「ひなせは?」

「由伊にバトンタッチ」

泣きそうにすがりついて離そうとしなくなったひなせを抱え、無理やり由伊に押し付けた。が正解だったかもしれない。親離れ、いや子離れの練習か、・・・と、遊佐は内心で自嘲気味に言い聞かせる。

五分咲きほどになった庭の桜を肴に、毎年恒例の花見会の前哨戦をやろうと、真夜中にも関わらず支癸を呼び出した。まだ冷え冷えとする闇夜に茣蓙を敷き、ランタン一つ灯して二人で胡座をかく。
 
手酌で思い思いに飲りながら、ふと遊佐が口ずさんだ。

願わくば、花の下にて春死なん・・・。

支癸はジロリと睨め付けて杯の酒を飲み干す。

「・・・らしくねぇんだよ、気味悪ィにも程がある」

「似合うの間違いじゃねーの?素直じゃないねぇ」

クスクスと笑われ、支癸は苦虫を噛みつぶした様な顔をした。

歳は自分のほうが上なのに、目上に扱われた記憶は一度も無い上、今までひとつだって勝てた気がしない。卑屈になっている訳じゃなく悔しいだけなのだと思う。

石動を裏切った久住(くずみ)を一刀で斬り捨てた時の、あの衝撃は今でも忘れていない。無月、嵯峨野と同格の強さだった男をああも簡単に凌いだ。

あれから自分もより一層の鍛錬を重ね、常に隣りに立ち位置を定めて来たつもりだ。遊佐の背中を見せつけられた一度を限りに。

自分でも気が付かない内に、遊佐を目指してここまで来た。・・・と自覚してしまうのも、どこか悔しくて支癸は小さく舌打ちする。誰がテメェの為になんざ泣くかよ。一生赦さねぇぞ、俺より先に逝きやがることだけは・・・!

まるで涼しい横顔で手酌を続ける遊佐を、心の内でそう罵ってみた。今は怒りで打ち消すしか無かった。これまでもそうして、失ってきた傷みを堪えてきた様に。