お風呂、夕食、食器洗い、歯磨きを済ませた息子とお母さんは寝室で一緒にお歌を歌いながらおやすみの体勢に入っていた。
そこへ外の世界から50centの『P.I.M.P.』が地響きのように聞こえてくる。この時間のこの車のカーステレオ。
お父さんの帰宅。ドスドスと寝室へやってきて中を覗く。
「ただいま〜! 今日も疲れた〜」
「おかえりなさい」
「寝た?」
「うん」
「そうか」
「ねぇ、もうちょっと早く帰って来れないの?」
「仕事だから仕方ないだろ」
「お父さんなんだから早く帰ってきてこの子ともっと会話してほしいの、私とも……」
「会話って……まだ2歳ちょっとなんだから、まともに日本語で会話できないでしょ。私ともって、いつも色んな会話してるじゃん?」
「あのね……」
「そうそう、昨日の林田の件、今日会社であいつ俺にも直接謝ってきてさ。なんか最近好きだった女の子に告って振られたみたいで、ヤキモキしてたんだって。まったく……ガキかよ」
「ガキって…………あなたもちゃんと謝ったの?」
「え、なんで? あいつが悪いでしょ」
「もう、あなたも大人なんだからそんな事しないでよ。林田さんも一人抱え込んで心が辛いんだから、こういう時こそ話を聞いてあげないと」
「林田ももう大人なんだから自分で成長しないと」
「だから……」
「あっ、それに比べて最近大卒で新しい女子社員が入ってきさ、朝ドラのヒロインみたいな感じで、若手も部長たちもみんなその子にいいカッコしようとしてさ」
「そういえばあなた最近朝やたら髪のセットに時間かけるようになったし、口臭ケアのいちごのガムいつもポッケに入れっぱなにしたりしているわね」
「いや……別に?」
「まったく…………いつもポッケにガム入れっぱなしだと、洗濯回したら大変なんだから気をつけてよ!」
「はいはい、わかったわかった!」
「ガムの件、これで5回目…………」
金曜日、19時前。
外の世界から50centの『P.I.M.P.』が地響きのように近づいてくる。
お父さん、珍しく早めの帰宅。
だが、家のドアは鍵が閉められ、灯りが消えていた。
「えっ!? どういうこと? おーい! 開けろー!」
返事もない。
「おーい! 開けろって!」
静か。
「おーーい!! ったく!」
お父さんは、少しイラつきながら車に戻るとエンジンをかけ、50 cent『P.I.M.P.』の続きが再び鳴り始めた。
車の中から家の玄関の方を何度も覗く。
50 cent『P.I.M.P.』の音量も次第に上がっていく。
だが次第に、このお父さんの無知な思考の中でかすかに予期もしたくない逆夢が走馬灯のようによぎっていった。
「…………」
すると、急に携帯電話の着信音がなった。
車のエンジンを切り、慌てて電話に出るお父さん。
「もしもし! どこにいるん!?」
「もしもしー」
お母さんからだった。奥からは息子のはしゃぎ声も聞こえる。
「えっ? マジ今どこにいんの? ねぇ、何しているの? ねぇってば!」
「カレンダー見てないの? この間も話したじゃない! あなたが明日も仕事だから、その間実家に今日明日帰省するって。まさかまた聞いていなかったの?」
「えっ……あっ、そういえば」
「まったく……何回同じ事言わせんの? 人の話はちゃんと聞いてよ」
「ごめん……」
「とにかく……明日の夕方帰って来るから、今夜は冷蔵庫にある昨日の鍋の残りでも食べてね」
「(えっ、また鍋の残り……)う、うん、わかった!」
「じゃあ、ごめんけどよろしくね」
「はーい……」
電話は無事終了した。
「よかった〜一瞬マジで焦った〜よかった〜」
お父さんは途端にガッツポーズを大きく3回。
そして早速車のエンジンをかけると、音楽のプレイリストを起動ー選曲完了。
QUEENの『Bohemian rhapsody』。
後ろの我が大きな世界におさらばし、車は夜の町へと移動、曲も中間パートへ移行。
「ママミヤママミヤ、ママミヤレッミゴー!」
全てが自由で好き勝手でただただ楽しかった……今ここは小さな世界。
「フォーミー、フォーミ〜〜〜〜ィ!!!!」
数秒後、お父さんの首が何度も縦に大きくガンガン揺れ出した。
ここはもしや、ウェインの世界?
