遊佐の桜の根元に腰を下ろした支癸は幹を背もたれに、胡座を掻いた中でひなせを横抱きにしていた。散らない花を下から仰ぎ見て、何かに思いを馳せるように目を閉じる。

人形のようにただ座らされたひなせは絞りの浴衣を、支癸も濃紺の絣の浴衣を着ている。心地よい涼しさの夜気に包まれ、静寂に包まれ、二人のほかは誰も。
 
「・・・あのな。遊佐には天音(あまね)って女がいたんだよ」

ぽつりと支癸が口を開く。

「アイツが引き取って忍びに育てた女で、戦で俺の妹の盾になって死んだ。戦が終わって里も無くなって、・・・骨になった天音を抱いたまま離しやがらねぇんだよ。ずっと弔ってやれねーで連れて来ちまって、お前が生まれて、やっと天音を咲乃に返してやれたんじゃねーのか」

軽くなって、力加減を間違えれば折れそうな、ひなせの耳には届いているのか。

「俺が知るかぎりお前と天音だけだろ、遊佐が生きててくれって願う女は。叶えてやれよ、天音の分まで」

言って支癸は、ひなせの顎に手をかけ上を向かせた。血色の失せたその唇を舐め取って湿らすと、指を差し入れてこじ開ける。

口移しではたかが知れるが、それでもひなせが自分の意思で精気を取り込んでくれれば糧になるはずだ。無反応なひなせの舌をなぞり、吸い上げるうち、支癸は自分の舌先から抜け出ていく気を感じた。

由伊よりも濃い純度の精気を本能が欲したのかもしれない。角度を変えてやると支癸の舌を追いかけてくる。そうしてしばらく、親鳥がひなに餌を与えるように口を繋げ合う。