~~黒川陽菜乃Side~~


 有馬くんには『お母さんから呼ばれている』と嘘をついて、電話を切った。

 ベッドの上で大の字になって、天井を見上げる。顔を傾けてスマートフォンを見てみると、時刻は二十一時を過ぎたところだった。時計の背景には、私と道夏ちゃん、そして有馬くんの三人で撮ったプリクラが映っている。

「――う、うっ」

 三人で撮った楽しい写真は、あふれ出してきた涙のせいでぼやけて見えなくなった。電話中に必死にせき止めていた涙が、堰を切ったように流れ出してきた。

 有馬くんが、道夏ちゃんのことを好きだということには気づいていた。でも、私にも少しぐらい望みはあるんじゃないかと思っていた。

 でもやっぱり、駄目だった。きっと有馬くんは、私の望みを断ち切るために、今日電話をしてきてくれたのだろう。
 私の恋を、終わらせるために。前に進めるように。

「――うっ、うぅぅ」

 口が小刻みに震えてしまう。漏れ出す声は、とても情けないものだった。
 あの日、有馬くんに告白して返事がノーだったとき、少し泣いた。でも、少しで済んでいた。望みは、残されていたから。

 だけどもう、望みはない。有馬くんと道夏ちゃんは、きっと結ばれてしまう。

 有馬くんが好き。
 好きだったなんて言えない。まだ好きだ。大好きだ。
 道夏ちゃんにだって渡したくない。

 私を好きになって欲しい、私を一番にしてほしい、有馬くんを抱きしめたい、有馬くんにキスをしたい、いろんなところに行きたい、三年生は同じクラスになって、大学は同じでも別でもいいから、夜は連絡をとって、ずっと近くに感じていたい。

 長く長く付き合って、将来をともにしたい。

 だけど。
 私の初恋は――もう終わった。私の未来に、有馬くんはいない。

「うっ、うぅ、うぁあああああああああああああ」

 枕を口元に当て、布団をかぶり、大声で泣いた。

「あああああああああああああああああああああっ、うぁあああああああっ」

 もしかしたらお母さんたちに聞こえてるかもしれない――だけど、口から吐き出される悲しい想いに、ブレーキはきかない。

 いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ!

 終わりたくない! 終わらせたくない! まだ、望みを残してほしい! 私に振り向いてくれる可能性を、砂粒のように小さくてもいいから、残しておいてほしい! 霞のようにおぼろでもいいから、残してほしい!

 だけど、これはきっと有馬くんの優しさだ。
 ううん、きっとじゃない。絶対にそうだ。

 私を立ち止まらせないために、憂いのないように、彼は振ってくれたのだ。
 目をこすり、布団にくるまったままスマートフォンを眺める。有馬くんと行った動物園の写真を眺めて、再び涙が出てきた。

 楽しい時間は、あっという間だったなぁ。でも、すごく幸せだったなぁ。

「もう二人でお出かけとか、できないんだよね、きっと」

 涙は止まらない。延々と頬を伝い、枕を濡らし続けている。

「……おめでとう、道夏ちゃん、有馬くん」

 遠くない未来に言うであろう台詞を、練習がてら口にする。

 私じゃなくても、道夏ちゃんたちがお似合いなのはわかっていたはずだ。それぐらい、二人は仲良しだったから。由布さんも、城崎くんも、わかっていて私を止めなかったはずだ。

「…………そういえば由布さん」

 以前に学校からの帰り道、由布さんは『最後に恨むのは、私にするべきだよ』と言っていた。これはもしかして、私が遠からず有馬くんに告白することを――そして振られることをわかっていたから――なのだろうか。

 でも、こんなの私の勝手な行動だ。たとえ由布さんに『振られるからやめておいたほうがいい』と言われたところで、私は有馬くんに告白しただろう。
 由布さんを恨むなんてこと、絶対にしない。

 だとしたら、他になにかがあるのかな?

「……由布さん、私に恨まれるようなこと、してないと思うんだけどな」

 濡れた目元をこすりながら、つぶやく。そして、考える。
 有馬くんが道夏ちゃんと仲良くなるように仕向けたってわけでもないだろうし……由布さんはなにか嘘を吐いている? もしくは何かを隠している?

 もしも由布さんが言った言葉に他の意味があったとしても、恨みたくはないなぁ。