遊佐が消え、ひなせの心から灯火が消え。精気を取り込めずにいる体は日に日に弱るばかりだった。

「ひなせは俺がどうにかする」

支癸が言い出した時、氷凪と無月は少なからず驚いた。適度な距離を置いて、遊佐ほど猫可愛がりでもないのを知っているからだ。

「頼まれてんだよ、しょうがねぇだろ」

億劫そうに返して支癸は、日差しを受ける中庭の桜をじっと見やった。

あの夜から、離れはあのままで元に戻ることはなかった。霞星の餞か。だが遊佐の為だけでは無い気もした。いつかここが自分達の墓標になる。漠然と思った。

感傷に浸りかけた自分を払うように頭を振る。今は遊佐の心残りを晴らすのが先だ。・・・テメェと違って子守は苦手だってのに。支癸は目を細め、やおら立ち上がった。

昔、妹がいた。氷凪の許嫁で、氷の姫などと呼ばれていたが、自分に向ける笑顔は向日葵のように朗らかだった。何より幸福を願った、たった一つの宝物だった。
 
ひなせの母親は、一度決めたらとても頑固なところだとか、一途なところだとかが咲乃に似ていたと思う。だからと言う訳ではないが、ひなせへの思い入れは無月や遊佐とは違う。氷凪の娘というより、どこか咲乃を重ねていたかもしれない。
 
「死んでも人使いが荒いんだよ、テメェは・・・」

『そうかい』

返事が返った気がして桜を見やる。眼の奥をかすかに揺らし、支癸は広間をあとにした。