~~熱海道夏Side~~


 陽菜乃についていく形で、あたしはファミリーレストランにやってきた。以前に有馬たちと来たところではなく、駅から少し離れた場所にあるお店。まぁ、ファミレスであることには変わりはない。

 違いがあるのは、ここは玄仙高校の生徒がおそらく使用しないような場所にあるということと、有馬たちと出くわす可能性がかなり低いということ。
 たまには別のところで――などという気分転換が理由でないことぐらいはわかる。
 おそらく内容は、有馬関連のなにかなんだろうな……それ以外、思い浮かばないし。

 ただ違和感を覚えるのは、陽菜乃がいつも以上に積極的なところなのよねぇ。
もし有馬のことで相談があるというのならば、こんな風にあたしを強引に誘うということはせず、了承を得てから実行に移すはずだし。

 もしかしたら、二年生になってからその辺りの性格に変化があったのかもしれないけど、それよりも他の意図があると考えるほうが自然だと思う。

「んふふ~、なんだか放課後にこうして二人で遊ぶのも久しぶりだね」

 ドリンクバーから調達してきた梅昆布茶をズズズと飲んでから、陽菜乃が言う。あたしはオレンジジュースを注いできた。
 たまには陽菜乃と同じ梅昆布茶でも飲んでみようかなと思ったけれど、変に意識してしまっているせいか、その選択はできなかった。


「最近は有馬たちが一緒にいることが多かったものね――あ、そういえば、昨日はいきなり電話を切っちゃってごめんね。お姉ちゃんが早く帰ってきちゃったの」

 まさか有馬の家に転がり込んでいて、相手がシャワーを浴びている間に電話をしていたなんて言えるわけもなく、あたしはそんな嘘で誤魔化した。

「そうだったんだ! 全然気にしなくていいよ~」

 陽菜乃は疑うそぶりもなく、納得してくれる。
 いまも、あたしが平日に有馬の家にちょこちょこ行っていることを陽菜乃は知っている。そのことについて、陽菜乃は『家が隣で羨ましい』ぐらいの話はするけれど、明確に嫌がる雰囲気はなかった。

 だけど、陽菜乃が有馬のことを好きになった以上、そろそろ潮時かとも思う。
というか、遅すぎるぐらいだ。
 昨日は有馬と話ができたことに浮かれて、映画を一緒にみる約束なんてした自分が、馬鹿みたいだ。

 友達だから。
 有馬の親とあたしの姉が同じ職場だから。
 骨折していて日常生活が不便だから。

 そんなことを考えながらいままで有馬の家に行っていたけど、彼に片思いをしている女の子がいる状況で、怪我が完治した状況で、そんなことをしていれば、本当なら恨まれていてもおかしくない。
 相手が優しい陽菜乃だったから、許されているようなものだし。

「たぶん道夏ちゃんはうすうす気づいてるかもしれないけど、今日は有馬くんのことで相談があったの」

「……ふふ、だと思った」

 クスリと笑って、陽菜乃に返答をする。苦笑いにならないように気を付けた。
 もしかしたら、有馬の家に行くのをやめてほしい――そんなお願いがくるのかもしれないな――そう思ったのだけど、陽菜乃が口にした言葉はそれよりももっと強烈で、

「私ね、有馬くんに告白するつもりだよ――ううん、夏休み入るまでには、絶対にする。やっぱり色々考えたけど、私は有馬くんのことが好きだから」

 私の恋に、終止符を打たんとする言葉だった。
 普段の陽菜乃と比べると別人かと思ってしまうぐらい、真面目な表情で、彼女は言った。
 おふざけはいらない――そんな風に言われているような気がした。

「まぁ遅かれ早かれ――とは思ってたわよ。ずっとあたしは『陽菜乃と有馬って相性がいいな』って思っていたし、大丈夫だと思うわ」

 あたしがそう答えると、彼女は梅昆布茶の入ったコップを両手でさすり、視線をそこに落とし、「そうだといいなぁ」と口にする。

「でもね道夏ちゃん、あたしはたぶん、告白しても有馬くんと付き合えないんだよ」

 これまた陽菜乃にしては珍しい、少し残念そうな笑み。
 なぜ付き合えないと思うんだろうか。あたしはそうは思わないけど。
 そしてなぜ、告白しても付き合えないと思っているのに、告白をするのだろう。
 そんな疑問を頭に浮かべるあたしに、陽菜乃は話を続けた。

「今回の告白はね、有馬くんに私を意識してもらうためにするんだ! たぶんね、有馬くんは道夏ちゃんのことが気になってると思うの。でも、私はなにもせずに終わりたくない、あきらめたくない、言い訳したくない。だって有馬くんは、あたしが生まれて初めて、大好きだって思えた男の子なんだもん」

 あぁ……本気なんだ。本気で陽菜乃は、有馬のことが好きになってしまったんだ。
彼女はまるで演説でもするかのように語り、言葉を言い終えるころには、あたしは陽菜乃から目が離せなくなっていた。本気の目というのは、こういうものなのかと思った。

 自分からそうなればいいのにと考えていながら、いざその場面が近づくと思うと、バラバラになっていた心をさらに細かく崩れていくように感じる。
 有馬は王子様だったけど、あたしがお姫様というわけではなかっただけの話。本当に、ただそれだけの話。

「そっか。有馬があたしのことを――っていうのはないと思うけど、あたしは陽菜乃と有馬の恋を応援するわよ。うまくいくことを祈ってるわね」

 陽菜乃はあたしの言葉を聞いて「うん! ありがとう!」と笑顔を浮かべた。
 話のついでに――謝罪とこれからのことを言っておくことにした。

「陽菜乃が有馬のことを好きって聞いてからも、これまでちょこちょこ有馬の家に行ったりしてて、ごめんね。これからはもう止めておくわ」

「それは気にしなくていいんだよ~。だって道夏ちゃんも有馬くんも、夜おそくまでひとりぼっちになっちゃうんでしょ? あたしが逆の立場だったら、もしかしたら道夏ちゃんと同じようになってたかもしれないし! で、でも! ちゅ、ちゅーとかはダメだからね! それは恋人同士しかしちゃダメなんだからね!」

「するわけないでしょ」

 陽菜乃が顔を赤くしながら言うものだから、思わず笑ってしまった。
 たぶん笑ってしまったのは、『有馬の家に行っても問題はない』という回答を得られたからというのも、理由として大きいと思う。

 顔が熱くなったことを実感したのか、陽菜乃はぱたぱたと手で顔を仰いでからこちらに顔を近づけ、「声大きかったかな?」と心配そうに聞いてきた。こういうところも、可愛いなぁと思う。
 陽菜乃の顔のほてりが落ち着いてきたころ、彼女は再び口を開いた。

「ねぇ道夏ちゃん、あたし、道夏ちゃんが『王子様より有馬くんのことが好きになった』って言っても、全然嫌だと思わないよ? だからあたしに遠慮とか、必要ないからね?」

 不安そうな表情を浮かべながら、陽菜乃は質問を投げてくる。

「ないない、だから大丈夫よ。外野のあたしのことは、気にしなくていいの」

 彼女の不安を取り去るためにそう答えたのだけど、陽菜乃の表情が晴れることはなく、回答に対する返答もなかった。
 陽菜乃が変な勘違いを――いや、あたしの心を見透かしていないことを祈るばかりだ。