蓮にたっぷりと相談に乗ってもらったあと、一時間ほどカラオケで頭の中をからっぽにするかのように熱唱し、また近いうちに連絡する――そう話してから、次は由布も含めて遊ぼうと言って別れた。

 家に帰り、仕事が休みだった母親と一緒に夕食を摂りつつテレビを見て、風呂に入り、ベッドに横になる。

 蓮と別れてから今にいたるまで、俺は考え続けていた。黒川さんと、熱海とのこれからについて。母親と話しているときも、バラエティ番組のクイズを解いている最中も、ずっと頭の片隅で考え続けていた。

 ――そして、決めた。

「もしもし、大丈夫だったか?」

 事前にチャットで『電話をしてもいい?』と聞いていたけど、とりあえずそう質問する。

『うん! えへへ~、でも有馬くんから電話なんて嬉しいな』

 黒川は弾んだ声で言った。その声色が、俺の心臓をぎゅっと縮ませる。

 彼女の声を聴いた瞬間、やっぱりやめようか――と思ってしまった。が、それではいけない、前に進めない。太ももをつねって、甘い誘惑を頭の中から消し去った。逃げ道を、理性でふさいだ。
 もううじうじと悩むのは、終わりにしたいんだ。

「今日は、黒川に聞いてもらいたいことがあるんだ」

『……な、なんだろうな~。嬉しいニュースかな? それとも悪いニュース?』

 俺の声色から何かを察したのか、彼女は慌てたように返事をした。
 先ほどは弾んでいたと思った声も、よく聞くと、何かを誤魔化して、わざとらしく明るくしているようにも聞こえる。

「この前、俺は黒川からの告白を断った。それは、自分の気持ちがよくわかっていなかったからだ」

『…………うん』

「俺が好きなのは、黒川なのか、それとも熱海なのか。そしてこの感情は本当に恋心なのか、そうじゃないのか。色々、真剣に考えたんだ」

『…………うん』

 今にも泣きそうな声だけど、黒川は言葉が一区切りするたびに、しっかりと相槌を打ってくれていた。その優しさが、とてもつらい。恋愛ってのは楽しいものじゃなかったのかと思いながら、俺は話を続けた。

「……俺は、熱海が好きだ。だから、あいつに好きな人がいようといまいと、告白して想いを伝えたいと思う。この気持ち……もしかしたら黒川なら、わかってくれるんじゃないか?」

 黒川は俺に告白してきていた時点で、『熱海が好きじゃないのか』と疑っていた。そしてそれをわかっていながら、俺に想いを伝えるという行動にでた。
 だから、理解してくれると思って、聞いてみた。

『……そっかそっか~、うん。すごく有馬くんの気持ち、わかるよ。相手に好きな人がいてもいなくても、気持ちは抑えられないもんね』

 ところどころしゃくるような声が聞こえてきていたが、それには気付かないふりをして、俺は黒川に「そうだな」と答えた。

『道夏ちゃんと付き合えたらいいね――って言えたらいいんだけど、ごめんね。私、自分で思ってたよりも、ずっとずっと性格が悪いみたいだ。告白がうまくいかなくて、有馬くんが私に振り向いてくれたらいいなって思っちゃうもん……』

 そう言ったのち、黒川は鼻をずずっとすすった。

「それは、普通のことなんじゃないかな。というか、それを俺に説明している時点で、黒川が性格の悪い人だとは思わないよ。俺だって、熱海の探している王子様が見つかってほしくないとか思っちゃうし」

『あははっ、有馬くんも悪い人だ~』

「そうだよ。黒川が悪い人だって言うなら、俺も悪い人だ」

 そう言って、二人で少しだけ笑った。ひんやりとした場の空気を、少しでも温めるように、たぶんお互い無理をして、笑った。
 そして、スマートフォンから『はぁあああ』という深いため息が聞こえたのち、

『大丈夫だよ』

 という、諦めたような声が聞こえてきた。

『有馬くんの告白は、絶対うまくいくと思うから。だって道夏ちゃん、有馬くんのこと好きだもん。――あ、道夏ちゃんの口から直接聞いたわけじゃないよ? これは、道夏ちゃんをずっとそばで見てきた私の予想? かな』

 やはり、黒川の性格が悪いなんて思えないな。こんなこと、性悪な人が言うはずがない。

「……そうかな。でもあいつにはずっと想い続けてきた、王子様がいるし」

『大丈夫大丈夫! もし振られちゃったら、私が付き合ってあげるから!』

「……それは黒川の願望だろ」

 ツッコみづらいことを言わないでくれ。

『えへへ~、だめか~。まぁ冗談はさておき、有馬くんと知り合ってちょっとしてからかな――道夏ちゃん、全然王子様の話をしなくなったんだよね。それまでは、本当に一日何回も話をしていたのに、今じゃ一週間に一度――それも私が話を振らないと喋らないぐらい、全然話さないの。その代わりに、有馬くんの話が増えてたんだよ』

 そう言われると素直に嬉しいな。王子様の話が減ったことに対してじゃなく、俺の話が増えたということが。

「そりゃ家が近くて一緒に過ごしてる時間が多いから、話題がいっぱいあるってだけじゃないのか?」

 せっかく黒川が俺の後押しをしてくれているというのに、彼女の言葉に現実感を覚えられなくて、そんな風に聞いてしまう。すると彼女は、『むう』と可愛らしくうなった。

『なんで私は、好きな人が別の人に告白しようとするのを応援してるのかな』

「それはなんというか……本当にすみません」

『これは罰として私と付き合ってもらうしか……』

「反応に困るんでやめてください」

『えへへ、好きな人をいじめたくなる気持ちが少しわかった気がするな~。まぁとにかく、有馬くんを大好きな私のことを信じて! きっと大丈夫だから!』

 彼女は俺を鼓舞するようにそう言ってから、母親に呼ばれているとのことで電話を切った。

「無理、させちゃっただろうな」

 最後のほうは元気に喋っていたようだけど、本当に心が元気なのかはわからない。面と向かっていればもう少しわかったかもしれないけど、相手の顔が見られない以上、判断材料は声や喋り方ぐらいだ。

 黒川の頑張りを無駄にしないよう、最後までやりとげよう。
 次は、熱海に連絡だ。