「黙って猫みたいに消えたほうが良かった?」

氷凪の私室で雪見障子の丸縁に腰掛け、遊佐は本気ともつかない冗談を言った。床の間を背に正座をし腕組みをした氷凪は、応えず視線だけを返す。

「解ってるだろーけど戒名なんか要らねーから。んなことされてもキモチ悪い」

そんな風に遊佐が笑うお陰で、どんな苦境もこれしきと思えて来たのかも知れない。城が堕ち、里を失ったあの日でさえ、傷だらけの姿で不敵な笑みを滲ませた。

『生きてりゃどうにでもなるんだよ!』

幼少の頃から氷凪は、教育係でもあった無月に何事にも動じるなと教えられて育った。上に立つ者の顔色ひとつが里の行く末を左右するのだから、と。

実年齢にはそぐわない大人らしい子供の氷凪に、遊佐は明け透けに言ったものだ。

『人形じゃねーんだからちゃんと感情出しな?強いってのはさ、いつでも笑えるってコトなんじゃねーの?』

氷凪は思いを噛み締める。そうして遊佐が最期まで笑うのならば、主たる己はどう在るべきか、報いるべきか。

凛とした眼差しを真っ直ぐに向け、氷凪は口を開いた。

「・・・俺が生きている限りお前は死なねぇ」

失ったどの魂も永劫、刻み込んで連れてゆく。この命果てるまで。

彼の日。石動を捨て、新天地で里の再興を目指す選択肢もあった。無月と支癸はそうすべきだと迫った。遊佐は、墓守は自分が請け負うから残る、と譲らなかった。

そして氷凪は石動の守り主となる道を選んだ。自分に忠義を尽くし散っていった者達が眠るこの場所に在り続ける限り、ここが石動の里なのだと。 

「そうかい」

少し目を細めた遊佐もどこか懐かしそうだった。

「他に望みがあれば聴いておく」

話があると言ったのは遊佐だ、本題はこれからなのだろう。

「若ダンナは話が早くて助かるわ」

言って、柘榴色の眼が妖しげに揺れた。