いや、あの頃と変わらぬ小さな大人の小さな世界。
(終)
月曜日の夕方、保育園から帰ってきた2歳の息子。外の大きな世界から小さな我が家へ。それも束の間、今度は大好きな機関車とレールのおもちゃ、積み木や人形やボールなどを部屋いっぱいに広げ、小さな世界を作り出していた。その世界の片隅でお母さんは、スーパーで買ってきた食材を一旦冷蔵庫にしまうと、洗濯、風呂掃除を終え、今度は夕飯作りを開始。
20時を過ぎた頃、お風呂、夕食、食器洗い、歯磨きを済ませた息子とお母さんは寝室で一緒にお歌を歌いながらおやすみの体勢に入っていた。
そこへ外の世界から50centの『P.I.M.P.』が地響きのように聞こえてくる。この時間のこの車のカーステレオ。
お父さんの帰宅。ドスドスと寝室へやってきて中を覗く。
「ただいま〜! 今日も疲れた〜」
「おかえりなさい」
「寝た?」
「今寝たみたい」
「そうか」
お父さんは、息子と添い寝しているお母さんの隣へ行き、重たい背中をゆっくり広げた。
「今日めっちゃ眠い。まじ仕事中眠すぎてしんどかったわ〜」
「あなた昨日遅くまでゲームやってたからでしょ? 自業自独だわ。いい加減早く寝なさい」
「いいだろ。日曜日の夜は月曜日の事を考えるだけで現実逃避したくなるんだからさ」
「まったく……」
「たまには一緒にゲームでもやらない?」
「そんな余裕はないわ」
「そんな〜炭酸ジュースとポテチ食いながらさ〜」
「炭酸ジュースて……」
「だってお酒飲めないもん。ビールとか苦いし」
「ほら、わかったから早くご飯食べてお風呂入ってきたら? 今日はあなたの大好きなハンバーグよ」
「ハンバーグ!? やったー!! ありがとうー!」
火曜日、20時を過ぎた頃。
お風呂、夕食、食器洗い、歯磨きを済ませた息子とお母さんは寝室で一緒にお歌を歌いながらおやすみの体勢に入っていた。
そこへ外の世界から50centの『P.I.M.P.』が地響きのように聞こえてくる。この時間のこの車のカーステレオ。
お父さんの帰宅。ドスドスと寝室へやってきて中を覗く。
「ただいま〜! 今日も疲れた〜」
「おかえりなさい」
「寝た?」
「寝たみたい」
「そうか」
お父さんは、息子と添い寝しているお母さんの隣へ行き、重たい背中をゆっくり広げた。
「ねぇねぇ、今日のニュース見た?」
「あー見たみた。増税だってね。ほんと庶民のこと考えて経済政策してほしいわ!」
「違うよ、アカデミー賞だよ!」
「えっ、アカデミー賞?」
「そう! 年に一度の世界最高峰の映画の祭典!
作品賞、俺の予想的中だったろ?」
「えっ……(ニュースってそれ?)それで何に予想してたんだっけ? “イイヒト”ウッド? って人の映画だっけ?」
「イーストウッド! あとイーストウッドはそんなに良い人じゃないという説が映画雑誌に書いてあった。“良い人”ウッドじゃないんだって」
「……」
「違う違う! イーストウッドじゃなくて、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の『バードマン あるいは無知がもたらす予期せぬ奇跡』だよ!」
「誰!? ごめんさっきから早口と横文字多すぎて全然わからない」
「スリーアミーゴスのイニャリトゥ監督が元バットマン俳優のマイケル・キートンをバードマン役として主演させ再起を図った最高の映画だよ! それだけでも興奮して泣けるでしょ?」
「うんうん、そうね」
「しかも撮影賞は2年連続でエマニュエル・ルベツキでさ! 今回全編ワンカットに見えるように撮ってるのが凄すぎて! 前回の『ゼログラビティ』も凄かったじゃんか!」
「うんうん、凄いわね」
「それでさ……!」
「うんうん、そうだね」
「しかもこれがさ……! あれ? 寝た?」
その後、お父さんは気分よく嬉しそうにお風呂に入っていった。
水曜日、20時を過ぎた頃。
お風呂、夕食、食器洗い、歯磨きを済ませた息子とお母さんは寝室で一緒にお歌を歌いながらおやすみの体勢に入っていた。
そこへ外の世界から50centの『P.I.M.P.』が地響きのように聞こえてくる。この時間のこの車のカーステレオ。
お父さんの帰宅。ドスドスと寝室へやってきて中を覗く。
「ただいま〜! 今日も疲れた〜」
「おかえりなさい」
「寝た?」
「寝たよ」
「そうか」
お父さんは、息子と添い寝しているお母さんの隣へ行き、重たい背中をゆっくり広げた。
「今日さ、林田にマジムカついて会社でケンカになってさ、大変だったよ」
「えっ!? ケンカ!? 林田さんって同期の? 怪我はされてない?」
「うん、この通りへっちゃらさ!」
「あなたじゃなくて林田さんよ!」
「俺の心配じゃなくて?」
「当たり前でしょ! 大変だわ、林田さんと奥様にも謝りに行かないと……」
