「よくひなせを戻してくれたな、礼を言う」

無月が支癸に淡く笑んだ。

「お前は自覚が足りないだけで、遊佐より子供の扱いに長けてたさ。昔から」

そうか?、と気の無い返事を返し、支癸は中庭のほうを眺めた。離れに来るとつい無意識に桜を、・・・狂い咲きの桜に目をやってしまう。

控え目な薄紅の花を満開に、けれど静かに咲き誇り続ける桜の大樹。あの幹に寄り掛かり腕組みをしながら、遊佐がこっちを見ていそうな。シニカルなあの笑いを浮かべ、勝手に逝ったくせに勝手な事を言っていそうな。

“しっかりやりな、支癸”

いずれ自分にも来るのだ、天命というヤツが。遠い話でも無いだろう。夜見の最後の生き残りとして、その時には嗤って逝くつもりだ。俺もやっとお役ご免だな。・・・そんな風に。

支癸は自分に小さく肩を竦め、無月に視線を戻す。

「そーいや氷凪は?」

「道場だよ。脇腹の傷も良くなってね、色々吹っ切れたろうから」

「・・・そうかい」

答えた支癸に、つと無月が目を細めた。

「遊佐の口癖が移ったみたいだな」

言われた当人は思いもよらず、一瞬苦虫を噛みつぶした表情で。




 
数年の(のち)。ある晩秋の日。支癸は前触れも無く、ひなせ達の前から突然姿を消した。

遊佐の墓標の隣りに、まるで替わりだとでも言いたげに積み石を残したきり、この箱庭に戻ることは二度となかった。