「・・・私は最期までお前の傍で、と決めてるんでな」
とある日だった。ふいに無月がそんなことを口にした。
広縁に佇んで中庭の桜を見やっていた氷凪は肩越しに振り返り、眼差しだけで言葉の意味を問うた。無月は書見台を前に正座の恰好を崩さず、そのまま仄かに笑み返す。
「いや。言っておきたかっただけだ、忘れていい」
遊佐が逝き、支癸も還らぬ身となった。無月は、氷凪の血を受け継ぎ、新たな未来を孕める唯一の希望を思った。
千鳳院家を支える最後のひとりとして、己の役割を果たして死ぬだけだ。いずれひなせに命を喰われ尽くすその日まで。
ただあの時、氷凪を死なせたくなかった。その願いがひなせと由伊を生んだ。
微かな苦さを無月は胸の奥底に沈みこませる。それは決して後悔などでは無い。そう呟いて。