「あいつ独身だから大丈夫だよ。あとあいつが悪いんだよ! 俺の真似して同じカバン買ったり、髪型も俺と同じ茶髪のパーマにしてさ、挙げ句の果てに俺が先だったとか嘘つくし、マウントとってきたりするし、マジうぜえ。先に手を出してきたのもあいつだぜ!」
「それはわかったけど、あなたも手を出したらダメじゃない。まったく……」
すると、そこへ家の固定電話に電話がかかってきた。お母さんが受話器を取ると同僚の林田さんから謝罪の電話だった。お父さんは一人ムカつきながら風呂へと入っていった。
木曜日、20時を過ぎた頃。
お風呂、夕食、食器洗い、歯磨きを済ませた息子とお母さんは寝室で一緒にお歌を歌いながらおやすみの体勢に入っていた。
そこへ外の世界から50centの『P.I.M.P.』が地響きのように聞こえてくる。この時間のこの車のカーステレオ。
お父さんの帰宅。ドスドスと寝室へやってきて中を覗く。
「ただいま〜! 今日も疲れた〜」
「おかえりなさい」
「寝た?」
「うん」
「そうか」
「ねぇ、もうちょっと早く帰って来れないの?」
「仕事だから仕方ないだろ」
「お父さんなんだから早く帰ってきてこの子ともっと会話してほしいの、私とも……」
「会話って……まだ2歳ちょっとなんだから、まともに日本語で会話できないでしょ。私ともって、いつも色んな会話してるじゃん?」
「あのね……」
「そうそう、昨日の林田の件、今日会社であいつ俺にも直接謝ってきてさ。なんか最近好きだった女の子に告って振られたみたいで、ヤキモキしてたんだって。まったく……ガキかよ」
「ガキって…………あなたもちゃんと謝ったの?」
「え、なんで? あいつが悪いでしょ」
「もう、あなたも大人なんだからそんな事しないでよ。林田さんも一人抱え込んで心が辛いんだから、こういう時こそ話を聞いてあげないと」
「林田ももう大人なんだから自分で成長しないと」
「だから……」
「あっ、それに比べて最近大卒で新しい女子社員が入ってきさ、朝ドラのヒロインみたいな感じで、若手も部長たちもみんなその子にいいカッコしようとしてさ」
「そういえばあなた最近朝やたら髪のセットに時間かけるようになったし、口臭ケアのいちごのガムいつもポッケに入れっぱなにしたりしているわね」
「いや……別に?」
「まったく…………いつもポッケにガム入れっぱなしだと、洗濯回したら大変なんだから気をつけてよ!」
「はいはい、わかったわかった!」
「ガムの件、これで5回目…………」
金曜日、19時前。
外の世界から50centの『P.I.M.P.』が地響きのように近づいてくる。
お父さん、珍しく早めの帰宅。
だが、家のドアは鍵が閉められ、灯りが消えていた。
「えっ!? どういうこと? おーい! 開けろー!」
返事もない。
「おーい! 開けろって!」
静か。
「おーーい!! ったく!」
お父さんは、少しイラつきながら車に戻るとエンジンをかけ、50 cent『P.I.M.P.』の続きが再び鳴り始めた。
車の中から家の玄関の方を何度も覗く。
50 cent『P.I.M.P.』の音量も次第に上がっていく。
だが次第に、このお父さんの無知な思考の中でかすかに予期もしたくない逆夢が走馬灯のようによぎっていった。
「…………」
すると、急に携帯電話の着信音がなった。
車のエンジンを切り、慌てて電話に出るお父さん。
「もしもし! どこにいるん!?」
「もしもしー」
お母さんからだった。奥からは息子のはしゃぎ声も聞こえる。
「えっ? マジ今どこにいんの? ねぇ、何しているの? ねぇってば!」
「カレンダー見てないの? この間も話したじゃない! あなたが明日も仕事だから、その間実家に今日明日帰省するって。まさかまた聞いていなかったの?」
「えっ……あっ、そういえば」
「まったく……何回同じ事言わせんの? 人の話はちゃんと聞いてよ」
「ごめん……」
「とにかく……明日の夕方帰って来るから、今夜は冷蔵庫にある昨日の鍋の残りでも食べてね」
「(えっ、また鍋の残り……)う、うん、わかった!」
「じゃあ、ごめんけどよろしくね」
「はーい……」
電話は無事終了した。
「よかった〜一瞬マジで焦った〜よかった〜」
お父さんは途端にガッツポーズを大きく3回。
そして早速車のエンジンをかけると、音楽のプレイリストを起動ー選曲完了。
QUEENの『Bohemian rhapsody』。
後ろの我が大きな世界におさらばし、車は夜の町へと移動、曲も中間パートへ移行。
「ママミヤママミヤ、ママミヤレッミゴー!」
全てが自由で好き勝手でただただ楽しかった……今ここは小さな世界。
「フォーミー、フォーミ〜〜〜〜ィ!!!!」
数秒後、お父さんの首が何度も縦に大きくガンガン揺れ出した。
ここはもしや、ウェインの世界?
いや、あの頃と変わらぬ小さな大人の小さな世界。
(終)


