「そろそろ桜だねぇ」

まだ梅も終わらないのに、遊佐(ゆさ)が庭の桜の樹を眺めて言う。外は日差しはあるが少し風が強いようだ。葉も付けていない枝が震えている。

「今年は早いらしいけどな」

ソファで雑誌をめくりながら支癸(しき)は顔も上げずに答えた。滅多に離れから姿を見せない氷凪と、パイプ役である無月以外の全員がこんな風にリビングに揃うのも珍しい。

「お嬢」

遊佐に声を掛けられ、由伊とタブレットを覗きこんでいたひなせが振り向いた。

「おいで」

窓を背に遊佐が両腕を広げて見せている。

ひなせは一瞬、由伊と目を合わせてから素直に立ち上がり、遊佐の腕の中に収まった。少し困ったような、はにかんだような表情を浮かべた彼女に軽くキスが落とされ、その後もずっと抱き込んで離さない。

誰がいる前でも愛情表現を惜しまないのが遊佐で、支癸あたりは全く気にしていないが、由伊の沈黙は真逆だろう。

「お嬢抱っこしてるとキモチいい・・・」

そのまま微睡みそうに遊佐が嘆息した。

「・・・お前、縫いぐるみ抱いて寝る趣味あったか」

呆れ口調の支癸を、ほっとけ、と軽くあしらう。かと思えばいきなり、ひなせを横抱きに抱え上げ「おフロ入ろうか」と、にっこり笑った。

「今から??」

「いいじゃん、たまには」

「でも、えと」

「ダメとか言わないだろ由伊なら」

先回りをされた由伊は微かに口許を緩めて見せるだけ。

「ほらね?」

バスルームで、遊佐は鼻歌雑じりにボディスポンジを泡立て、ひなせをミルク色に塗り替える。愉しそうに丹念に。

ふとその手を止めてひなせの眸をのぞき込んだ。

「一滴残らずお嬢の栄養になるってコトはさ、オレってお嬢に生まれ変わってんのかね?」